秀吉の猫

hiro75

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第4話

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 それにしても、何故自分のところに相談しにくるのかと、長政は訝った。

 石田三成とか、他に相談する相手は幾らでもいるはずだ。

 彼のほうが若いし、頭の回転も速い。

 秀吉の覚えも良い。

 こういった事件を、上手く差配しそうな気がするのだが。

 近習は、『治部少輔殿は律儀すぎて……』と、言葉を濁した。

 要は、律義者の三成では、すぐに秀吉のもとに報告があがるというわけだ。

「こういうのは、亀の甲よりも年の功らしい」

 と長政は、近習の言葉をちょっと自慢げに妻に語った。

 妻は、「結局は、面倒事を押し付けられたんですよ」と、冷めた口調で云った。

 引き受けたのは良いが、これといった策があるわけではない。

 ヤヤの云うとおり、頼まれれば断れない性格だ。

「朝鮮出兵の書類も溜まっておるのに」

 文机には書類が山と積まれている。

 長政は、紙の山に頭を突っ込み、頬杖を突きながら考える。

 猫は、自分の縄張りを持っている。

 その縄張りを出ることはあるまい。

 恐らくは、まだ伏見城内にいるのではないか。

 例え外に出たとしても、それほど遠くには行くまい。

 伏見一帯、猫の狩り出しをすれば出てくるだろう。

 問題は、その間秀吉をどう誤魔化すかだ。

 よくよく考えて、ひとつ宛があった。

 大坂城にいる野々口五兵衛 ―― 彼も大の猫好きだ。

 五兵衛のところには、黒猫と生まれたばかりの2匹のトラ猫がいる。

〝トラ〟が見つかるまで、その1匹を借り受けようと思いついた。

 早速書状にしたためた。

 もちろん、秀吉の猫だから毛並みの美しいほうに限ると念を押した。

「見つからねば、五兵衛の猫を〝トラ〟だと偽ればよい。いや、この際面倒だから、五兵衛の猫を献上するのもありだな」

「そんないい加減な」

 と、ヤヤは顔を顰める。

「こういった面倒事は、あまり深入りせぬほうが良い」

「面倒事でも一生懸命に差配するのが、出世の近道なのです。藤吉郎殿を見なさい、どんな小さなことでも真面目に取り組んだからこそ、太閤まで大出世なされたのですよ」

 だから長政は出世しないのだと妻は云いたそうだ。

 ヤヤの姉はネネ ―― 天下人秀吉の正室である。

 姉と自分の境遇を比べて、文句のひとつも言いたくなるのは分かる。

 が、長政も甲斐国22万石まで出世した。

 尾張の田舎侍にしては、大出世である。

 女は、そのすごさが分かっていないと長政は思う。

「そりゃ逆じゃ。藤吉郎は昔から要領が良かっただけじゃ。若い頃は、ワシのほうがどんな些細な勤めでも真面目に取り組んでおった。じゃが、年をとれば少しはその要領というものを覚える。それが年の功じゃ」

「年だけはとりたくないものです」

 鬢に白いものが目立ち始めた妻は、呆れたように云った。

 猫の件は、これで落着したと思った。
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