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第2章 クラウスと国家動乱

42 帰還と新事実

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 クラウスは目の前の光景に、早くもうんざりとした気分となっていた。横に立つアーレントに目を向けると、無我の境地のような顔をしている。
 クラウスの視線に気付いたアーレントが口を開いた。

「想定以上に多いですね・・・」
「そうだな・・・」

 応えながら顔を前へ戻す。前方ではクリューガーが脱走兵達に所属と脱走理由を書かせている。

「まだ午前中だが・・・今日だけで何人居たのか・・・」
「この村の人数も合わせれば、500人は超えているかと」
「・・・今日だけで千人隊が一つ出来そうだな」

 戦線に近付くにつれて、村の数が増え、一つの村に住む脱走兵の人数も膨れ上がっていった。こちらが聞き取りして書いていては間に合わない。記入用紙を何枚も渡し、同時進行で数人に書かせている。

「かなり多めに持ってきましたが、記入用紙が足りるかどうか・・・」
「・・・足りなければ、ブリフィタに運ばせるしかないな」

 ため息をついていると、クリューガーが「将軍!」とこちらに向かってきた。

「代表者を見つけましたが、どうされますか?」
「この近辺の代表者は2つ前の村のヤツでいい。その説明だけしておいてくれ」
「はっ!かしこまりました!」

 元気よく返事をして戻っていくクリューガーに、クラウスはつい「あいつは元気だな」と呟いた。

 クリューガーは軍略や各所調整を担当している為、取りまとめも説得も上手い。現に納得いかないと抗議してきた脱走兵も説得させられ、今は大人しく用紙に記入している。連れてきて本当に良かったと、クラウスも無我の境地のような顔になって眺める。

「同感です」

 隣に立つアーレントにも聞こえたようで、小さく返してきた。



* * *



 2日目は戦線手前まで、3日目は戦線手前から南東に向かい、4日目で点在する村の情報がなくなった。情報は充分すぎるほどに集まっていたので、クラウス達は切り上げることにした。

 3人での帰り道。前を走る2人を眺めながら、クラウスはこの4日間を思い返す。

 兵士の脱走状況は思っていたよりも深刻だった。4日目に向かった先で千人隊長まで脱走していた事が分かった。彼は上と意見が合わず、部下達を無駄死にさせないためにも、希望者を募って抜けてきたと言っていた。所属と脱走理由、更には名前をフルネームで書いてくれた。詳細を聞いたら酷いものだった。
 他にも理不尽な命令で抜けてきた元百人隊長もいた。最初に会った元五百人隊長のバルツァーも、あまりの理不尽さにやっていけないと抜けて、近隣に部下達を分散させて村を作っていたらしい。

 千人隊長や五百人隊長が抜けるというのは、軍が崩壊しかかっていると言える惨状だ。同じ将軍として、何故そんな状態になっていても、何も変わらず振る舞い続けるのか理解できない。いや、なんとなく分かるが下らなくて理解したくない。しかしその反面。これだけ戦争を嫌って脱走している兵士が多いのは、その分国内への説得材料として充分な効果を発揮するだろう。

(これで終戦になれば、アリシアに会える可能性が高くなる)

 上手く行けば1年以内に迎えに行けるかもしれない。

 この旅程で過ごした三夜全て、アリシアに手紙を出した。手紙は居場所をある程度把握してからと決めていたので、諦めないと決意した日から手紙を送り続けている。内容はただアリシアへの気持ちを綴った。迎えに行けるその時まで、なんとか気持ちを留めておきたい。それに対するアリシアからの返信はないが、ハンナの胸元の封蝋はなくなっている。毎日受け取っているのだ。

(欲を言えば返事が欲しいが、今は受け取ってくれるだけでいい)

 アリシアは気持ちを忘れる為に去って行ったのだ。返信のしようがなくて困っているのかもしれない。もしかしたらまた泣かせてしまっているかもしれない。それが分かっていて手紙を出すなんて酷い男だと誰かに言われても、こればっかりは譲れない。クラウスは身元を明かした状態のアリシアと会って、堂々と恋人として、そしてその先も考えたい。目先の事を気にして、先を見失う訳にはいかない。

