聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【ギーレン王宮Side】シーグリックの岐路(中)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 合言葉「ユングベリ商会からの届け物」を告げて現れた、マティ・レフトサーリ辺境伯令息は、肝心のエドヴァルド・イデオン公爵よりも、遥かに自分に近いと思える、若々しい容貌の――明らかに「少年」だった。

 しかも髪の色がまるで違っていて、どうするんだと思っていたら、手にはしっかりカツラがあって。

「まぁ…後ろから見れば、誤魔化せ…る?」

 この呟きは、自分だけではなく、ナリスヴァーラ城にいた全員の総意だったようだ。

「イルヴァスティ子爵令嬢とは、私よりも遥かに年齢が近い。案外彼の方が良いと言い出すかも知れんな」

 エドヴァルド・イデオン公爵も、ちょっと苦笑ぎみだ。

 レフトサーリ辺境伯家は、四つある中で今までに唯一、自分が絡んだ事のない辺境伯家だ。
 つまりは顔を知らないから、イデオン公爵と連れ出したとしても、しようがない――そんな「設定」になるみたいだった。

 …エヴェリーナ妃の根回しの良さに、言葉も出ない。

「ただ長男だと言うだけで、望みもしない辺境伯位を継がされるのは、兄も気の毒ですからね」

 なんて事を飄々と言っているあたり、どうやらレフトサーリ辺境伯家には、何かしらの裏事情があって、今回の「替え玉」に選ばれたんだろうとの推測は出来た。

「イルヴァスティ子爵令嬢には個人的に何の関心もありませんが、家同士の繋がりなど、そのようなものでしょう」

 でもって、アタマの中が恋愛脳になっていないあたり、エヴェリーナ妃がいかにも気に入りそうな令息だと思う。

 多分彼は、将来的なエドベリ殿下の側近候補だ。
 この件が上手くいけば、傍仕えではないにせよ、王家とラハデ公爵家と深いパイプを持つ辺境伯家として、今後領地を発展させていくんだろう。

 この後は、この辺境伯令息を、バシュラールの別荘まで連れて行き、イルヴァスティ子爵令嬢と引き合わせる。
 母親は、替え玉がバレないうちに、上手く娘が相手を誑し込んだと思わせつつ、別の棟へと引き剝がす。

 そこまでがバシュラールでの「任務」だ。

 その後は、王宮へ戻ってを報告する。

 バシュラールにいるのが偽物だと言う事実は、午後、国王陛下が到着したあたりで発覚するだろう。
 翌朝母親が起きた時点で発覚したところで、子爵令嬢や母親側からは、王宮に連絡する手段がないからだ。

 なるべく他人を遠ざけておきたい状況を作り出したが為に、尚更に。言わば自業自得だ。

「ああ、君――アルビレオ、だったかな」

 辺境伯令息を、王家からイデオン公爵用に貸与されている馬車に案内したところで、ふと、そんな風に声をかけられた。

「バシュラールの別荘に着いたら、ユシュコール侯爵家から派遣された侍女使用人たちが別荘の手入れを兼ねて控えてくれているそうだから、あとはその者たちに委ねてくれればいい。逆に、それ以外の家から潜り込んでいる人間がいないかどうかを、君には確認して欲しいんだ」

「は……」

 それだけを言って、辺境伯令息は馬車に乗り込んでいき、頭の中に疑問符は浮かべながらも、こちらは黙って従わざるを得なかった。

 馬車を出発させながら、頭の中で高位貴族の名前と派閥を懸命に思い浮かべる。

 覚えておいて損はないと、エドベリ殿下から言い聞かせられた結果が、こんなところで役に立つのだ。

(ユシュコール……えーっと確か、アベラルド公爵領下の貴族で……バシュラールが近いからか?盟主にあたるアベラルド公爵家は、ラハデ公爵家に拮抗する家格があって……)

 何となくモヤモヤしながら、それでもおぼろげながら、その意図が見えてきた気がした。

 このままレフトサーリ辺境伯令息を別荘に送り届けて、として、陛下が激怒する事は火を見るよりも明らかだ。
 そのまま別荘で斬り捨てられても不思議じゃない。

 そこを陛下や殿下の息が直接かかっていない、ユシュコール侯爵家の使用人達を使って、今夜の出来事が「子爵令嬢側が無理に仕掛けた事」との証人に仕立て上げる気なんだろう。

