121 / 151
祖母と母と私
しおりを挟む
祖母と母は最後までうまくいかなかった。
祖母は気性が荒く僻みっぽい面はあったが、少なくとも底意地の悪い人間ではなかった。母への意地悪も口だけだったが、そうはいっても母の若い頃から「町から嫁に来た余所者」扱いで近所にも悪口を触れ回っていたそうだから、母も相当肝に据えかねたり神経が参ったりしたことだろう。
そのうち「ほにまあ、あっただきがねぇお婆ちゃんを、よぐ見でけでるもんだ」と母の方に同情が集まるようになったらしいーー母の他にも、家の庭や敷地の境界の事で独自の思い込みを抱えており、ご近所にもちょくちょく揉め事の種をばら撒きがちな祖母だったので。
嫁姑問題において、父が一貫して母の味方であったのも、息子として祖母の性格についていけない部分があったのかもしれない。お陰で私達姉弟は母子家庭で育たずに済んだ。
前時代の家長的価値観が薄っすらと残っている田舎で、父と母が標準値以上のお人好しだったから祖母も最期まで家族と暮らせたのだと思う。これが今住んでいるニュータウンの辺りなら、子どもが何人いようと間違いなく孤立老人一直線だ。
とは言え忍耐強い母にも、時々首を傾げるようなところはある。
母も祖母も花が好きで、家の前の庭にそれぞれ自分の花壇を持っていた。田舎の典型的な土地余りの庭で、お洒落な柵や意匠を凝らした石垣など設けるだけまだなのだが、本人達の間にだけは境界線があった。
母は長年、自分の花壇の方に祖母が除草剤や雑草の種をこっそり撒いているのではないかと疑っていて父にも私にもそう話していた。母も少し潔癖性気味なところがあるので話半分に聞いて
「夏の雑草なんていくらでも生えてくるでしょ。種が十年も生きるって言うんだから」
と、相手にはしなかった。
夏に私達が帰省していて忙しくしている時期も、母は暇さえあれば「草取んねえば」と繰り返していた。子や孫の事を考えて、安易に除草剤に頼らない方針を貫いている事には感謝したいのだが。
母は昨年、ついに根を上げて花壇以外の除草を町のシルバー人材センターに頼むことに決めたという。それを聞いた時には内心ほっとした。が、どうしても仕上がりが納得できないらしく自分でやり直したりしている。
「シルバー(人材センター)の人達ぁ、仕事が欲しくて草の種っコでも播いでったんてねぇべが。こないだもその人が通りがかったが、そろそろ仕事さなるべぇがど様子を見に来たんでぁねぇべが」
とこぼすに至っては、私も内心狼狽えた。被害妄想とは人から人へ伝染するのだろうか?
もしかすると無駄に広いだけの庭でいたちごっこのような雑草取りに追われて、軽い強迫症になりかけているのでは?
だがある時、母の花壇の一角にある花が突然枯れてしまったのは私も見たことがある。母は祖母が農業用の除草剤を撒いたのではないかと疑っていた。
だが、花壇の花が全部枯れてしまったわけではないし、祖母が何かしている現場を母も私も見たわけではない。害虫や病気など別な原因で枯れた可能性も否定できない。
花壇疑惑は「疑わしきは罰せず」で事の真相は永遠に藪の中だ。
ところで、君子蘭盗難事件の時は不思議と誰も祖母を疑わなかったーーまあ何かやらかすには物が大きすぎるのだが。
祖母は気性が荒く僻みっぽい面はあったが、少なくとも底意地の悪い人間ではなかった。母への意地悪も口だけだったが、そうはいっても母の若い頃から「町から嫁に来た余所者」扱いで近所にも悪口を触れ回っていたそうだから、母も相当肝に据えかねたり神経が参ったりしたことだろう。
そのうち「ほにまあ、あっただきがねぇお婆ちゃんを、よぐ見でけでるもんだ」と母の方に同情が集まるようになったらしいーー母の他にも、家の庭や敷地の境界の事で独自の思い込みを抱えており、ご近所にもちょくちょく揉め事の種をばら撒きがちな祖母だったので。
嫁姑問題において、父が一貫して母の味方であったのも、息子として祖母の性格についていけない部分があったのかもしれない。お陰で私達姉弟は母子家庭で育たずに済んだ。
前時代の家長的価値観が薄っすらと残っている田舎で、父と母が標準値以上のお人好しだったから祖母も最期まで家族と暮らせたのだと思う。これが今住んでいるニュータウンの辺りなら、子どもが何人いようと間違いなく孤立老人一直線だ。
とは言え忍耐強い母にも、時々首を傾げるようなところはある。
母も祖母も花が好きで、家の前の庭にそれぞれ自分の花壇を持っていた。田舎の典型的な土地余りの庭で、お洒落な柵や意匠を凝らした石垣など設けるだけまだなのだが、本人達の間にだけは境界線があった。
母は長年、自分の花壇の方に祖母が除草剤や雑草の種をこっそり撒いているのではないかと疑っていて父にも私にもそう話していた。母も少し潔癖性気味なところがあるので話半分に聞いて
「夏の雑草なんていくらでも生えてくるでしょ。種が十年も生きるって言うんだから」
と、相手にはしなかった。
夏に私達が帰省していて忙しくしている時期も、母は暇さえあれば「草取んねえば」と繰り返していた。子や孫の事を考えて、安易に除草剤に頼らない方針を貫いている事には感謝したいのだが。
母は昨年、ついに根を上げて花壇以外の除草を町のシルバー人材センターに頼むことに決めたという。それを聞いた時には内心ほっとした。が、どうしても仕上がりが納得できないらしく自分でやり直したりしている。
「シルバー(人材センター)の人達ぁ、仕事が欲しくて草の種っコでも播いでったんてねぇべが。こないだもその人が通りがかったが、そろそろ仕事さなるべぇがど様子を見に来たんでぁねぇべが」
とこぼすに至っては、私も内心狼狽えた。被害妄想とは人から人へ伝染するのだろうか?
もしかすると無駄に広いだけの庭でいたちごっこのような雑草取りに追われて、軽い強迫症になりかけているのでは?
だがある時、母の花壇の一角にある花が突然枯れてしまったのは私も見たことがある。母は祖母が農業用の除草剤を撒いたのではないかと疑っていた。
だが、花壇の花が全部枯れてしまったわけではないし、祖母が何かしている現場を母も私も見たわけではない。害虫や病気など別な原因で枯れた可能性も否定できない。
花壇疑惑は「疑わしきは罰せず」で事の真相は永遠に藪の中だ。
ところで、君子蘭盗難事件の時は不思議と誰も祖母を疑わなかったーーまあ何かやらかすには物が大きすぎるのだが。
0
あなたにおすすめの小説
ことりの古民家ごはん 小さな島のはじっこでお店をはじめました
如月つばさ
ライト文芸
旧題:ことりの台所
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞
都会に佇む弁当屋で働くことり。家庭環境が原因で、人付き合いが苦手な彼女はある理由から、母の住む島に引っ越した。コバルトブルーの海に浮かぶ自然豊かな地――そこでことりは縁あって古民家を改修し、ごはん屋さんを開くことに。お店の名は『ことりの台所』。青い鳥の看板が目印の、ほっと息をつける家のような場所。そんな理想を叶えようと、ことりは迷いながら進む。父との苦い記憶、母の葛藤、ことりの思い。これは美味しいごはんがそっと背中を押す、温かい再生の物語。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる