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第二部 宰相閣下の謹慎事情
【ギーレン王宮Side】シーグリックの岐路(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
シーグリック・アルビレオ。
表向きは、ギーレン国の第二王子、今は第一王位継承者となったエドベリ殿下の侍従として名前が通っているけれど、実際には、殿下の足を引っ張るような貴族たちの粛清を担う、暗部の一員としての顔も持っている。
そして、表向きには一人の少年として認識されているけれど、実際には双子であり「シーグ」「リック」とそれぞれに名を持っていたが故の「シーグリック・アルビレオ」だった。
王妃の座から退いて久しい、先代デュメリー妃の侍女として王宮に仕えていたメイサ・エリダヌス男爵令嬢が母であり、当時外交で訪れていたカストル・ベルィフ王弟殿下と恋に落ちたものの、身分差の壁は厚く、妊娠発覚後に、ベルィフのとある子爵家に養女として入ったは良いが、結局愛妾以上の地位には就けなかったらしい。
双子が生まれた際には、双子は不吉との因習に捕らわれた子爵夫妻から、母と妹は忌み嫌われた末に、追い出されるようにギーレンに戻り、その途中に、視察帰りの殿下に「拾われた」事から、当時の侍女長を通して、再び働き始めたと聞いている。
コニー第二夫人や正妃であるエヴェリーナ妃は、先代デュメリー妃にも仕えた事がある母の事をかなり買ってくれていたようで、自分がベルィフを飛び出して、母と妹の下に身を寄せた際も、何も言わずに受け入れてくれたらしい。
そして最終的に王宮の副侍女長にまでなった母の亡き後も、自分達をエドベリ殿下の側近にしようと、何くれとなく教育を施してくれたのだ。
エドベリ殿下自身も、年の離れた弟妹が出来たようだと、気安く自分達に接してくれた。
暗部に足を突っ込んだのは、自分たちの意志だ。
第一王子派貴族との争いが水面下では激しく、今のままでは殿下を守れないと判断したが故の事だ。
その時に「エリダヌス」の名前は捨てて、暗部の上司からは「アルビレオ」を与えられた。
古い言葉で「二重」を意味するものらしく、二人で一人を名乗るには、ちょうど良いだろうと言われたのだ。
エドベリ殿下を守る事に全力を傾けようと決意はしたものの、パトリック第一王子が失脚をしたのは、多分に自業自得な気はしている。
暗部の上司が狙って女性を近付けたのは確かだけれど、あくまでもそれは、シャルリーヌ・ベクレル伯爵令嬢との婚約を解消させたかっただけの策だ。
それなのに、次期王位継承者としての地位を失くす程に他の女性に溺れてしまっては、とてもじゃないけど次代の王にはなれない。
それが証拠に、実母であるエヴェリーナ妃ですら、パトリック殿下の復権を目論む事はしないのだから。
ただ、気に入った女性にのめり込みやすいと言う点では、ある意味エドベリ殿下にも、同じ血は流れていると言えるのかも知れなかった。
何もアンジェスにまで亡命したご令嬢に固執せずとも、殿下ほどの地位にあれば、ご令嬢方なんてよりどりみどりの筈なのに――なんてことは、本人が激怒するので言えなかった。
「まあおまえも、妹以外に、好きな子の一人や二人出来れば分かるかも知れんな」
素朴な疑問を呟いた時には、何故か暗部の上司は苦笑していたけれど。
妹や母親なんかは「家族愛」と言うらしく、パトリック殿下やエドベリ殿下が振り回されているのとは、また別の感情になるらしい。
……よく分からない。
母が亡くなった時、妹を守るのは自分だと、自分だけだと思った。
だけどいつか、二人で一人を演じるのが困難な年齢になった時には、妹は母と同じ王宮侍女になるか、どこかの貴族家の養女になった後で、嫁ぎ先を探すか、コニー第二夫人と相談すると、エドベリ殿下は言ってくれていたから、その言葉を糧に、暗部であるが故の、多少の危険な目にも耐えてきたし、ギーレンで元ベクレル伯爵令嬢、現ボードリエ伯爵令嬢の監視をするだけなら、妹が一人で隣国に渡ったところで問題ないと思っていたのに。
ギーレン側の全員が、エドヴァルド・イデオン公爵と、彼に関わる周囲の人間を甘く見ていた。
アンジェスであれば、公爵あるいは宰相止まりになるところが、王族として遇される事になるのだから、一も二もなくギーレンを選ぶと、ベルトルド国王陛下も、エドベリ殿下さえも、そう思い込んでいたのだ。
冷静に考えてみれば、もし自分が今、ベルィフから王弟殿下とやらの血筋を理由に王宮に入れと言われても、エドベリ殿下の侍従としての誇りがある以上は、首を縦には振らない。
