上 下
108 / 801
第一部 宰相家の居候

199 迂闊クンが少なくとも一人

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「アンタ、何やらかしたんだよ…イザクの奴、カンカンじゃねぇか……」

 シーカサーリ王立植物園からの帰路、イザクに研究所に残ると言われ、シーグと二人で帰る途上で、馭者席のファルコが小窓越しにそんな風に声をかけてきた。

「何で、やらかしたのが私前提なのよ。ヒドくない?こっちは冤罪晴らしたいだけなんだってば」

「一応、連絡してきた連中には、見張り付けといたけどな。疑われるような『何か』をやらかしたんじゃねぇのかよ」

 シーグが怪しいと言った4人ほどの話を、いつ、どこで連絡をとったのか…なんて事は、きっと聞くだけ野暮なんだろう。

「エドヴァルド様に出発前に渡した、既成事実狙われないための霊薬エリクサーもどき、アレをたまたま、ギーレンでも開発しようとしていた人がいたのよ。それでその情報を盗まれかけたものだから、似た研究をしていたイザクと、研究をさせていた私とに、一時的に疑いの目が向くのは、しょうがないっちゃ、しょうがないでしょ?」

「え、あれ、イザクのオリジナルじゃなかったっけか?」

「今のところは、イザクの方が一歩先んじてたみたいだけど、そりゃ、研究者としての才能があるなら、製作を思い立つ人はいるでしょ。ましてギーレンとアンジェスじゃ、お互いの情報なんて、入りようがないんだから」

 の様に、専門の学会があって、論文が被らないように「何を研究しているのか」と言った情報の共有をしたりとかはしない――と言うか出来ないのだから、ますます分かる訳がない。

「ああ、なるほどな。お互いにそれと知らずに同時進行で薬を開発してた訳か」

「まあ、そんなとこ。この際だから、薬は二人でより完璧なものに仕上げて貰った方が、後々エドヴァルド様の役にも立つと思って、手を組んで貰う事にしたの。まずはエドヴァルド様が姑息な罠に引っかからない事の方が大事だから、出来上がった後の所有権の話とかは、もう、その時で良いかと思って」

「で、その研究を横から掠め取ろうとしているヤツがいる、と」

「うーん…研究成果を自分のものにしたかったとは思えないのよ。何せ首席研究員の研究分野だったから、掠め取ったところで、あっと言う間にボロが出るだろうから。だから考えられるのは、他国か王宮かに情報を売って、お金を得たかったか――植物園そのものの評判を落としたかったか、どっちかだろうとは思うの」

「普通、自分が働いている職場の評判落とすか―?」

「分からないわよ?今の境遇に不満があるなら『俺を見る目がない植物園なんぞ潰れてしまえ!俺はもっと自分を評価してくれる職場に行ってやる!』…ってなるかも知れないし」

「……それは確かに有り得そうだな。そうか、金か名誉かまでは今の段階では絞り切れねぇ、と」

「イザクは多分、疑われた事そのものよりも、自分にかけられた冤罪が完全に晴れるまで、薬の実験に集中出来ない事に腹を立ててるのよ。首席研究員との共同研究になった事は、結果オーライでしかないから」

「ははは。違いない。薬の事に関しちゃ、アイツも結構譲れない部分を持ってるからな」

 納得がいったとばかりにファルコは笑い、その後私はベクレル伯爵邸で馬車から降ろされた。

「まぁ確かに、薬が完全な形で完成するのは悪い話じゃない。疑わしい連中は、この後手分けして見張っておくわ。動きがあったら連絡する」

「お願いね。別に朝まで待たなくて良いから、何かあったら夜中でもすぐ知らせて」

「……後でお館様に怒られるのは、アンタ一人にしてくれねぇか。何気に俺らを巻き込もうとすんな」

 ファルコ、なんでそーゆートコは鋭いかなぁ……。

*        *         *

 夜。
 意外に夜更かしの心配をしない内から、どうやら動きがあったみたいだった。

 ベランダの窓がコンコンと音を立てて、ファルコがガラス越しに手招きをしていたのだ。

「悪ぃ。あんま時間ねぇから、ココで今話すわ」

 そう言うや否や、懐から一通の手紙を取り出して見せる。

「植物園に一日一度、夕方に手紙の回収やら配達を請け負う連中が出入りしてるみたいだな?だから夕方、この出入りの男を捕まえた…っつーか、今、酒場で無理やり飲ませて、手紙を掠め取って来たんだけどよ」