 アリシアへ手紙を送りながら、毎夜ブリフィタで彼女が居る方角も調べた。今回の調査は西から東へ移動した。毎日調べれば地図上の線の開始地点は横にバラけるので、都合も良かった。
 そして王都からの北東の線。最初の夜の東北東の線。二夜目、三夜目と線を引いた結果、全てレブチア大陸で交わった。

(アリシアは本当にレブチア大陸にいるようだな)

 レブチア大陸ということは、エルフの里にいるのだろう。

(アリシアがエルフか・・・)

 精霊神の民、半神半人のエルフ。アリシアがそんな存在だと思うと、魔人であるクラウスにはとても遠い存在のように思えてしまう。

(・・・ん?)

 クラウスはふと思い出す。アリシアと最後に合った日。『私も戦争で父を失いました』と言っていた。しかしエルフは戦場に出れないとギルベルトから聞いている。なんでも半分神であるがゆえに、人を殺すと精神を病むとか。

(なら、父親は人間か獣人と言うことになるが、アリシアは獣人の特徴なんて無かった。ということは人間か?)

 いや、獣人の特徴は精霊神に隠されていた可能性もある。そもそも半神半人のエルフを相手に、人間もしくは獣人が子供をもうけられるものなのだろうか。
 
(・・・それに、アリシアは魔術を扱ってたな)

 だからこそ、魔人だと疑っていなかった。

 人間は体の構造上、魔力を体外へ放出することが出来ない。獣人に至っては魔力は皆無。エルフは魔力が極端に少なく魔術は扱えない。それらも魔神エルトナに聞いたと、前にギルベルトが話していた。
 しかしアリシアはクラウスが教えた手紙の隠蔽術を使っていたし、その時魔力を操っていたのはクラウスも確認した。何よりブリフィタを使役するには魔力が必要だ。 
 クラウスから視ても、アリシアは一般的な魔人と同程度の魔力保持者だった。

(・・・どういう事だ?)

 考えれば考える程、クラウスはアリシアの正体が分からなくなっていった。



* * *



 クラウスは出発から五日目の朝に王都に着いた。
 同行していたクリューガーとアーレントには、数日の休暇を与えて直帰させた。クラウスはすぐに第1軍陣営本舎の執務室へ行き、不在の間の報告をデーべライナーから聞く。いくつか指示や相談をした後、軍の調査室へ向かった。

「調査長官、これの取りまとめと分析を頼む。徹夜する必要はないが、なるべく早く仕上げてくれ。魔王ギルベルト様から急ぐように言われた案件だ」
「はっ!かしこまりました!」

 ずっしりと重さを主張する紙束を渡し、内容と分析の方向性を伝えておく。調査長官は「最優先で対応します」と言ってすぐに調査官達へ指示を飛ばした。

 クラウスは軍陣営を出るとヴァネサに乗って屋敷に戻り、風呂に入って汚れを落とす。そのまま屋敷で昼食を取ってから、今度は馬車に乗って王宮へと向かった。いつも通り応接室でパーラーの紅茶を飲んでから、ギルベルトの執務室へと向かう。

「帰ってきたか」
「ああ、今朝な」
「抵抗はあったか?」
「数人やり合ったが、全て打ち負かしてきた」

 今回の調査は斥候のアーレント、調整のクリューガー、そして武力と権力のクラウス、という担当だった。将軍という地位によって従わせ、歯向かってきた脱走兵にはクラウスが対応する。もちろん殺してはいない。2回、先手必勝とばかりに数人で襲い掛かかられたが、どれもすぐに勝負はついた。単騎で突っ込んできた脱走兵に関しては言うまでもない。

