桜はまだか?

hiro75

文字の大きさ
上 下
49 / 87
第4章「恋文」

1の2

しおりを挟む
「全く情けない! そんなことじゃ、お店を任せられないね」

「すみません、おとっつぁん、金輪際、博奕は止めます。心を入れ替えて働きますから」

「いいえ、駄目ですよ。何を言っても無駄ですよ」

 孝之助を叱り付ける嘉右衛門に、小次郎はやれやれと首を振った。

「おいおい、そういう身内の話は、後にしてくれないかね。こっちも、孝之助に訊きたいことがあるんだよ」

「も、申し訳ありません」

 親子は、そろって頭を下げた。

「それで孝之助よ。これは、おめえのものかい?」

 孝之助は火打袋を手に取り、舐めるように見ていたが、首を傾げた。

「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。貰ってすぐに形に取られたので、あまり覚えてなくて……」

 孝之助の言葉を聞いて、嘉右衛門は、「情けない!」と呟いた。

「それじゃあ、おめえさんはどうだい?」

 嘉右衛門に訊くと、首を横に振った。

「同じような物を、ご贔屓先に配ったのでしょう。特徴がない物ですので、何ともいえません」

 自分は関わりになりたくないといった態度だ。

「そうかい。じゃあ、孝之助よ、おめえさん、これをいつ博奕の形に取られたんでぃ?」

 二月の終わりごろだと孝之助は言った。

「それで、どこの土場でぃ?」

 孝之助は、他の者に迷惑がかかると思っているのか、言い渋っている。

「おう、土場を教えれば、博奕の件は内密にしてやるよ。だが、言わねえようなら……」

 博奕は御禁制である。

 以前の取締りは非常に緩かったが、火付改が創設されてからは、火付け同様、博奕の取り締まりも厳しくなっている。

「言います! 言います!」、孝之助は慌てたように口を開いた、「吉祥寺さんの近くのお武家さんのお屋敷です」

「お前さん、あんなところで遊んでいたのかい?」

「この近くだと、すぐにおとっつあんに知れると思ったから」

 嘉右衛門は、口癖のように「情けない!」と呟いた。

 侍の名は分かるかと問うた。

「確か、真崎様とかいうお旗本と聞いております」

 小次郎が期待している名ではなかった。

(生田じゃあなかったか……、だが、ここでも旗本だ)

 旗本の屋敷は広い。

 高禄取りの旗本になると、拝領屋敷とは別に、抱屋敷というのがある。

 郊外に土地を買って、そこを他の武士や町人・農民に貸し、金を得るらしい。

 主人の目が行き届かず、使用人や中間が胴元となり土場を開くことも多い。

 中には、主人公認の土場もあるぐらいだ。

 上前で、優雅に暮らしているらしい。

(今日日の侍は、金、金、金だな)

 小次郎は、眉間に深い皺を作った。

 旗本の屋敷となると、筋違いだ。

 悔しいが、町役人にはどうにも手が出せない。

「土場を仕切っているの誰でぃ?」

「吉十郎です。そいつに、火打袋を形に取られたんです」

 それ以上のことは分からないと答えたので、小次郎は腰を上げた。

 店を出る前に、余計なことだがと付加えた。

「玉井屋、子は親の鏡だぜ。息子が三度の飯より博奕が好きなのは、おめえさんが煙草を好きなのと同じさ。息子をとやかく言う前に、自分の面倒をきちんと見ることだな」

 嘉右衛門は首を傾げる。

「ほら、煙管を放り出していたら、紙の束に火が燃え移るぜ」

 嘉右衛門は、慌てて立ち上がった。

 帰り際、息子の孝之助が、「ご迷惑をおかけしました。何とぞ、このことは内密に……」と、小次郎の袖にそっと手を入れた。

「あの親父の下じゃ、お前もいろいろ苦労するだろう。憂さ晴らしで遊ぶはいいさ。だが、あくまで遊びに留めとけよ。博奕は、遊びでやるからおもしれえんだ。遊びでなくなると、一生を棒に振るぜ。そうなると、泣くことになるのは、おめえさんのほうだからな」

「ごもっともで。肝に銘じます」

 孝之助は、神妙に頭を下げた。

 これで、数日は大人しく仕事に精を出すだろう。

 だが、またそぞろ博奕の虫が動き出す。

(煙草と同じさ。ああいうもんは癖になる。似たもの同士だよ、あの親子は)

 小次郎の脳裏に、お竹の顔が浮かぶ。

(俺とあいつは……、似たところがひとつもなかったな)

 何気に神田の方に目をやった。

「旦那、これからどうしますか?」

 栄助の声で、我に返った。

 小次郎は、栄助に玉井屋の〝袖の下〟を渡しながら、真崎の屋敷と土場を取り仕切る吉十郎という男について調べるように指示を出した。

「へい。吉祥寺の近くとなりますと、権蔵親分の縄張りですね」

 権蔵は、吉祥寺の門前で土場を開いている。

 彼は、北町の定廻りから手札を受けていた。

「権蔵親分なら、仕事が早いですから」

 栄助は、言うが早いか駆けて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首切り女とぼんくら男

hiro75
歴史・時代
 ―― 江戸時代  由比は、岩沼領の剣術指南役である佐伯家の一人娘、容姿端麗でありながら、剣術の腕も男を圧倒する程。  そんな彼女に、他の道場で腕前一と称させる男との縁談話が持ち上がったのだが、彼女が選んだのは、「ぼんくら男」と噂される槇田仁左衛門だった………………  領内の派閥争いに巻き込まれる女と男の、儚くも、美しい恋模様………………

幽霊、笑った

hiro75
歴史・時代
世は、天保の改革の真っ盛りで、巷は不景気の話が絶えないが、料理茶屋「鶴久屋」は、お上のおみねを筆頭に、今日も笑顔が絶えない。 そんな店に足しげく通う若侍、仕事もなく、生きがいもなく、ただお酒を飲む日々……、そんな彼が不思議な話をしだして……………… 小さな料理茶屋で起こった、ちょっと不思議な、悲しくも、温かい人情物語………………

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

なよたけの……

水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の番外編?みたいな話です。 子ども達がただひたすらにわちゃわちゃしているだけ。

証なるもの

笹目いく子
歴史・時代
 あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。  片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。  絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)  

藤散華

水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。 時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。 やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。 非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

出雲屋の客

笹目いく子
歴史・時代
短篇です。江戸堀留町の口入屋『出雲屋』は、乳母奉公と養子縁組ばかりを扱う風変わりな口入屋だった。子を失い、横暴な夫に命じられるまま乳母奉公の口を求めて店を訪れた佐和は、女店主の染から呉服商泉屋を紹介される。 店主の市衛門は妻を失い、乳飲み子の香奈を抱えて途方に暮れていた。泉屋で奉公をはじめた佐和は、市衛門を密かに慕うようになっていたが、粗暴な夫の太介は香奈の拐かしを企んでいた。 夫と離縁し、行き場をなくした佐和を、染は出雲屋に雇う。養子縁組の仕事を手伝いながら、佐和は自分の生きる道を少しずつ見つけて行くのだった。

処理中です...