秀吉の猫

hiro75

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第5話

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 翌朝、大坂城から呼び出しがあった。

「もしかして、猫の件で殿下に知れたか?」

 と、ギクリとした。

 呼び出したのは、大野修理大夫治長 ―― 正確には、治長を通して、大蔵卿局からであった。

 大蔵卿局は、治長の実母である。

 淀殿の乳母でもある。

 秀吉の覚えも良い。

 つい先ほど生まれた秀吉の子、捨丸の養育係でもある。

 大阪城内では、女太閤のごとく振舞っている。

 長政は、朝鮮出兵の残務処理、そして猫の件で手一杯である。

 これ以上、厄介事を押し付けられては堪らん。

 今回ははっきりと断ろうと思いながら、馬を飛ばした。

 大坂城には、幾分張り詰めた雰囲気が漂っていた。

 女たちが慌しく走り回っている。

 ただ事ではない様子だ。

「まさか、猫ではあるまい」

 と、長政は苦笑した。

 野々口五兵衛がいた。

 彼は欠伸をしながら、長い廊下をブラブラと歩いていた。

 目があうと、ニコリと人好きのする笑顔を寄こした。

「ちょうどよい、そなたに書状をつかわそうと思っておったのじゃ」

「私めに何か?」

 長政は、猫を借用したいと切り出した。

 すると五兵衛は、「それはちょっと……」と渋った、「猫はわが子同様ですから」

「所詮は畜生ではないか」

 五兵衛は首を振った。

「弾正様、それを猫好きの前で言うと、怒られますぞ。太閤殿下も、猫を本当のわが子のように可愛がっておられるでしょう」

 その太閤殿下の猫の代わりだと続けると、五兵衛はあっさりと許可を出した。

「そなた、先ほどはわが子とか申しておったではないか?」

「太閤殿下の猫の代わりだというのではあれば、喜んで。大出世ですから」

 猫好きは、いい加減なものだと思った。

「ときに、城内が騒がしいようだが?」

 五兵衛は辺りを見回した。

「左様でございますか?」

 と首を傾げる。

 いい加減な上に、無神経だ。
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