 はー、と大きなため息をついて、クラウスはソファにドカリと座った。

「随分と疲れたようだな」
「ちょっとな・・・」

 数ヶ月戦場にいても疲れた顔を見せないクラウスに、ギルベルトは眉を寄せた。

「知ってたのか」
「何を」

 クラウスの端的な言葉に、ギルベルトはますます眉を寄せている。それに構わずクラウスはジロリと睨む。

「アリシアの身元だ」
「アリシア?」
「・・・ああ、アメリア=レッツェルだ」

 そういえば本名を話していなかったな、とクラウスは睨むのをやめて、ソファの肘掛けに頬杖をついた。

「あの娘か」

 ギルベルトは椅子の背凭れに寄り掛かり、腕を組んだ。

「エルトナから聞いた。だがそれを言葉で伝えて、お前は信じたか?」
「・・・・・・いや、本当か調べに行く」
「なら変わらんだろう」
「・・・」

 もう一度ため息をついて、クラウスは口を開く。

「魔神エルトナはアリシアの正体を知った上で、放置で構わないし、俺に頑張れと言ってきたのか」

 ギルベルトは組んでいた腕を緩め、片手で空に四角を描く。最後にその手を振ると、防音結界が張られた。相変わらずギルベルトは難なく無詠唱で魔術を扱っている。

「そうだ。エルトナは既に終戦へと気持ちが向いている。だからお前に頑張れと伝えてきた」
「なんでアリシアを王宮から追い出さなかったんだ」
「魂が美しかったから、と言っていた」
「魂が美しい・・・?」

 とらえどころの無い話になり、クラウスは頬杖を解いて眉を潜めた。

「母親がエルフだからか心が純粋だ。それは魂にも影響を与える。あれ程魂が美しい者も珍しいらしい。だからエルトナはあの娘を王宮から追い出さず、時折その美しさを愛でてたそうだ」
「・・・たとえ魔神エルトナだとしても、アリシアはやらんぞ」
「阿呆か」

 呆れた顔を向けられるが、ここは譲れない。クラウスは威嚇するように半目で見やる。

「あの娘が、最後の一押しだった」
「なんの」
「エルトナが終戦を決める、な」
「・・・」

 クラウスは半目をやめてギルベルトの顔を見つめる。しかしその顔に嘘は見当たらない。

「あの娘が王宮使用人の採用面談で登城した時、エルトナはすぐに気付いた。あの娘は精霊神とゆかりがあるとな。その後もおかしなことをしないか見ていたが、それよりも魂の美しさが目についた。うちの情報を精霊神に渡していたらしいが、戦線に影響をあたえるものは皆無。細やかなものばかりだった。国や魔人への害意もない。あの娘はまだ18か19だろう。まだ若い身で危険を省みず敵国に潜入しておきながら、望むものは終戦と平和だった。俺の暗殺阻止に協力したのも、その証拠と言えるだろう」
「・・・それで、魔神エルトナの心が動いたのか」
「結構気に入ってたらしい。なのにお前があの娘を逃がしたから、ガッカリしていたぞ」
「・・・」

 クラウスはウッと言葉に詰まる。そんな事を言われても不可抗力だ。クラウスだって逃がしたくて逃がしたわけではない。
 クラウスは再度、ため息をついた。

「なら、今回の調査は魔神エルトナ向けではなく、国内向けか」
「戦争賛成派も多いからな。奴らを納得させる材料、もしくは抑え込むものが必要だ。他にも材料はあるが、今の戦場の状態を広めるのが手っ取り早い」
「あのジジィ共、自軍をまとめきれてないくせに、戦争賛成派だしな」
「あいつらが一番の対象だ。で、報告書はいつ頃上げられる?」

 クラウスは持ち帰った用紙の量と調査室の処理速度を元に頭の中で計算する。ギルベルトの名前を出しておいたし、最優先で対応をすると言っていた。調査室全体で対応するだろう。

「そうだな・・・脱走兵の数が多かったから少しかかると思うが・・・遅くても3日後には終わるかな。終わり次第持ってくる」
「分かった。クソジジィ共には帰還命令を出しておく」

 ギルベルトはニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
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