カレーなる日々

隠井迅

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第042匙 麺って実は日本のなんジャね?:大勝軒 BRANCHING(D12)

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 インド・カレーについて調べた際に、〈ナン〉についても知る機会があった。

 我々日本人が、インド特有のパンと思い込んでいるナンは、その名の由来はペルシア語で、実は現在のイランが起源で、その後、ペルシア起源のナンは、西はメソポタミアやエジプト、東はインドに伝播していったらしい。
 だから、ナンは、西アジア、中央アジア、南アジア、東南アジア、そしてアジア以外では、カリブ海において食されており、実は、インドだけの食べ物ではないのである。

 東アジア以外のアジア全域において広く食されているナン、その中でも、インドのナンの特徴は、小麦と塩と水で作った生地を、小麦などに含まれる野生酵母菌で自然発酵させた後、へらで延ばして平らにし、その後、〈タンドゥール〉と呼ばれる窯の内側の壁に、生地を貼り付けて焼くのだそうだ。
 場合によって、インドのナンには、小麦の生地に、ヨーグルト、牛乳、卵、砂糖、スパイス、食用に用いられるバターオイルであるギーを加えることもあるそうだ。ちなみに、厳格なベジタリアンは、生地に鶏卵を入れたりはしない、という。

 とまれ、我々日本人の目から見ると、欧米のパンとは異なる、大きく平らなパンは実に物珍しく、また、その存在をインド・カレー店において初めて知る場合が多いので、ついつい、ナンをインドのパンの代表と思ってしまうのだが、実は、これは全くもって思い込みなのである。

 繰り返しになるが、ナンとは、発酵させた生地を、〈タンドゥール〉という窯で焼いて作る。
 だがしかし、インド人の普通の家庭にタンドゥールはなく、さらに、精製度の高い白い小麦粉で作るナンは、実は、インドでは贅沢品で、普通のインド人が日常的に食べられるような品ではないそうだ。
 つまるところ、ナンを提供するのは、本場インドでは北インドの高級料理店で、そしてさらに、米食中心の南インドではナンは食さない、という。

 ちなみに、インドで日常的に食されているパンは、全粒粉(ぜんりゅうふん)を鉄板で焼いて作る〈チャパティ〉であるらしい。
 これを読んで、ふと書き手が思ったのは、そのインド人にとっての日常食であるチャパティって、日本で言ったら、小麦粉を溶いて鉄板で焼く、たこ焼きやお好み焼きみたいだな、という事であった。

 とまれかくまれ、インドのナンについて調べれば調べるほど、十月最初の月曜日の昼に、南インド・レストランでナンを食べた体験は、実は、本場のインドでは絶対にあり得ない、日本のインド料理店ならではの超例外的な事態だったように思えるのであった。

                   *

 この日、月曜日の夜、書き手は、昼に食した、北インドのナンと南インドのカレーのコラボとは打って変わって、純日本風のカレーを食べる事にして、九段下にやって来たのであった。
 向かった先は、九段下・お茶の水界隈に位置し、〈専大通り〉に面している〈大勝軒 BRANCHING〉である。

 『お茶の水、大勝軒』のホームページによると、「大勝軒 BRANCHING」のルーツは、戦後すぐの時代にまで遡ることができるらしい。

 この大勝軒、二〇一九年の神田カレーグランプリにおいて、「ドライキーマカレー」を出品し、この品で、マイスター賞と準グランプリを受賞している。
 だから、今年のスタンプラリー参加者の書き手は、そのドライキーマカレーを注文するのが筋であるようにも思える。

 大勝軒のカレー系のメニューとしては、ドライキーマカレーをはじめとし、「カツカレーライス」、「カレーライス」、「揚げシュウマイカレー」、「スペシャルカレーライス」、「カレー中華」などが店のメニューに掲載されており、どれもこれも実に魅力的だったのだが、しかし、大勝軒の代名詞は、やはり「もりそば」であり、この店に来て、もりそばを注文しないのは、片手打ちのような気がしてならない。
 そこで、カレー+もりそばのコラボ、すなわち、カレーつけ麺たる「もりカレー」を書き手は注文する事にしたのであった。
 店のホームページによると、この「もりカレー」は、そもそもは店の裏メニューだったのだが、今では、通常メニューとして提供されている、との事であった。

