私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第三章 しきいし

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 しばらく澄彦さんと押し問答してから、呼びに来た玉彦に連れられ部屋へ戻る。

「全く。いつまで付き合わせているつもりだったのだ、父上は」

 玉彦はブツブツ文句を言いながら、お布団に寝転がり参考書を読み始める。
 てゆーか、そんなことしているんなら、私はまだあの場所に居ても良かったんじゃないかと思う。

「ねぇ、玉彦。進学特化のクラスって、レベル高いの?」

「最低でも偏差値60以上」

「そうなんだ……」

「低くはないな」

「私、ギリギリかも……」

 そう言うと玉彦は飛び起きる。

「来るのか!?」

 そこで澄彦さんに言われたことを伝えれば、玉彦は色んな事を考えて眉間に皺を寄せて葛藤している。
 分かりやすいなぁ。

「私、通山の高校に友達沢山いるし、小町とはまだ離れたくない。でも死にたくなかったら、転校するしかないよね。少しの間だけど」

「俺は複雑だ」

「どうして?」

「比和子と学校生活を楽しみたい。でもお前の希望も叶えてやりたい」

「あはは、ありがと」

「一度だけ、我儘を言っては駄目か」

「なによ」

「もし転入し此度の件が終わっても三年になるまでの約半年だけ、こちらの高校に来ないか」

「無理言わないでよ」

「だから我儘だと言っている」

「なんでそんなに偉そうなのよ」

「来てくれませんか」

「言い直しても同じだから」

「いつも何かが足りない。それなりに楽しい日々ではあるが、ここに比和子がいればと思うことが侭にある。お前はないか? この場に俺が居れば良いと思うことが」
 
 ある。
 あるよ。
 全然ある。
 でもそれを言ってしまえば、キリがない。
 私には私の、玉彦には玉彦の生活があって当たり前で、しかも親にまだ養ってもらっている以上、親と共に在るしかないんだ、今のところは。

「あるよ、いっぱいある。でも聞いて、玉彦。私、きっとあと何年かしたら、ずっとこの鈴白にいる。それまでもう少しだけ、私だけの時間をちょうだい。でもそれは玉彦のことを蔑ろにしてるわけじゃないよ?」

 大きく溜息をついて、玉彦は頷く。

「すまない。そうだな。たしかにそうだ。やはりまだ未熟のようだ」

「ん?」

「前に言っただろう? 次に会えばきっとお前を帰したくなくなると」

「あー、うん」

 確かに中一の時の玉彦は、そんなことを言っていた。
 だから、自分がそう願えばそう為ってしまうこの五村から私を遠ざけようとした。
 私の人生をめちゃくちゃにしてしまうと恐れた玉彦は、それで見当違いな結論を出してしまい一悶着になったけど。

「それに、あの頃はそんな感情など無かったのに」

 私の手を引きよせ、額を合わせる。

「触れれば触れるだけ、その先を求めたくなる」

 私の指先を自分の唇に当てて、目を伏せた玉彦に思わずドキリとさせられる。

「それは……私も同じだよ?」

 もっと触れたいし、触れられたい。
 でも何となく私と玉彦のそれには違いがあるような……?

「では……」

「節操無く劣情に身を任せて催してはならん」

 私がそう言えば、玉彦は一瞬身を引く。
 やっぱり。
 身を引いたってことは、そういうことがしたいと玉彦は考えて……。

「お前……まだ覚えていたのか」

「当たり前でしょ。本当の意味を知った時、澄彦さんにクレームの電話をしようかと思ったわよ!」

「だが、男には止まれぬ時もある」

 優しく組み敷かれて、玉彦の柔らかな髪が私の首筋を擽る。

「ちょっ、ダメ。待って待って!」

 素早く起き上がった玉彦は、一瞬で電気を消して、戻る。

「そういうことじゃなーい!」

「比和子」

「馬鹿玉、除けなさい」

「……比和子」

 熱で潤む眼差しが私の思考を麻痺させる。
 あの玉彦が。
 あのツンデレで我儘で寂しがり屋の、自分の感情に鈍感だった玉彦が。
 まだまだ先だと思っていたのに。
 私にこんな眼差しを向けるだなんて、思ってもいなかった。

 駄目だ。
 このままじゃ流される。
 私、まだ何も心の準備が出来ていないのに。
 キスだけで満足していた子供のままだったのは私で、玉彦はそうではなかった。
 そして繰り返される初めての大人なキスに、私の思考が完全に停止した。
 
 不思議な感覚で身体の芯が疼く。
 拙く応じる私に玉彦は柔らかい笑みを浮かべた。

「……なによ」

「……いや、すまない。嬉しくて、つい笑ってしまった」

「……何がそんなに」

「比和子は益々綺麗になり、離れている間に誰と何をしていたかと不安だったが、この様子だと比和子の全ての初めては俺なのだと確信した」

 だからか。
 お布団に引っ張りこまれた私が固まってたのに満足してたのは。

「あっ、当たり前でしょ!? 私、あれからずっと玉彦だけ、だったし……。それに……ちょっと怖い……」

「全て任せておけばよい……。この時をずっと待っていた」

 玉彦の囁きが耳を擽り、身体が熱くなる。
 思わず頷きそうになった瞬間、私は叫んだ。

「うっ……ぐっ、い、痛い! 痛い! いたっ!」

「まだ何もしていないぞ」

「いっ、印がっ」

 タイミングが良いのか悪いのか、踝に残る印が盛大に痛み始め、私は押さえて丸くなる。
 しばらくこんな激しい痛みなんてなかったのに。

「こんなに早く……」

 踝を見た玉彦の目には、印が赤く拡がり始めたのが映されていた。
 それは次の花弁を剥がすことを急かしているような、私を早く死へと誘うようなそんな拡がりだった。

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