聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

364 準備と書いて仕込みと読む

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 翌日。
 午前中は、ミカ君に連絡を入れたり、不動産物件絡みの書類を読んだりしているうちに終わっていた。

 エドヴァルドは、夜の間も含めて、王宮に行くギリギリまで「バリエンダールに行きたくないと思ったなら、遠慮なく口にして良い」と、何度も仄めかしていた。

 何とでもしてやる、と。

 確かにそうだろうとは思う。だけど――だからこそ、役目を果たせば周囲からも「聖女の姉」ではなく私自身を認めて貰えるんじゃないかと、そうも思えてしまい、首を縦に振れずにいる。

 自分でも割り切れない感情を持て余したまま、若干悶々とした午前の時間を過ごしたところで、その手紙は昼食途中に、公爵邸へと届けられた。

 手紙の主がエドヴァルドと言う事もあって、食事中と言えど読んだ方が良いと、セルヴァンも判断したんだろう。

「……セルヴァン、ヨンナ。食事の後は、バリエンダールに行く用意をしたいんだけど、誰か手伝って貰って良い?」

 手紙の中身は「明後日の昼食を、テオドル大公と共にとりたい。話はその時に――との、バリエンダール王家、ミラン王太子名での手紙が王宮に届いた」とのシンプルにして重すぎる一文だった。

「よろしいですか、レイナ様。社交界の礼儀作法マナーとしては、本当に、本当に有り得ない事とご理解下さいませ。フォルシアン公爵家のユティラ様こそが、本来の作法を遵守していらっしゃると、何卒――」

 …もはや、ヨンナが涙目だ。

「明らかに原因は、サレステーデ国の王族方でしょう。彼らがアンジェス国に先触れもなくやって来て以降、全てが手順を無視して執り行われていると言っても良いくらいです」

 セルヴァンのこめかみも痙攣ひきつってるし。

「「ええ、もちろん用意をする事自体を厭うている訳ではないのですが」」

 心の父と母、今日も安定していますね。ええ。

 こう言う時は、先にお願いしたい事は全部言ってしまうに限ると、最近は理解が進んだ。

「あー…えっと…それと、多分〝鷹の眼〟の皆と一緒にいるとは思うんだけど、双子たちシーグリックをこっちに呼んで貰って良い?バリエンダールに行く件で話がしたいの」

 ベルセリウス将軍やウルリック副長達は、明日ミカ君をスヴェンテ公爵邸まで送る事になっているから、話は向こうで多少は出来るだろう。

 まずは双子たちシーグリックだ。

「ああ…そろそろ、何か話があるだろうなとは思ってたよ」

 紅茶を飲みながらしばらく待っていると、ファルコに首根っこを掴まれ…ている訳じゃないけど、それに近い圧力を背中からかけられる形で、リックが現れた。

 シーグは、その二人の後をおずおずとついて来ている感じだ。

「バリエンダールで何かさせたいんだろう?まあ、内容によっちゃ聞いてやっても――って、イテっ‼」

「おまえは何でそんなに上から目線なんだ、ガキンチョ!てめぇの立場ってモンを、もっかい身体に叩き込んで欲しいのか?あ?」

 …まあ確かに、ドヤ顔で胸張って言うコトじゃないなとは思ったけど、容赦なく今、拳骨落としましたね、ファルコサン。

 そしてシーグは、ちょっと呆れ顔。
 
 何だか最近、とみにシーグの方がしっかりしてきたと思う今日この頃。
 まあ、良いんだけど。

「別に、そんなに構えなくて良いよ?ある意味、二人は本来の役目を果たしてくれれば良いし、その途中で私に報告して、場合によっては仕込みなり誘導なりに協力して欲しいだけだから」

「………は?」

 リックは頭をさすりながら、目を丸くしていた。
 
 シーグはと言えば、ファルコと同じように「この流れには覚えがある」と言わんばかりに、あからさまに表情かおしかめていた。

 私がちょっと周囲を見渡すと、察したセルヴァンが、ファルコに目配せをする形で、自分を含めた使用人を部屋から一度下がらせてくれた。

 ファルコは…まあ、一緒にギーレンには行った訳だし、双子だけ残すとかもさすがに出来ないだろうから、ここは残って貰うしかないかと、私も諦めた。

「あのね。にはぜひ、デビュタント前の「箱入り王女ミルテ」様をオススメしたいのね?だから、本人やら周辺――特にコワーイお兄ミラン様を重点的に調べて欲しいの」

 色々とアクセントを変えて仄めかす私に「お…おお」と、リックがちょっと引き気味だ。

 とは言え話が途中なので、私も気にせず最後まで言い切る事にする。

「それと、これはまだ未確認情報なんだけど、バリエンダールのフォサーティ宰相家に、ギーレンのオーグレーン家から降嫁した女性がいるとか。まあ年代を考えれば、当人はもちろん対象外だし、そもそも今も存命なのかって言う話もあるんだけど、逆に娘とか孫娘とかがいたら、血筋的には充分対象になるでしょう?だから、そう言った女の子がいるかいないか、もしいたら本人の資質なかみはどうか――そのあたりを、調べて聞かせて欲しいなと思って」

