秀吉の猫

hiro75

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第6話

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 長政が奥の間に入ると、3人の女とひとりの若者が座っていた。

 一段高いところに女ひとり ―― 秀吉の側室で、このたび目出度く男児を出産した淀である。

 彼女は、女性にしては大柄の身体を投げ出すようにして脇息に凭れていた。

 ときどき思い出したように瞬きをする。

 そのたびに、大きな睫が蝶の羽のように瞬いた。

 左隣に女太閤、大蔵卿局である。

 顎を上げぎみにして、高圧的な目で長政を見ている。

 吊り上がった目元に、血を塗りつけたような口元、その姿は、子を食った鬼子母神のようである。

 こめかみがピクピクと痙攣している………………相当イラついているようだ。

 淀の右隣は右京大夫局、捨丸の乳母だ。

 大蔵卿局とは正反対で、猫に睨まれた鼠のごとく縮こまっている。

 目の下には鮮やかな隈ができている。

 ときどき、大蔵卿局を見ては睨まれ、淀を見ては溜息を吐く。

 右京大夫局の隣には、知的な面持ちの若者が席を占めていた。

 うらなり顔で、涼しげな目元をしている、口元は紅を塗ったように生々しい。

 どことなく大蔵卿局に似ている ―― 彼が、大野治長である。

 広い部屋に5人。

 その割りに重苦しい。

 長政は、息苦しさを感じながら淀の前に座した。

 淀に挨拶をしようとしたところ、大蔵卿局に止められた。

「くだらぬ挨拶は抜きじゃ」

 棘のある言い方に、長政はカチンときた。

 何か一言言ってやろうかとも思ったが、話が面倒になるのが嫌なので黙っていた。

「急なお呼びたて、まことにかたじけのうございます、弾正様」

 と、治長が頭を下げた。

「いえいえ、朝鮮出兵の残務処理以外は暇ですから」

 と、嫌味のひとつも言ってやった。

 言ったあとで、余計なことを言った、面倒が嫌いなのに、いつもひと言多いと後悔した。

 もしかしたら、そのひと言が厄介事を引き寄せているのかもしれない。

「それでは、十分に暇があるのじゃな」

 大蔵卿局が訊いた。

 やはりひと言多かったと舌打ちをした。

「いえ、そんなに暇というわけではありません。いま厄介な案件がございまして……」

「その案件とは、太閤様の猫のことでは?」

 長政は、ぎょっと治長を見た。

 じわりじわりと背中から汗が噴出してくる………………お尻のほうに垂れ落ちていく。

 胸が、ドッと、ドッと、と激しく唸る。

 猫の件は、ごく一部の者しか知らないはずだ。

 治長が、何ゆえ猫の件を知っているのか? 

 それとも、単にカマをかけているのか?

 長政は、治長の顔をじっと見ながら、何と答えるべきか言葉を探した。
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