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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。
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しおりを挟む「シャル」
「違う俺の名前はそれじゃないッ! 俺はお前のシャルじゃないッ! 勇者でもなんでもない、何者でもないッ!」
アゼルが消えてしまいそうな声で俺を呼んだのに、それが自分であるはずがないと言葉をかき消した。
耳を塞いで、悲鳴を上げて、震えながら心から声を絞り出す。
「お、俺はッ! 俺はお前の唯一じゃなかった……ッ! でも、俺の……俺の唯一は、お前なんだッ!」
どうしようもないのに聞き分けない愚か者同然に叫びながら、俺はついにその場にしゃがみ込む。
刷り込みか? 違う。いやそうでもいい。なんだっていい。どうだっていい。
リューオの言葉の結論は、こんなにも中身を掻き乱される時点で、とっくに出ていた。
たかが恋。
──そうだとも。
本気の恋だった。
刷り込み、吊橋、依存、執着。俺の感情の内訳や理由はなんだっていい。
今後豊かな生活を送りたくさんの人に必要とされ、俺が幸せになったとしても、あの日の俺は堪らなく惨めな存在だった。
恋の引き金は、初めて必要だと言ってくれた人だから、か。
おかしな話だ。
じゃあ誰が言ってくれたんだ?
俺がもう死んでしまってもいいと世界に不貞腐れて泣いていた時、他に誰が言ってくれたんだ?
誰でも言える言葉を、どうして誰も言ってくれなかったんだ。
役に立たない邪魔者になった俺でも〝そばにいてほしい〟なんて、お前しか、言ってくれなかったんだよ。
俺にとっての恩人はお前なんだ。
お前は殺してくれと言っても俺を殺してはくれなかった。お前のそばで生きていてもいい許可を与えてしまった。
生きていてよかった。もっとそばにいたい。お前が好きだ。お前と一緒に生きていたい。
それからの生活でそんな気持ちにすみずみまで埋め尽くされて、心がポカポカしていったんだ。
一人ぼっちのロボットだったのに、お前に惹かれて高鳴る胸は温かな血を通わせた。
俺の結論は一つだけ。
世界中が俺に愛を告げても、俺はお前ただ一人に愛されたい。
お前だけだからじゃない。お前がいい。お前じゃないと……嫌だ。
俺はお前のシャルじゃない。
だがお前のシャルになれなくてもいい。
「俺はお前に愛される生き物の名前が欲しい……」
蹲りながらそう吐露した瞬間。
二人じゃないと埋められない距離を蹲った俺の分まで飛び越えた温かいものが、痛いくらいに抱きしめた。
ビクッ、と体が震える。
自分を包むものがなにかわかっているから、抵抗しようと暴れる。
そんな俺を押さえつける腕は、まるで血の通っていないロボットのように凍りつきそうなほど冷たく、悲しいほど、震えていた。
「俺のッ!」
「っ」
「俺のシャルは、お前だッ!」
──俺と離れて泣きすぎて、俺を探して鳴きすぎて、そうして掠れ果てざらついた告白を聞き目を見開いた俺の頬に、一筋の涙がトロリと伝った。
「恩人だから欲しくなった。だけど、俺が恋したのはお前だ、お前なんだ」
「……ぁ……」
「俺は……お前の隣じゃないと、も、もう、うまく笑えない……涙が止まらないんだ……止め方がわからない……っ」
耳を塞いでいた手は、いつの間にか解けて、ダラリと落ちていた。
耳元で苦しそうに絞り出される震えた声がよく聞こえる。小さな小さな声だ。声は不安でたまらない。
懇願だ。懺悔だ。祈りだ。その全てだ。
全てで俺を欲している涙だ。
けれど居場所を失ったのは俺なのにまるで灯りを失った迷い子のような腕に抱かれながら、俺は緩く首を横に振って、信じられないとか細く否定する。
「そ……な……そんなの、錯覚だ……」
「錯覚じゃない。なぁ、なぁ……俺が見つけたんだ……俺の本物の宝物なんだよ……っ!」
それでもアゼルは必死に俺をかき抱き、自分の気持ちを伝えることが下手くそな彼なりに、心の言葉を紡いだ。
──偽物なんかじゃない。
確かに見つけた本物の宝物。
いつだってこの目を見つめ返してくれる。
素直ではない言葉を笑って最後まで聞いてくれる。
危険な場所へ行ってまで優しい花を贈ってくれる。
泣きながら縋りつく情けない体を温かく抱きしめてくれる。
そして共に、笑い合ってくれる。
「どんな時でも他人ばかりを思いやって、傷だらけで笑っている、まっすぐなお前が」
お前だから。
お前だけが。
お前じゃないと。
「……そばにいろよ……愛してるんだ」
──ひとりぼっちじゃ息ができなくて、死んでしまう。
アゼルはそう言って、ずっとずっと、俺を抱き締めて泣き続けた。
俺はただ抱かれたまま震えていたが、アゼルは俺を離そうとはしなかった。
そのうち〝こんなに泣くと枯れてしまうんじゃないか〟と思って微かに腕を回すと、アゼルはいっそう泣き出したから、頑なに意地を張って蹲っていた俺も釣られて泣き出してしまって。
大声をあげて、産声のように泣いた。
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