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終章 本日のディナーは勇者さんです。

08【完】

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「今日はみんなが俺に幸せを詰め込んだから、目から溢れたみたいだ」
「幸せすぎると泣くのか? でも毎日泣かせるとすると、俺はハラハラするぜ」

 俺の言葉で真剣にそう言うアゼルは、毎日俺をめいっぱい幸せにする気らしい。

 そんなことをしたらアゼルが記憶をなぞった時、俺の泣き顔ばかり出てくるじゃないか。それはいただけない。

 絡めた指をぎゅっと強く握ると、アゼルは頬を赤くしてむっつりと黙り込んだ。

 いつまで経ってもアゼルは照れ屋さんだ。体が触れている背中が熱い。

「アゼル。俺はお前の幸せを願って、できるだけのことをしてきたと思っていた」
「してきただろ。お前のおかげで、俺は愛する人の唯一無二になる幸福を知ったんだぜ」
「アゼル。それは俺も同じだ。お前の幸せを目指した俺を、お前が同じように愛したから……お前が俺の幸せを望んだから、気がつけば俺も、同じく幸福の中にいた」

 優しい声が出た。

 そうなのだ。俺はアゼルに幸福あれと喜び勇んで愛していたのに、アゼルはそれを丸ごと俺にしている。

 幸福になったアゼルは、周りに幸福を還元した。
 還元された人たちは、アゼルの愛する人である俺も、同じく愛してくれた。

 奇跡のように巡るのだ。
 アゼルの幸せを願っていただけで、俺は幸福の絶頂で幸せすぎると泣いている。

 絡め合わせた滑らかな指に、生暖かい金属の感触があった。

 自分のそれと触れ合わせると、微かにカチ、と音がする。

「絶望から幸福の頂きにエスコートされるなんて、思わなかったな。俺は今、満ち足りている」
「ん……」

 じっと見つめてへらりと笑うと、それだけでアゼルは俺の唇を塞ぎ、触れるだけのキスをした。

 チュ、と軽いリップ音が鳴る。
 感触を確かめてから少し唇を離した。

 至近距離で見つめ合うと、アゼルも嬉しげに笑みを浮かべる。

「満ち足りた俺が選ぶのも……やっぱり、アゼルただ一人だけらしい」
「ふっ、とっくに知ってるぜ」
「ふふ、バレたか」

 じゃれ合うようにキスを繰り返した。

 アゼルが唇を舐めれば、俺も舐める。
 頬を擦り合わせ、声を潜めて笑う夜。

 長い──永い、夜。

 これは俺たちの心を料理した、世界に一つだけのフルコースディナーである。

 値段は未定。
 お味はいかが?

 さぁ、全て平らげてくれ。

 一皿目はどうだったかな。
 飾らないいつもの日常を。そのままの優しい味わいを。

 二皿目はにぎやかで濃厚。
 三皿目は変わり種の舌触り。
 四皿目は少々苦かっただろうか。

 五皿目はクールでドキドキ。
 六皿目は桃色のスウィート。
 七皿目は情熱的でスパイシー。

 八皿目は甘く深い味わい。
 九皿目はしょっぱいが後味は愛しい。
 十皿目はおもしろい食感だ。

 十一皿目は青春の甘酸っぱさ。
 十二皿目は初めて出会うまろやかさ。
 十三皿目はあべこべの甘辛さ。

 十四皿目は不思議な風味。
 十五皿目はボリューミーな驚きで、平らげるのがたいへんだったかもしれないな。

 そして最後の一口まで。

 当店自慢のフルコースを、どうか味わっていただきたい。

 最後の一口。
 この一粒の涙の味は、これまでの幸福をかき集めて雫にした味なのだ。

 あなたの最後の一口が、幸せでいっぱいになりますように。

 俺たちの心のフルコースが、幸せでいっぱいだったと、誰かの舌に残りますように。

 味わい尽くしていただければ、きっと記憶だけしか遺せない俺たちの心は、あなたの胸で熱を帯び続けるだろう。

「今夜も、そしてこれからも、お前の愛は唯一無二のスペシャルディナーだ」
「ふふ、俺の愛は重たいぞ? 食い尽くすには、生涯かけても足りないかもしれないな」
「ふふん、望むところだ。空にするまで、ちゃんと俺のそばにいろ」
「喜んで」

 全てを食べ尽くした後は、カトラリーをテーブルに置いて、愛する人と見つめ合い、頬を綻ばせる。

 それでは、お手を拝借。


「シャル、俺はお前を愛してるぜ」

「アゼル、俺もお前を愛している」


 本日のディナーは勇者さんです。
 おかわり。

 ──ごちそうさま。


 完
(→あとがき・番外編やその後など)



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