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九皿目 エゴイズム幸福論

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 呼吸をするだけで痛みが増す。
 本当ならベッドに横になって、しばらく動きたくない状態だった。

 それでも俺は立ち上がろうとするが、ゴリッ、と剣を持つ手を踏み躙られ、立ち上がることができない。

 ならば動くところを使うだけ。

 俺は身を捩って首を伸ばし、踏みつける足首に力を振り絞って噛みつく。

「うぐッ、ゲホッ……!」

 噛みついた足は俺の頭を蹴り飛ばした。
 まだだ。立ち上がって切りつけてやる。

「虫けらの分際で……、バインド」
「いぁ……ッ」

 そう思って剣を振るう前に、光の輪が俺の身体を拘束して、身動きが取れなくなってしまった。

 締め付ける輪で骨が痛い。
 蹴られたせいで頭の傷から吹き出た血が、床に赤いシミを作る。

 どれくらい戦っていたのか……。
 わからないが、当然のようにボロボロで倒れたのは俺だったようだ。

 このぐらい、一人で乗り越えようとしたのに。
 愛する人のカタキくらい、一人で取ろうとしたのに。

「……ッ、ぅぅ……」

 ここしばらく睡眠も食事も満足に取れていなかったとはいえ、悔しくて悔しくて、俺は歯を食い締めて震えた。

 諦められず、消えない闘志を胸にボヤケた視界で睥睨し続ける。

 男は服は破片や返り血で汚れていて怒ってはいたが、まるで疲れていない様子だ。

 俺が唯一流させた血。
 頬についた傷は指でなぞり、あっさりと消し去った。

「ようやく魔力切れか、手こずらせられたな。まさか下等生物に傷を負わせられるとは……それも無駄だったが。魔族でないから勝てるとでも思ったのか? 天族は攻撃力ほど魔族に劣るが、防御と治癒では優るすぐれた種族なのだ」

 淡々と告げて芋虫のように手も足も出ない俺を見下ろす、鉄仮面ロボット。

 あまり聖法を使わなかったのは、そういうことか。
 捕まえて持ち帰ることを考えて、守り続けてスタミナと魔力を切らす魂胆だったと。

 男はしゃがみ、まさに窮鼠猫を噛んだ俺の一撃でついた足の歯型にも、治癒を施す。

 俺はそれを黙って睨みつけた。

「本来なら今すぐお前は減らず口を叩けないよう肉塊になるところだが、我等天使は非常に慈悲深いのでね。できれば自主的に頷いていただきたい。悪い話じゃないだろう? 敗者には破格の提案だぞ?」
「は……ダメだな、てんでダメだ。俺のストッパーを奪ったのはお前たちのくせに。責任を取るのが道理じゃないか」
「チッ、瀕死の愚か者が。いいか? これは取り引きだ」

 首を横に振ると、俺を見下す冷たい声が、最低な取り引きの説明をする。

〝お前がここを離れる旨を記した手紙でもしたためて、素直に俺と共に天界へやってくるのであれば、お前は殺さない〟

〝そして奪った魔王の記憶も、綺麗さっぱり瞬き一つ分も欠けることなく返すと誓おう〟

 そんな取り引きの説明だ。

「どうだ? 些細なことで身勝手に怒り狂われ、剣を向けられたにもかかわらずだ。至って良心的かつ、慈愛に満ちた提案だとわかるな?」

 我ら天使は慈悲深いのだと、本気でそう思っているらしい男の目。

 だから提案を飲めと、雄弁に訴えている。

(つまり……俺がここで頷けば、アゼルの記憶は全部元通りに戻る、ということか……)

 ピクッ、と指先が動く。
 自分の身を差し出せばいい。かんたんで分かりやすい取引だ。

 ──そんなことを言われると、俺の答えはもう決まっているじゃないか。


「……りだ」
「ん?」

「お断りだって言っているんだ」


 拘束されたままの手で中指を立てて、はっきりと返事をした。

 鳩が豆鉄砲を食らったとは、こんな顔なのだろう。天使に中指。我ながらセンスのない返答だ。



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