 子爵令嬢側、ひいては陛下が公にその事を否定するのであれば「何故、アンジェスからの来客が来ているこの時期にバシュラールになど赴いたのか」と言うその理由を説明しなくてはならなくなり、自分達の首を絞める事になる。

 辺境伯令息一人であればどうとでも出来るところ、陛下や殿下の息のかからない使用人をそこに置く事で「なかったこと」にするのを防ごうとしているのだ。

 そして、ラハデ公爵家傘下の家から人を出したのでは、後々「ただの人違い」ではなかったのか?と、エヴェリーナ妃あるいはその周囲が関わったとの疑いを持たれかねない。

 ――だから恐らく、アベラルド公爵家が巻き込まれた。両家が秘密裡に手を組んだに違いなかった。

 表向き、ラハデ公爵家とアベラルド公爵家は、国内でも指折りの貴族として、拮抗勢力としての立ち位置を保っている様に見える。

 だからエヴェリーナ妃が仮に、別荘の手入れと称してユシュコール家の使用人達を向かわせたとしても、単に距離的な問題と解釈されて、そこに意図があるなどとは、誰も考えない。

 イルヴァスティ子爵令嬢とその母親が、陛下の威を借りて、これ以上の権力を持たないようにと、その一点において両家が手を組んで、狙った既成事実の駒を封じようとしたなどと、今までの勢力図から思えば、すぐには考えつかない。

 エヴェリーナ妃は、自分達の様な未成年の兄妹にさえ「綺麗事だけでは国なんて立ち行かない。たとえそりが合わない場合でも、とある一点の目的においてのみ、手が組める場合もある。何もかもが自分の想い通りにいくなんて事は考えてはいけない」と日頃から言い聞かせていた。

 それを考えれば、自分の様な存在でも、今回のカラクリを少し理解出来る気がした。
 …多分、そう大きく外れてはいない筈、と思う。

 エヴェリーナ妃は、自分の存在を綺麗に覆い隠した上で「陛下達の自業自得」で、全てを片付ける気だと。

 本当に、あの方がエドベリ殿下の敵に回らなくて良かったと思う。

「ああ、ご苦労様」

 国きっての保養地、バシュラールの湖畔の別荘に馬車が辿り着いた時、ふと辺境伯令息が、そんな風に声をかけてきた。

「多分この後、僕はここであの宰相様と間違われたまま、媚薬か何か一服盛られるだろうとは思うけど、特に逆らおうとは思っていないから、適当に見届けたら報告は頼むよ」

「⁉」

 自分と二つほどしか年齢が変わらない少年の、あまりに淡々とした物言いに、さすがに唖然としてしまった。

「まあ、僕の裸なんて見ても仕方がないだろうから、そこはご令嬢の方と相殺してくれるかい」

「いやいやいや!何言ってんですか⁉それ、辺境伯令息の言う事じゃないですよ⁉」

 いくら殿下直属の暗部の所属と言えど、最低限の言葉遣いくらいはする。
 そう言う意味では、そもそも辺境伯令息に口答えをしてはいけないんだろうが、さすがにそこは言わずにはいられなかった。

「ああ、すまない。君、僕よりも若そうだものね。ちょっと露骨だったかな」

 大丈夫か、この少年!
 言えた義理じゃないけど、感情線がどこか一本、ズタズタになってやしないか。

「君も我が辺境伯家でひと月も過ごせば、あっという間になるよ」

 さも何でもない事のように、ヒラヒラと手を振りながら、辺境伯令息は、別荘の中へと入って行く。

 玄関ホールで一礼したのは、恐らくはユシュコール侯爵家から派遣された使用人達だろう。

 邸宅が明るいままだと、すぐに偽物だとバレるし、口を開いても、すぐにバレる。

 多分、そこは使用人達が上手く辺境伯令息とイルヴァスティ子爵令嬢、その母親とが邸宅内で遭遇するタイミングをずらしながら、薬を盛ったりするのだろう。

 エヴェリーナ妃の采配ならば、もしかしたら彼らは普通の使用人とは、ちょっと違う可能性もある。

 ――自分は、本格的にコトに及ばれる前に、ここを発った方が良い気が、ヒシヒシとしていた。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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