私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第三章 しきいし

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 楽しい一日はあっという間に過ぎて。

 夕餉が終わり、私たちいつもの面々は当主の間に集まっていた。
 二つめの隠の爪を手に入れるため、話し合いが持たれる。
 今夜から私も参加させてもらえることになった。
 当たり前だよ、当事者だもん。
 でも玉彦には、絶対に暴走するなと何度も釘を刺されていた。

「さて、次の鬼の敷石だが、緑林村とする」

「承知いたしました」

 澄彦さんの言葉に玉彦が頭を下げる。
 そして解散。
 え、もう?
 行き先と了承だけって。
 これで話は終わっちゃうの?

「比和子ちゃん、ちょっといいかな?」

 退出する際に澄彦さんに呼び止められ、この後澄彦さん側の母屋に来るように告げられる。
 あからさまに嫌な顔をした玉彦を無視して、澄彦さんと私はその場を後にした。

 そして、いつかの縁側。

 四年前、ここで澄彦さんの晩酌の御供をしたことを思い出す。
 さすがにお酒は呑んでいない。
 だってまだ未成年。

 着流しの澄彦さんが、あの時の様にチンピラみたく片膝を立てて座り、月を見上げる。
 すると松さんが、御猪口と冷の日本酒を御盆にのせて運んでくる。
 ツマミは、小皿の塩のみ。

「一杯、お願い出来るかな?」

「私、呑めませんよ?」

 澄彦さんは心外だと言うように目を見開き、そして柔らかく笑う。

「わかってるよ。久々に会った娘と晩酌を楽しみたいんだよ。息子ばかり独占してズルいじゃないか」

「私、澄彦さんの娘ではないです」

「前にも聞いた、そのセリフ」

 二人で笑い合えば、思い出す。
 白猿のこと。猿彦のこと。
 そして今夜もまた、隠との対決を後に控えている。

「今回は来てくれてありがとう。そしてまたしても危険な目に遭わせてしまっているね。すまない」

「誰のせいでもないです」

「いや、石段のメンテナンスを怠っていた正武家のせいです」

 素直に頭を下げた澄彦さんはいたずらっ子のように笑っている。
 絶対反省していない。

 差し出された御猪口に、前回同様表面張力一杯に注ぐ。
 それを澄彦さんはグイッと煽って、一息に呑んでしまった。

「僕はね、夜に弱い」

「え?」

「その代わり日中は最強」

「は?」

 何かのなぞなぞかな。
 朝は四足、昼は二足で、夜は三足というような。

「息子は日中にまだ上手く対応できないが、夜は最強。いずれは日中でも最強になるだろうな、あのポテンシャル」

「はぁ……」

「正武家の人間にも祓いに対して得手不得手があるんだ。僕は残念ながら、夜と相性が悪くてね。息子は今のところ夜を得意としている。静寂が山神様のお力を聴きやすくしているみたいだ」

 そこでようやく私にも理解できた。

「基本的に隠はね、夜にしか対峙出来ない。日中は陰に隠れてしまうんだ。だから今回の六隠廻り、本当は僕がしたかったのだけど、適材適所ということで息子が廻ることとなりましたっ」

 半分拗ねている様にも聞こえる。

「だから、夜に息子は出掛ける。心配だろうけど、あぁみえて優秀だから大丈夫」

「でもまだ、高校生です」

「正武家ではもう元服を終えた大人だよ」

「でも……」

「玉彦も君ももう、大人だよ。そして僕はオジサンだ……」

 どうして自分で言ったことに凹むかな。

「比和子ちゃん。もし六隠廻りが夏休み中に終わらなかったら、短期間だけこちらの高校に通うことになっても構わないかな?」

「え?」

 いや、高校を途中編入するって大変だし。
 家だって許してくれないと思う。

「正武家のご威光でどうとでもなるから。テスト結果次第で科は決まるけどね」

「ええっ!?」

「家の縁故ってどこにでも伸びているんだ。だから大丈夫」

 そういう問題じゃ……。

「とにかく印を剥がさないと大変なことになるから、もし夏休み中に終わらなければそうなることも覚悟しておいて」

 どうやらこの晩酌はその話をする為だったようだ。


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