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九皿目 エゴイズム幸福論

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「グぁ……ッ」

 力任せに振りぬかれたサーベルによって、俺はおもちゃのように壁に向かって弾き飛ばされた。

「ふん、羽虫が、ッ」
「はっ刺突ッ!」

 背中を壁に強かに打ち付け、骨が酷く軋む。

 だが俺はそれでも諦めない。
 男が俺に飛び掛って来るその道筋に仕掛けた罠を、順次爆破して攻撃した。

「刺突、刺突、刺突ッ」

 痛みをこらえて立ち上がりながら、壁に這わせた魔法陣から尖ったつらら状のトゲを発射させ、爆破を避ける男の着地点を狙う。

 相手が狭い室内で翼が使えず、機動力に欠けるこのフィールドがチャンスだ。

(──未知の力である聖法を乱発される前にどうにか……ッ!)

 祈りと意地が武器。

 何度弾き飛ばされて壁や床にぶつかろうとも、俺は罠と不意打ちで翻弄して怒りのままに立ち向かう。

 あぁクソ、肋が折れた。
 目に血が入って見にくい、それを拭う暇もない。
 無駄な動きを取れば、その瞬間俺は負ける。

 だけどまだだ。まだ俺は立てる。
 このくらいじゃ許さない。

 お前たちがどんな理由があってそうしたのかわからないが、そのせいでアイツはせっかく抜け出した疑心暗鬼の世界に、また引き戻されたんだ。

 今のアゼルを見ていればわかる。
 アイツはずっとずっと、恐ろしいほどずっと虚勢だった。

 そして何度も失敗して、全てを疑うくらいに怯えている。

 恩人からの心を救う指針を貰っても、それを実行するのは、怖くて怖くて仕方がなかったはずなのだ。

 怯え揶揄する視線を排除しても、もし誰も自分を見つめ返してくれなければ?

 そんな人がいても、ありのままの自分を見て失望してしまったら?

 それでも一人は嫌だ。
 誰かに本当の自分を見てほしい。笑いかけて愛してほしい。そばにいてほしい。

 そんな夢を見て踏み出したんだぞ。

 ──その最初の一歩がアイツにとってはどれだけ勇気が必要だったか、知りもしないくせに。

「失せろッ!」

 ──華々しい夜会に呼び立てられて、大勢が笑い合う中、誰も自分には近づかない寂しさを、知りもしないくせに。

「もうなにも奪うなッ!」

 ──どうしてもう一度、同じ苦しみを味わわせるようなことをするんだ。

 なにが魔王は最強の存在だ。

 強ければなにをしてもいいのか?
 強いものは傷つかないのか?
 強いものからは奪っていいのか?

 ふざけるな。
 ふざけるなよ。

 強いから、身体は傷つかないから、弱い心が血を流していることに誰も気がつかなかったんじゃないか。

 知らないものが恐ろしいのは当たり前だろう。
 なのに一人でどうにかこなしてしまうから、間違った時に責められるんじゃないか。

 天族も、魔族も、人間も、皆心は柔らかなんだ。
 心が強い人なんていやしないんだよ。

 強い人というのはな。
 挫けないわけじゃない。

 心の弱さを隠すことが上手なだけの、寂しい強がり。

「ッぐ、まだだ……ッ!」
「し、ぶといッ!」
「イッ……ッ!」

 もう魔力が尽きていて、ただ切りかかることしかできない満身創痍の俺を、男はイライラと弾き飛ばす。

「ぁぐ、っぅ、ッ」

 ドンッ、と横薙ぎに払われ俺は右半身を壁にぶつけ、折れた肋が軋んでついに倒れふした。


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