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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。
44(sideアゼル)
しおりを挟むサワ、とそばでなにかが揺れている。
ドアを開いた時にも感じた清涼な香りが、鼻腔をやわらかくくすぐる。
(な、に……が……?)
おそるおそる目を開けると、視界いっぱいに純白が広がっていた。
なにがなんだか理解できずにいると、白はスッ、と少し下がり、改めて俺の胸あたりに突きつけられる。
震えながら視線を下げると、その正体が花だと気がついた。
この花は確か……アーライマ。
魔界の荒れた崖肌にしか咲かない、上等な薬になる花だ。
だけどなぜ、これを今、昨日お前を食らった俺に突きつけるのか。
やはり理解できず、俺はようやくおっかなびっくりと顔を上げて、答えを知っているはずのシャルを見つめる。
(──……ぁ)
俺はあの夜以来、初めてちゃんとシャルの姿を直視した。
どうしてか、酷い姿だ。服には砂埃でできた汚れが見える。露出している肌も小さな傷がいくつか見えた。
けれどシャルは、変わらない。
緊張をあらわに眉尻を震わせていても、形のいい唇は、穏やかに弧を描く。
「仕事の邪魔をして、遅くなってごめん。でもどうしてもこれを、俺はお前に……アゼルに受け取ってほしかった」
「っ」
そうして低めのテノールが、落ち着いたテンポで語り始めた言葉たち。
俺の内側を揺さぶる。
そんな魔法の言葉たち。
「お前がくれたたくさんの幸福や価値のあるものとはとうてい釣り合えないが、これが俺の精一杯の感謝の気持ちだ」
「俺が安全に生活できるように、頑張ってくれてありがとう。贈り物をありがとう。暖かい部屋をありがとう。優しくしてくれてありがとう。大切にしてくれてありがとう。名前を呼んでくれてありがとう」
「それからええと、一番は……そばにいろと、言ってくれてありがとう」
「ああ……もう死んでしまうだろうと思って魔界に来たのに、殺してほしいと頼んだってこんなに懸命に生かされるとは、思っていなかった。誰かのそばで生きていてもいいのかと、どうにもくすぐったくなったんだ」
「……なんだ、そうか……初めから嬉しかったのか。俺は」
ボロボロのシャルは、話しながら自分の知らなかった感情に気がついたのか、恥ずかしそうに頬を染め、はにかんだ。
その微笑みは、なによりも綺麗で。
相も変わらず包み込むように柔らかく、僅かも嫌悪なんてない、真綿のような温かなものだった。
「っ、は……」
恐怖に震えていた喉の奥が解けると、呼吸の仕方を思い出す。
胸の奥が熱い。
頭も、身体も、溶けてしまいそうなほど温かなものが満たされていく。
惹かれることを拒めない心が、花を差し出す手に、震えながら指を伸ばす。でも、拒絶されたことを思い出して、寸前で止める。
また、が怖くて仕方ない。
しかしシャルが今告げてくれたたくさんの気持ちたちが、俺をその手に引き寄せた。
傷ついた手を掴んで、壊さないよう、雪を掴むように慎重に力を込める。
「そんな、格好になってまで……どこで……コレを……」
「う……ま、まぁ……そうだな……本当は、こっそりと行って、こんなボロボロじゃなくて……もっとスマートに、プレゼントしたかったんだが……」
掠れた声で、尋ねた。
するとシャルは恥ずかしげに語気を弱め、気まずいのか少し視線を外しながら言い淀んだ。
はにかみがしゅんとして、罪悪感を含んだ息苦しそうなものに変わる。
それだけでその先の言葉は、勘違い癖のある俺でもなんとなくわかってしまった。
みるみるうちに自分の表情が崩れ落ちて、くしゃくしゃのみっともないものに変わっていくのを感じる。
「昨日は……言えなくて、本当にごめん……昨日外へ出たいと言ったのは、花を取りに行きたくてだな……だからこれは、その……あ……アクシオ谷に、疲れに効く花があると聞いたから……お前に……」
「っ」
──贈りたくて。
想像通りだったその言葉が耳に届くより早く、俺は掴んだ腕を強く引き寄せ、気落ちする人間の体を強引に抱き寄せた。
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