イデオン公爵だって、王族の地位にそれほど固執していないかも知れないと言う事に、少なくとも自分だけは、思い至るべきだったと――気が付くには、遅すぎた。
アンジェスに送り込んでいた暗部が全員潰されて、どう見ても妹の物としか思えない髪の束が、暗部しか知り得ない伝手を使って送りつけられてきた時には、母の死を聞かされた時以上の絶望が、身を焦がした。
だけど許可なく殿下の傍を離れる訳にもいかない。
そしてここまで自分を取り立ててくれたのも、殿下だ。
だからこそ、せめて殿下の意に沿おうと、ナリスヴァーラ城から攫って、バシュラールの別荘へ連れて行く事に、力を注ぐつもりだったのに、イデオン公爵家の部下に、まるで歯が立たなかった。
少しは暗部で力をつけたつもりだった。暗部の中でも、最上位に入るくらいまで鍛えた筈だった。
それが頬に傷を残すのがせいぜいで、軽々とあしらわれてしまった事に愕然とした。
これならば妹が殺されていても仕方がない――その思いは、良いように裏切られはしたんだけれど。
「初めまして。痛くもない腹を探られかけた〝聖女の姉〟です」
妹が、ボードリエ伯爵令嬢の動向とは別に、新たに調べるようにと命じられていた〝聖女の姉〟は、エヴェリーナ妃の強かさと、コニー第二夫人の芯の強さを掛け合わせたかの様な人物だった。
決して「愛妾」だからと、自分の母の様に相手の傍を離れる事も離される事もなく、自分の力で事態を打開しようと、足掻ける強さがあった。
洗脳も拷問もせず、ただ『宰相閣下を攫うのに成功した』ってコトにして、イルヴァスティ子爵令嬢とその母親と、ついでに陛下を王宮からバシュラールまで連れ出せと言う。
それさえこなせば、あとはどうしようとこちらの自由だと。
信じられるか!と言いかけはしたものの、それは目の前に「生きている」妹を見せられた事で、全てが霧散した。
不慣れなギーレン国内で、余計な苦労をしないために妹を絡めとりつつ、かつ妹が「裏切り者」扱いされて、いらぬ刺客に襲われるのを防ぐ為の「死亡通告」だったと、目の前の〝聖女の姉〟はにこやかに言った。
妹の命も、自分の命も――「シーグリック・アルビレオ」の命運そのものを手にしながら、決して殿下を「裏切れ」とも「殺せ」とも言わなかった。
ただ、王宮から三人を引き剝がす事と「ニセモノのイデオン公爵」をバシュラールに連れて行く事を、妹解放の条件に付け足したのだ。
妹も、決して無理強いさせられているのではなく、潜入のカムフラージュの為に、イデオン公爵家の護衛と共にシーカサーリ王立植物園で薬や毒の勉強をしているのがとても楽しい。いずれ絶対に殿下の役に立つ筈と、目を輝かせている。
――その時点で、既に「否」の選択肢は潰されている。
どのみち肋骨のヒビとなると、自然治癒に任せるしかない。
嘆息と共に全てを受け入れて、ナリスヴァーラ城で「偽物」であるマティ・レフトサーリ辺境伯令息を待つしかなかった。
シーグリック・アルビレオ。
表向きは、ギーレン国の第二王子、今は第一王位継承者となったエドベリ殿下の侍従として名前が通っているけれど、実際には、殿下の足を引っ張るような貴族たちの粛清を担う、暗部の一員としての顔も持っている。
そして、表向きには一人の少年として認識されているけれど、実際には双子であり「シーグ」「リック」とそれぞれに名を持っていたが故の「シーグリック・アルビレオ」だった。
王妃の座から退いて久しい、先代デュメリー妃の侍女として王宮に仕えていたメイサ・エリダヌス男爵令嬢が母であり、当時外交で訪れていたカストル・ベルィフ王弟殿下と恋に落ちたものの、身分差の壁は厚く、妊娠発覚後に、ベルィフのとある子爵家に養女として入ったは良いが、結局愛妾以上の地位には就けなかったらしい。
双子が生まれた際には、双子は不吉との因習に捕らわれた子爵夫妻から、母と妹は忌み嫌われた末に、追い出されるようにギーレンに戻り、その途中に、視察帰りの殿下に「拾われた」事から、当時の侍女長を通して、再び働き始めたと聞いている。
コニー第二夫人や正妃であるエヴェリーナ妃は、先代デュメリー妃にも仕えた事がある母の事をかなり買ってくれていたようで、自分がベルィフを飛び出して、母と妹の下に身を寄せた際も、何も言わずに受け入れてくれたらしい。
そして最終的に王宮の副侍女長にまでなった母の亡き後も、自分達をエドベリ殿下の側近にしようと、何くれとなく教育を施してくれたのだ。
エドベリ殿下自身も、年の離れた弟妹が出来たようだと、気安く自分達に接してくれた。
