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第三章 しきいし
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しおりを挟む一晩中苦しむ私の横で、玉彦はずっと踝を冷やしたり、擦ったりと甲斐甲斐しく看病してくれた。
時折心配した澄彦さんや南天さんが顔を出し、様子を見に来る。
そしてようやく痛みが引いたのは、陽も翳る夕方だった。
「今夜、出る。何かあれば鈴を鳴らせ」
ずっと私に付き添い寝ていないはずの玉彦は、いつもの真っ白い着物を手に取ると、そう言い残して宗祐さんと部屋を出て行く。
入れ替わりに南天さんが付き添ってくれる。
「お加減はいかがですか?」
「大分楽になりました……すみません」
「謝ることはないですよ。比和子さんは悪くないのですから」
と南天さんは苦笑した。
そうなのだ。
印が痛んだ理由は、玉彦にあった。
別室でこってりと竹婆にお説教を喰らった玉彦は、必要以上に私に触れなくなった。
竹婆曰く、正武家の力が身体に注がれそうになり、印が激しく抵抗をみせたということだ。
キスまでは大丈夫だった。
でもそれ以上玉彦が進もうとすれば、印に拒まれる。
私にとって免罪符になった印は、赤く拡がりを見せてはいたものの、今はその大きさは落ち着いていた。
そして今夜。
日を早めて、玉彦と宗祐さんが鬼の敷石を訪れる。
痛みはともかく、大きくなってしまったのが問題のようで、一枚剥がしにかかることにしたのだ。
「玉彦、大丈夫でしょうか……」
全然万端な状態じゃなく、睡眠不足で追いつめられている。
「父の宗祐が共に居りますから、安心ください」
宗祐さんは先代の正武家当主からここにいる稀人で、須藤くんの師匠である。
須藤くん曰く百戦錬磨の稀人だそうで、教えこう弟子は大変だとぼやいていた。
「……私、一緒に行きたいな」
「えっ? それは無理かと……」
「せめてその、鬼の敷石のところで待っていることは出来ないですか?」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
「……少々お待ちください」
南天さんはしばらく考え込んでから、立ち去る。
もし絶対に駄目ならば、この場で即答したはずだろう。
けれどちょっと考えて、澄彦さんにお伺いを立てに行ってくれたということは、もしかすると行けるかもしれない。
残された私は考えていた。
一つ目の隠は、腕を切り落として爪を持ってきた。
抵抗に遭ったっていうけど、当たり前だと思う。
だって痛いじゃない、爪くれっていわれて剥がすの。
切り落とした腕は返せば元通りになったみたいだから、私は考えたんだ。
私が鬼の敷石の近くにいて、すぐに引き剥がし作業が出来れば、隠の痛い思いを短縮できるんじゃないかって。
剥がす行為は痛いから、そこは我慢してもらうとして。
南天さんは澄彦さんを連れて来てくれた。
玉彦は禊中で、且つこの件に関しての決定権は当主である澄彦さんにある。
私は先ほどの考えを澄彦さんに説明し、決定を仰ぐ。
「そうなると、竹さんも行かなくてはならないね。……うーん。僕に提案してくる人なんて比和子ちゃんが初めてだよ」
澄彦さんは笑って私の頭を撫でた。
当主の澄彦さんの決定は絶対で、少なくとも周囲の人間は意見をしない。
なぜなら正武家の考えには逆らわないという暗黙の了解があるから。
それがどんな理不尽なことでも、結果は後からきちんとついてくるがゆえにそうなっているらしい。
「わかった。比和子ちゃんの作戦に乗ってみようじゃないか。返却の時間短縮が出来るなら良だしね。でも一つだけ、これはお願いじゃない、下知です。鬼の敷石の中には絶対に入ってはいけない。何があっても。いいかい?」
「わかりました」
「君は惚稀人ではあるが、まだ本殿にも上がらぬ普通の人間なんだ。だから、正武家の力に晒され続けるとあまり良いことはない。敷石内ではアイツも全力だろうし、隠と対峙するのは危険だ」
「はい」
「では、行きなさい」
私は澄彦さんに一礼して、お風呂に入った。
イマイチ禊ってどういうものかわからないけど、私は本格的にしなくても良いそうで、気構えが大事なのだと澄彦さんが教えてくれた。
お風呂から上がり部屋で何を着て行けばいいのか迷っていたら、玉彦が戻ってきた。
どうやら澄彦さんに話を聞いて、やって来たらしい。
玉彦は何も言わずに、自分の箪笥から白い着物を取り出す。
そしてキャミソールに膝丈のスカートだった私の肩に羽織らせる。
「それは私が中学生の頃に着ていたものだ。丁度良い丈だな」
「あ、ありがとう。きちんと着付けた方が良いのかな?」
「そのまま羽織っていればよい。足元はサンダルで、すぐに踝に爪が当てられるようにしておくように」
「はい」
「あと、絶対に暴走はしてくれるなよ」
「……大丈夫だもん」
玉彦は片眉を上げて、どうだかって反応をした。
確かに。私は何度か暴走しかけた過去がある。
でも、私だって成長してるんだよ。
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