聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

198 名探偵?迷探偵?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「イザク…犯人にされかけたからって、そんな怒らないで……」

 ランチのナンを、親の仇に会いました…くらいの勢いで引きちぎって、スパイスカレーに突っ込んでいるイザクの上には、その時魔王サマが降臨していた――気がする。

 ど素人の私どころか、隣に座るシーグまで顔を痙攣ひきつらせているからには、多分相当なものだと思う。

「い、いやほら、どこにいたとか何をしていたとかは、皆に聞いていた事でもあるし……」

 おお。
 これは皆さんにお伺いしている事ですから――とか、まさしくサスペンスドラマの刑事のセリフだ。

 まあ、ドラマと違って隣のテーブルの次席研究員サンダールは、本当に申し訳なさそうにしているけど。

 ランチには、ほとんどの研究員が揃う。
 福利厚生、なんて単語や意識があるのかはさておき、研究施設の食堂は無料だから、よほど嫌いなモノがメニューにならない限りは、皆ここに集まるのだ。

 どうしてもその日の食材がダメな人は、一般開放区のレストランで観光客に紛れて有料で食べているらしい。

 ただここ数日は、私が食材と病気予防の関連性を研究し始めている事が既に施設中に広まっている為、好き嫌いなんて言っていられないとばかりに、100%に近い食堂利用率を誇っているらしかった。

 アレルギー反応が出る人が、いたらいたでそれも誰かの研究対象になると思って、一応様子は伺っている。

「そうよ。私なんか、室長と首席、次席研究員に挟まれて、室長の執務室に連行までされてるんだから、そっちのプレッシャーの方が半端なかったと思うのよ」

 そして私たちが、わざわざ皆に聞こえる様にそんな話をしているのには、理由がある。

「…すまない。ユングベリ商会案件で、メドが立つまではと詳細を伏せられている件があったろう。だからどうしても、今回の様にリュライネンが単独研究していた素材が盗まれるとなると、目が向いてしまったんだ。他の研究で、リュライネンが使う素材は、今のところ必要とされていないからな」

 同じく隣のテーブルで机を囲むキスト室長が、そんな風にこちらに話しかけてくる。

「イザクもすまない。どうかこの事は、戻ってからも大事にしないで貰えると有難いのだが」

「―――」

 その一言で、少しのざわつきと、周囲からの視線がイザクへと向いた。
 室長、と私が少し窘めるような口調で、人差し指を唇の上に乗せる。

「…ああ!すまない、ユングベリ嬢。まずはである貴女に頭を下げるべきだったな」

 向かいのイザクが、私とキスト室長を見比べたまま、この上なく胡散臭いと言った表情を浮かべるものだから、私はテーブルの下でイザクの足を思い切り踏んづけておいた。

 ・リュライネンが研究に使う素材が盗まれた。調査は当面、室長が先頭に立って内部から始める。街の自警団を呼ぶのは、犯人が分かった時点か、あるいは彼らに研究内容や薬草を見られても問題がないと判断された時点に限る。

 ・リュライネンの研究とイザクの研究とが実はかなり似通っている事が判明。ここからは二人の共同研究と言う形に切り替えて進めさせる。また、イザクが使っていた材料はリュライネンが使用していた薬草とは異なるところもあり、盗まれた薬草がなくとも、当面は研究が進められるものと思われる。

 ・実はイザクはユングベリ商会の従業員ではなく、ユングベリ商会は、隣国のさる高位貴族の内意を受けて、イザクを支援している。下手をするとキスト室長よりも上にあたるかも知れない。

 ――と言う事を、私とキスト室長を中心に、現在ランチ参加率ほぼ100%のこの食堂で、聞こえるように口にする事にしたのだ。

 ただの薬草ならともかく、リュライネンしか使わないような薬草を持ち出したと言う事は、欲した側は明らかに研究の横取りが目的。

 ただし植物園の中で、リュライネンの研究を掠め取って完成させられるような研究員はいない。
 首席研究員が、誰あろうリュライネンだからだ。

 だとすれば、王宮所属の薬師に匹敵するような腕を持つ者がこの施設に忍び込んだか、あるいはその誰かと繋がりのある研究員が、薬草を横流ししたかと言う事になる。

 そうして私たちは、外部から薬師がいきなり忍び込む可能性は、限りなく低いと判断した。

 カメラや防犯設備がある訳ではないにせよ、それでも一応、施錠するための錠前と鍵はある。
 手引きした人間がいるか、内部から持ち出して横流しをしたか。
 このどちらかである可能性の方が、どう考えても高い。

 持ち出された薬草自体は、多分もう取り返せない。

 ――ならば、その薬草自体の価値を落とせば良い。

『盗まれた薬草が、実は役に立たないと分かった…と言われたら、どうあっても新しい薬草を狙わざるを得ないでしょう?それで諦めるくらいなら、最初から盗んだりはしないでしょうから』