暗部に足を突っ込んだのは、自分たちの意志だ。
第一王子派貴族との争いが水面下では激しく、今のままでは殿下を守れないと判断したが故の事だ。
その時に「エリダヌス」の名前は捨てて、暗部の上司からは「アルビレオ」を与えられた。
古い言葉で「二重」を意味するものらしく、二人で一人を名乗るには、ちょうど良いだろうと言われたのだ。
エドベリ殿下を守る事に全力を傾けようと決意はしたものの、パトリック第一王子が失脚をしたのは、多分に自業自得な気はしている。
暗部の上司が狙って女性を近付けたのは確かだけれど、あくまでもそれは、シャルリーヌ・ベクレル伯爵令嬢との婚約を解消させたかっただけの策だ。
それなのに、次期王位継承者としての地位を失くす程に他の女性に溺れてしまっては、とてもじゃないけど次代の王にはなれない。
それが証拠に、実母であるエヴェリーナ妃ですら、パトリック殿下の復権を目論む事はしないのだから。
ただ、気に入った女性にのめり込みやすいと言う点では、ある意味エドベリ殿下にも、同じ血は流れていると言えるのかも知れなかった。
何もアンジェスにまで亡命したご令嬢に固執せずとも、殿下ほどの地位にあれば、ご令嬢方なんてよりどりみどりの筈なのに――なんてことは、本人が激怒するので言えなかった。
「まあおまえも、妹以外に、好きな子の一人や二人出来れば分かるかも知れんな」
素朴な疑問を呟いた時には、何故か暗部の上司は苦笑していたけれど。
妹や母親なんかは「家族愛」と言うらしく、パトリック殿下やエドベリ殿下が振り回されているのとは、また別の感情になるらしい。
……よく分からない。
母が亡くなった時、妹を守るのは自分だと、自分だけだと思った。
だけどいつか、二人で一人を演じるのが困難な年齢になった時には、妹は母と同じ王宮侍女になるか、どこかの貴族家の養女になった後で、嫁ぎ先を探すか、コニー第二夫人と相談すると、エドベリ殿下は言ってくれていたから、その言葉を糧に、暗部であるが故の、多少の危険な目にも耐えてきたし、ギーレンで元ベクレル伯爵令嬢、現ボードリエ伯爵令嬢の監視をするだけなら、妹が一人で隣国に渡ったところで問題ないと思っていたのに。
ギーレン側の全員が、エドヴァルド・イデオン公爵と、彼に関わる周囲の人間を甘く見ていた。
アンジェスであれば、公爵あるいは宰相止まりになるところが、王族として遇される事になるのだから、一も二もなくギーレンを選ぶと、ベルトルド国王陛下も、エドベリ殿下さえも、そう思い込んでいたのだ。
冷静に考えてみれば、もし自分が今、ベルィフから王弟殿下とやらの血筋を理由に王宮に入れと言われても、エドベリ殿下の侍従としての誇りがある以上は、首を縦には振らない。
イデオン公爵だって、王族の地位にそれほど固執していないかも知れないと言う事に、少なくとも自分だけは、思い至るべきだったと――気が付くには、遅すぎた。
アンジェスに送り込んでいた暗部が全員潰されて、どう見ても妹の物としか思えない髪の束が、暗部しか知り得ない伝手を使って送りつけられてきた時には、母の死を聞かされた時以上の絶望が、身を焦がした。
だけど許可なく殿下の傍を離れる訳にもいかない。
そしてここまで自分を取り立ててくれたのも、殿下だ。
だからこそ、せめて殿下の意に沿おうと、ナリスヴァーラ城から攫って、バシュラールの別荘へ連れて行く事に、力を注ぐつもりだったのに、イデオン公爵家の部下に、まるで歯が立たなかった。
少しは暗部で力をつけたつもりだった。暗部の中でも、最上位に入るくらいまで鍛えた筈だった。
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これならば妹が殺されていても仕方がない――その思いは、良いように裏切られはしたんだけれど。
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ただ、王宮から三人を引き剝がす事と「ニセモノのイデオン公爵」をバシュラールに連れて行く事を、妹解放の条件に付け足したのだ。
妹も、決して無理強いさせられているのではなく、潜入のカムフラージュの為に、イデオン公爵家の護衛と共にシーカサーリ王立植物園で薬や毒の勉強をしているのがとても楽しい。いずれ絶対に殿下の役に立つ筈と、目を輝かせている。
――その時点で、既に「否」の選択肢は潰されている。
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