「「なっ……」」

 これには、双子たちシーグリックの両方が声を上げた。

 聞いてねぇし!と、リックの方が更に声のボリュームをあげている。

「だから、未確認情報だって言ったじゃない。だけどほら、何の事前情報もなく探りに行くよりは、あなた達だって調べやすいでしょう?そもそも、かただって、私と情報共有しろって仰ったワケなんだから、無茶ぶりはしていないと思うけど?私の言う事を聞いて、私が頼んだ調べ物をした結果、私との情報共有が同時に成立する。……でしょ?」

 でたよ、秘儀・丸めこみ――などと呟いているファルコの足は、とりあえず思い切り踏んでおく。
 外じゃないし、ヒールのある靴を履いていなくて良かったね。

「箱入り王女と宰相家……意外に、殿下のお相手を真面目に考える気があったのか……?」

「ちょっと、何気に聞き捨てならないわよリック!そりゃ考えるでしょ!真面目に考えないと、シャーリー…シャルリーヌ嬢を強制的に略奪されるかも知れないんだから!」

「そ、そうか、悪ぃ……いや、まあ確かにバリエンダールはギーレンの次に広いし、貴族家の数も多いし、むやみやたらに調べるよりも遥かに効率はいい。まずはその二か所からって言うなら、それはこっちとしても願ったりな話だ」

 リックの隣で、シーグも黙って頷いている。

「で、今日さっき王宮の方に、バリエンダールから明後日の昼食への招待がなされたようだから、それまでに旅の準備しこみをしておいてね?」

「………明後日?」

 さすが暗部とは言えギーレンの王族に仕えるとなると、それが規格外イレギュラーな対応だと言う事への理解は及ぶらしい。

「そりゃあまあ、サレステーデの王族が今回やらかした事を、書面ごときで伝えられただけじゃ、出来の悪い冗談、アンジェスによるサレステーデ乗っ取りのための屁理屈だとしか受け取れないもの。テオドル大公とは親しい訳だから、それは一刻も早く正しい情報を得たいと思うじゃない」

「出来の悪い冗談……」
「屁理屈……」

 何かおかしい?と首を傾げた私に、双子たちシーグリックは一瞬考えた後、器用に同じ仕種で首を横に振った。

「うん。じゃあ、それはそう言う事で宜しくね?で、あとは――」

「いや、まだあるのかよ⁉」

「諦めろ、ガキンチョ。お嬢さんに捕まった時点で、こうなるのは目に見えてたことだ」

 いや、だから何でそこでファルコが解説⁉

 もう一回足を踏もうかと思ったら、さすがにサッと除けられたけど。

「そんな命に関わる様な難しいコトは頼まないって。あ、これはシーグの方が適任かな?ユングベリ商会の販路をバリエンダールにも広げたいから、今どんな物が流行ってるとか、逆に不足しているとか、港で多種多様な商品の取引情報に探りを入れてくれないかな。ユングベリ商会の従業員を名乗って良いから、商会長わたしと会っても良いって言う商人なり生産者なりがいたら、話し合いの場を設けてみてくれないかな」

「ユングベリ商会の従業員……」

「え、何、その表情かお。言っておくけど、シーグ…じゃなくて、イオタはもう商会従業員ギーレン担当として数に入ってるからね?詐欺とか空手形切るとかじゃなければ、ある程度は自由にしてくれて良いから、良さそうな取引先と品物を見繕っておいて。あ、香辛料市場にケンカを売る気はないから、そこは気を付けて。それやると、回り回ってコニー様に迷惑かかるから」

「!」

 バリエンダールの香辛料は、コニー第二夫人の実家、クリストフェル家を抜きにしては語れない。

 それを思い出したらしいシーグも、コクコクと頷いた。

「理想はサレステーデの〝カラハティ〟が流れてきているかどうかと、アンジェスに輸出出来そうな海産物がないかなんだけど……時間がなければ、港町で一番の権力者、あるいは商会があるかどうかを探るだけでも良いよ。それはそれで行ってから確認すれば良いんだし」

 よほど街で暴利を貪っているとかならともかく、真っ当な商会や経営者なら、契約前から喧嘩を売るのは感心しない。

「あー…じゃあ〝シーグリック〟は俺一人にして、シーグは『イオタ』として向こうでは動く方が良いのか」

「動きやすい方で良いよ?あなた達なら、そんな一から十まで指示しなくても、場に応じて判断出来るだろうし」
 
 イオタは必要だけれど、それが

 まあ、そろそろリックは女装に抵抗のある年齢に差し掛かってきているだろうけど――。

 そう思ったところを見透かされたのか、返事の代わりにリックは盛大な舌打ちを寄越してきて、ファルコに再度拳骨を落とされていた。

「よろしくー」

 ひらひらと手を振った私に、物凄く複雑そうな表情は見せながらも、結局最後まで、二人から「否」の言葉を聞く事はなかった。
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