 あの後執務室で「内部に手引きした人間がいる」と聞かされたキスト室長、リュライネン、サンダールの三人は、不本意そうに眉根を寄せていたけれど、私がそう懇々と説明したら、最後には根負けした様に頷いた。

『そうだな。狙ってくれるなと思うのは、我々のエゴだな。一瞬とは言え濡れ衣を着せられたユングベリ嬢やイザクなんかにしてみたら、ふざけるなと言いたくもなるだろうな』

『まあ、現行犯を捕まえるよりは、誰と会って薬草を手渡そうとするかまでは知りたいですね。あ、その辺りはウチの商会のに後をつけさせるなり何なりしますんで、基本は放っておいて頂いて大丈夫です』

『自警団には引き渡さないのか?』

『その辺りは捕まえてから考えましょうよ。自警団じゃ歯が立たない様な貴族とか絡んできても困るでしょうし』

 …と、そんな風な話し合いをした結果の、この「猿芝居」なのだ。

 それでも、私とキスト室長以外、壊滅的に演技が出来なかった(私も自分が上手いとは思わないにせよ、それでも、酷かった)為に、今、私とキスト室長を中心に話をしているのだ。

 とは言え、イザクが腹を立てていたのは、むしろガチだ。

 私があぶり出しをかけるなら、捕まえるのは本来の自分の仕事だと言わんばかりに、る気――もとい、やる気に満ち溢れていた。

「イザクの研究さえ完成すれば、まぁも途中経過はあれこれ仰らないと思いますが」

「それなんだが、ユングベリ嬢。今回の件で皆に話を聞いていて分かったんだが、イザクの研究と、ウチのリュライネンの研究は、かなり――と言うか、ほぼ同じじゃないかと思うんだ」

「え⁉」

「それも多分、イザクの研究の方が一歩先んじているのでは…とさえ、他ならぬリュライネンが言っている」

 私の「え?」がわざとらしいとか、そういう事は言わせません。
 あらぬ方向を向いたまま頷いているリュライネンの方が、よほどおかしいですから。

「あ、ああ。イザクがやっている研究を、横から見ていた俺が、ロイリーに聞いてみたからな。まず間違いないと思うぞ」

 サンダール…も、何とか頑張っている。

「どうだろう。午後からは、リュライネンとイザクと共同で研究をやらせてみると言うのは。盗まれた薬草は、少しならイザクが使っていた素材モノが残っているし、もしかしたら二人の知識を足せば、もっと良いものが完成するかもしれない。悪い話ではないと思うが」

 キスト室長は――うん、きっと微笑わらって嘘が言える、何だかんだ高位貴族の生まれだと言う事だ。

「イオタはそのまま、俺が面倒みるぞ」

 そう言ったサンダールに、イザクは一瞬悩む仕種をしつつ、私の方に視線を向けてきた。

「……この前の試作品より洗練されたモノが出来そうだったら、ぜひ共同研究の成果に期待したいわ」

 私が、いかにも背中を押しましたとでも言うように頷いたところ、イザクもそれを受けたかの様に、リュライネンに軽く頭を下げた。

「正直言うと、少し行き詰っていた面もある。同じ様な研究をしていたと聞けば、ぜひ力を借りたいと思う」

「あ、ああ。もちろんだ。こちらこそ宜しく頼む。――と言うか、試作品があったのか?」

 多分、素で答えただろうなと思うリュライネンは、私が言った「試作品」の一言に、演技抜きで反応していた。

 これにはイザクが頷いて肯定している。

「あった。これはお嬢様たっての依頼で、必要に迫られて、にお渡しをした。まだお会いして、効き目や感想を聞けていないんだが、手応えとしてはそう悪くなかったと思っている」

「そ、そうか!ではその辺り、オレの研究室で詳しく聞こう!無論、オレの研究資料は全て開示するから、気になる点があったら何でも言ってくれ!」

「………お嬢様」

 ここで、それまで黙って私たちの話を聞いていたシーグが、周囲には聞こえない程の小声で私の服の袖を引っ張った。

「明らかに動揺した反応を見せている人間が数名いるから、彼らを張るのが、まずは良いかと」

 シーグは個人的にも、イザクの「研究成果」に大いに関心があるらしく、今のところは、自分が成果を横取りして王宮に駆け込もうとか、そう言った発想にはならないようだった。

 むしろ研究が遅れるだろうと、ナナメ上からの怒りを抱えているらしかった。

 うん、協力してくれるのは有難いコトです。

 私はテーブルの下で、軽く親指を立ててサムズアップしておいた。

 ――あれ、これ、意味通じたっけかな?
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