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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。
42(sideアゼル)
しおりを挟む──気がつけば、日が沈みかけていた。
窓から差し込む日の光が炎のように赤々としていて、あぁもうこんな時間か、と他人事のように思う。
時間の経過なんて少しも感じていなかった。気を抜けば救いようのない後悔に囚われてしまうために、ひたすら仕事に没頭していたからだろう。
積み上がる計算紙や書類、資料の山は、定期的にライゼンが片付け、新しいものと取り替えてくれていた。
来期の公共施設建て替え予定計画書なんて、どこまで優先度の低いものをひっぱり出してまで机に張りついていたのやら。
そもそも領地があっても種族の数が少なく、人間の国ほどの政治を行う必要がない魔界だ。
魔王がしなければいけない書類仕事なんて、毎日熟すぶん以上、そうそう量が積もるわけない。
視察、会議、外交等。
それらは明日にまわした。
繁忙期でもないのに缶詰とは。頑なに執務室での仕事しかする気がなかったことがよくわかる。
どこまで臆病なのやらと、自分を嘲ることすら億劫だった。
今日のぶんが尽きれば部屋でできる仕事を先取る。現時点でできるものは全てやったかもしれない。
そうまでして、部屋の外には出たくなかった。出たら、シャルに出会ってしまうかもしれないから。
──……シャル。
「…………」
その名前に、ピタリと筆を止める。
ほとんど座りっぱなしで筋肉が硬い。ヘドロのような精神的疲労を感じ、そのまま筆を置いた。
シャルには毎日会いに行っていたのに、今日は行かなかった。行けなかった。
あんなことをしたくせに、どんな顔で会いに行けるっていうんだ。
行ったところでもう遅い。
きっともぬけの殻になった部屋で、軋む心を砕かれることが目に見えている。
それを思ってずっとずっと、泣き出しそうになる自分を耐えることに、どれほどの努力があったか。
感情を抑えると無表情になる。
普段は制御している目の力も、無意識に発動してしまう。
本当の俺は、感情をコントロールするのが下手くそだ。
昔はともあれ今はそうそう揺さぶられることはないが、相手がアイツなら……心の感度が否応なしに最大値へ加速してしまう。
シャルに拒絶されてしまった。
俺を嫌になったに違いない。阻むものがないのだから、ここを出て行くはずだ。
今出たのか、まだいるのか。怖くて怖くて、昨日の自分が憎らしくて怒りで変になりそうだった。ああ、なんて恐ろしい。
恩人だから。
貴重な異世界人だから。
俺を怖がらずに笑ってまっすぐ見つめてくれたから。
どれもこれもが正しい理由で、間違ってもいる。感情や心の機微の名称に疎い俺は、胸に落ちる正解がわからないまま、ただ一つの思考が全身を支配していた。
俺は──怖いんだ。
魔族の誰よりも強い力を持つ魔王の俺は、数多の恐怖の対象なのに……たった一人の人間に嫌われることが、怖くて怖くて仕方ないんだ。
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