 注文後ほどなくして提供されてきたのは二つの椀で、片方がカレー、もう一方には、白く真っ白な麺が入っており、この麺をカレーに浸けながら食べる事になる。
 つけ麺なので、当然なのだが。

 さて、その白い麺は軟らかく、また、喉を通ってゆく感触が心地よく、つるつるっと、あっという間に完食してしまった。しかし、やや、カレーの方が残ってしまった。だから、これは、店を後にした時に思い付いたのだが、ごはんを注文し、最後におじやっぽくして食べたら、もっと美味しく、カレー汁を食べ切る事ができたように思え、その点が非常に悔やまれた。

 帰宅後、大勝軒のホームページで、店のもりそばの特徴を参照してみたところ、その自家製麺について、こう書かれていた。

 大勝軒の自家製麺は「多加水麺」で、その特徴は「もちもちとした食感」と「小麦粉本来の香りと味」で、これは、二種類の小麦粉を大勝軒独自の比率でブレンドしているのだそうだ。
 独自ブレンドって、香辛料みたいだな、と書き手は思った。
 そして、〈つなぎ〉には生卵を使い、さらに、その日の温度や湿度に応じて、塩や水の比率を変えたり、混ぜる時間さえも調整し、毎日、その日提供する分だけを、半手打ちの製麺機で作っているらしい。

 この説明文を読んで、書き手は驚嘆した。
 小麦の独自ブレンドまでは想定内であったのだが、その日の状況に応じて、様々な変化をさせるのって、どれほどの経験を積めば達する事ができる境地なのであろうか?

 はっ!

 書き手が、ここで発想したのは、小麦に水と塩を混ぜた生地を伸ばし、卵を入れるのって、発酵の有無という点は異なるものの、これって〈ナン〉の作成法と酷似してはいまいかっ!

 そりゃ、材料や製法が似ているのならば、ナンもメンも、カレーに合わないはずはないな、そう思った書き手であった。

                   *

 大勝軒について書いていると、猛烈にカレーつけ麺が食べたくなってしまい、書き手は九段下に向かった。
 閉店間際に店に滑り込んだ書き手は、以前の来店と同様に、もりカレーを注文したのだが、今回は、前回の後悔を踏まえて、ライスを注文する事も忘れなかった。
 空腹も手伝って、ちょっと冷たい、もちっとした麺を、カレーに浸けながらツルツルっとあっという間にかっ込んでしまうと、やはりというか、カレー汁が相当残った。
 前回は、残ったカレーを汁の如く飲み干すしかなかったのだが、今回は注文した白米を入れておじやにした。
 カレーの器の方に残っているのはカレーだけではなく、具も沢山残っている。つけ麺では、具まで麺に絡めるのは困難なのだ。
 しかし、おじやにすると、カレーや器に残っている具も含めて、ご飯と一緒に口に運ぶ事ができ、これが絶品だったのだ。
 特に、最後までカレーの器に残していたチャーシューは、カレーが染み込んで美味であった。
 うどんとごはんとで食すカレーは最強だったのだが、小麦と米のせいで、書き手のお腹が膨れたのは言うまでもない。
 
〈訪問データ〉
 お茶の水、大勝軒 BRANCHING:九段下・お茶の水
 D12
 十月三日・月・二十一時
 もりカレー:一一〇〇円(現金)*QRも可
〈再訪〉
 十二月十五日・木曜日・二十一時
 もりカレー(一一〇〇)+ライス(二〇〇):一三〇〇円(QR)
  
〈参考資料〉
 「大勝軒 BRANCHING」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、五十六ページ。 
〈WEB〉
 「大勝軒の歴史」、「味へのこだわり」、『お茶の水、大勝軒』、二〇二二年十二月十五日閲覧。
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