誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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 そんな馬鹿な。表情筋が硬直する。

 朝五は一番大好きだと言い合った相手に、これまで何度も手を離されてきた。そんな朝五が軽率にその言葉を使うわけがない。忘れるわけがない。

 もし忘れていたのなら、あまりにゾッとしないじゃないか。


「う、うっそだぁ~。俺今まで好きになった子は全員覚えてっし? てか十三年前とか、俺こっちで暮らしてなかったんで~」


 朝五は表向き平静を装い、大げさに笑って見せた。けれど夜鳥は動じない。


「✕✕県✕✕市でしょ? 俺もそこにいたんだよ。こっちにきたのは大学に入ってから」

「そ、っ……」


 戸惑いなく答えられる地名は、朝五の故郷だった。──まさか、本当に……?

 冷たいものが背筋を伝うが、口元は引きつった笑みを作っている。


「俺は昔から存在感がなくて地味だったし、性格もちょっと変わってるみたいでね。子どもの頃、前の学校でいじめられて引っ越してきたんだけど……そのせいで学校に行けなくて、ひとりぼっち。今よりもっと大人しかったし、暗かったから。でも朝五が俺に声をかけてくれて、俺と朝五は誰にもナイショの、秘密の友達だったよ。人が怖い俺に気を使って、ほとんど毎日ふたりっきりで遊んでくれたんだ」


 淀みなく事情を簡潔に語る夜鳥の話を聞いて、朝五はもう、ダメだった。

 夜鳥と朝五は、本当に出会っていたのだろうと認めざるをえない。

 けれど夜鳥のことが思い出せない自分。

 一番大好きだと返したはずの相手のことが、これっぽっちも思い出せない非道。

 捏ねていた指先が震える。唾を飲み込んだ端から渇きを覚え、冷や水を浴びせられたように身の内が冷えていく。


「お……俺、お前のこと覚えてねーよ……」


 おそるおそる罪を認めた。

 けれど夜鳥は「わかってる。気づかれなかったし、俺は気にしてない」とあっさり頷き、ただ朝五が昔の話に興味を持ったことが嬉しいのだとばかりに頬を綻ばせる。


「俺の名前、成太だから。朝五はあの頃、せいちゃんって呼んでた」

「……っあ」


 その瞬間、朝五の脳内でおぼろげな記憶が蘇った。〝せいちゃん〟。それは確か、よく山で一緒に遊んでいた山の精の名だ。

 はっきりとは思い出せないが、幼い朝五はせいちゃんをファンタジックな存在だと思い込んでいた。

 今の夜鳥とは似ても似つかないせいちゃん。色白で華奢。長い髪で目元が見えなくて、ほとんど喋らなかった。

 毎日遊んでいたけれど朝五以外の人が現れるとどこかに逃げてしまうので、特別感を感じて夢中になって構っていた気がする。


「小学生の時……俺がお父さんに引き取られて、引越しする前……?」

「思い出してくれたの? 嬉しい……」


 蘇りかけている記憶を口に出すと、夜鳥は深く頷いて無垢な笑顔を見せた。


「たった一年だけの付き合いだったけど、朝五は一番酷い時期の俺に、笑顔で寄り添ってくれた。なんの理由もなく。気遣いも哀れみもない朝五が俺を遊びに誘うから、俺は少しずつ幸せを感じることができた。だから引越しするって聞いた時は、自分の心臓が引きちぎられるような気持ちだったなぁ」

「……うん……」

「我慢できなくて、引っ越しの前日、俺、朝五が好きなんだって言ったんだ。そうしたら朝五は『嬉しい。俺もせいちゃんが大好き。一番大好きだよ』って言ってくれた。両想いだ。思い込みだったけどね」


 欠片も悲壮を滲ませずに言い切る夜鳥が眩しくて、朝五は静かに、目を伏せた。




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