 読んだら、酔いつぶれている本人の懐に戻すと言っているから、とりあえずは読むしかない。

 封蝋が壊れているのは、後でいくらでも戻せるから気にするなと言う事らしい。
 どうやって…とかは、今は聞くまい。

「!」

 ざっと目を通した私は――軽く目を瞠った。

「まずは一人…ってところか?」

 確認してくるファルコに、軽く頷く。

 宛先は、ギーレン王宮内の調合室にいるらしい男性の名前になっており、差出人の名前は「テルン・スヴェンソン」――最初の自己紹介時に突っかかってきた、あの男だ。

 手紙には『前回渡した薬草では不十分だったらしい事が判明したから、追加を渡す。もし今、調合が失敗していても、その分は見逃して欲しい。返事は不要。明日、自分か仲間かが、前回と同じ時間、場所で薬草を持って待つ』などと書かれている。

「………バカ?」
「おい」

 私の心の底からの嘆息ためいきに、ファルコからの速攻のツッコミが入る。

「いや、だって!話を洩らしたのって、今日の昼間だよ?しかも大根役者が雁首揃えてヘタな芝居して!普通二、三日は警戒しない?しかも明日って!薬草盗まれてるんだから、警備固めるとか思わない?って言うか、私がコレ受け取る側だったら、ワナ警戒して行かないよ⁉」

「だいこん役者って何だよ…まあ良いけど。だから手紙、いったん持って来たんじゃねぇか。コレ自体は、そのスヴェンソンってヤツは確かに落とせるだろうけど、残りが誰か分からねぇ。この手紙以外、今はまだこれといった動きはねぇし、イザクが植物園にまだ残ってるから、その気があっても、盗みに入りようがない。一応、イザクが帰った後にしばらく誰か残しても良いが、そもそもアイツ今日帰る気あるかどうかが微妙だからな」

 ああ…何か、首席研究員リュライネンと、二人しか分からない話題で果てしなく盛り上がっていそうだ。
 ファルコの予想は、私でさえ確定事項な気がしていた。

「どうする?手紙握りつぶして、植物園内の犯人だけあぶり出すならそれでも良いし、このまま手紙を配達させて、相手もまとめておびき出しても良い。あと、今の手紙は証拠として手元に残して、筆跡を真似た手紙を相手に渡す事も可能だ。ハジェスやゲルトナーは、そう言った事が得意だからな。何なら、中身を多少、こっちに都合の良いように書き換えたって良い」

「……わぁ」

 何でもアリか〝鷹の眼〟――いや、知ってたけど。

 一瞬遠い目になりかけたけど、ふと、最後の案は存外アリなのではと思い返した。

「確かに相手ごと一網打尽にしたいけど、盗まれた薬草では、薬として不完全だって言う事と、今、改良した薬を作ろうとしているって言う情報とが王宮側に渡るのも困るのよね……ファルコ、じゃあ中身を書き換えてくれる?そうね『明後日に、一斉在庫確認を、突然室長がやると言い始めた。その作業が終わるまでの間だけで良いので、薬草を保管庫に戻させて欲しい。終わればまた返す。とにかく、今、薬草がないとバレるのは非常にマズい』――的な感じで」

「なるほど、確かにそれなら相手側も、罠の危険性よりも、在庫確認でバレる事への恐れの方が上回って、出て来ざるを得なくなるな。分かった、ならその方向で、配達人起こして、酔い覚め処方して、王都に向かわせるわ」

「よろしく。あとイザクにも、もう今日はいっそ帰って来なくて良いって伝えておいて。理由は、この手紙の話しておいてくれれば分かるでしょ?」

「……せめて仮眠くらいとらせてやれよ。鬼か」

「いやぁ、だって、私がイザクなら、泥棒来るかもって言われたら、絶対に寝ないよ?むしろ休めとか帰って来いとかって言う方が怒るって。そもそも今だってあれだけ憤ってるんだから」

 徹夜したあたりででも、殴ってでも寝かせたら良いんじゃ?と呟いたら、ファルコに心底呆れた顔をされた。

「……なあ」
「何?」
「もういっぺん聞くけど『懲りる』って言う単語は、今、どこに旅に出てんだ?」

 どこかな?と首を傾げてみたら、思い切り頭をはたかれた。
 ひどい。
しおりを挟む
感想 1,400

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

元婚約者の落ちぶれた公爵と寝取った妹が同伴でやって来た件

岡暁舟
恋愛
「あらあら、随分と落ちぶれたんですね」 私は元婚約者のポイツ公爵に声をかけた。そして、公爵の傍には彼を寝取った妹のペニーもいた。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。