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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。

43(sideアゼル)

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 そんなことを考えてぼう、と腑抜けたまま宙を眺めていると、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。

 辛気臭いドアの叩き方だ。
 暴走気味の俺の目に射抜かれ続けていたライゼンかもしれない。


「なんだ」


 放っておいてくれという心の叫びが乗ってしまったのか、口から放った声は意図せず鋭利で冷たかった。

 抑揚のない、刺すような冷ややかな言い方。従魔や臣下ならまた怖がられるだろう。ライゼンなら小言を言うだろうが、どうでもいい。

 だからなのか、ドアの向こうから返事はなく、入ってくる様子もない。

 優しく待ってやる忍耐は欠片も持ち合わせていない今日の俺は、無感動に立ち上がってドアに向かって歩いていく。

 ガチャ、と無遠慮にドアを開いた。


「用なら早く済ま、せ……ろ……」

「あ……仕事、中だな……ごめん……」


 そして耳に届いたのは──予期しない客人の、申し訳なさそうな声。焦れったくて開いたドアの先には、来るはずもない男がいた。

 ──そんな、これは、幻覚か?

 あまりにも精神の摩耗が酷く、都合のいい幻や夢を見ているのではないか。

 でなければおかしい。
 現実のようにリアリティのある声、呼吸、存在感。おかしい。

 脳が理解しきれなくて、ノブを握っていた手が解けて落ちる。

 キィ、と音を立ててゆっくりドアが開き、広げた視界に映る男──シャルは、汗と血と、土煙と、ほんの少しだけ清涼な香りがした。

 どうして、ここに。
 どうしたって、あんなことをされたあとにその加害者の前へは現れないだろう。

 心臓がはちきれそうだ。
 鼓動が耳の奥から鼓膜を揺する。

 五感全てが現実だと殴りかかってくるが、だとすれば俺は今すぐ耳を塞ぎながら頭を抱えてうずくまらなければ死んでしまう。

 だって、俺はシャルを手酷く傷つけた。

 大切な人にするなんて有り得ないような、乱暴な脅し。嫌われたくない人を傷つけるということは、その人に殺されるということ。

 人間は特に、ああいうことを嫌うだろう? 怖い相手を射殺す視線を、いつだって向けてくるじゃねえか。

 けれどそれほどのことだった。

 アレは、俺のしたことは……縛りつけるための建前で言い訳にした家畜という立場。それそのもののようなやり方だったはずだ。

 嫌われるには、充分だったはずだ。


「ウゥ……」


 どうしてここに来たのか。見当がつかなくて、混乱する。どう声をかけていいかわからなくて、一歩、二歩、後ろによろめく。

 それでも俺が後ずさったぶん、開いた距離を戻そうとするように、シャルはゆっくりと確かな足取りで前に出た。

 パタン、と扉が閉まる。

 目が合わせられなくて、不自然な視線は落ち着きなく足元を滑った。
 震える唇は、言葉を紡ぐのに噛みつきそうなほど苦労する。


「な、んで……来やがった……」

「約束しただろう? 昨日」


 ──昨日。ドクンと、心臓。ああ、痛い。自分の失態を思い出して、心臓がバクバクとうるさい。

 その続きが恨み言かさよならの言葉なのかと、溢れ出る冷や汗が硬直した頬を伝う。
 なにも言わない俺に、視界の中でシャルの足がこちらへ躊躇なく踏み込んできた。

 ハッと顔を上げると、シャルの腕が動くのがわかる。──殴ら、れる……っ!

 そう思った俺は、いつも優しく差し出されていた手が自分を傷つけようとする現実を否定したくて、キツく目を瞑った。


「っ……、……っ、ぁ……?」


 しかし、俺の鼻先に優しく触れたものは拳ではなく──もっと、柔らかいものだった。




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