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第2章 クラウスと国家動乱
41 エルフの里の小さな騒動(アリシアside)
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アリシアは神聖ルアンキリの家族に連絡し、相談の結果、やはりしばらくはエルフの里に留まることになった。
アリシアがエルフの里に戻ってから2日後。今日も祖父イツキと祖母ミヤビと夕食を取り、食後はこの1年の互いの話をしていた時だった。
「ん?・・・外が騒がしいな。何かあったか?」
イツキの言葉に、アリシアとミヤビも耳を澄ます。確かに数人でワーワー言っているのが聞こえてくる。
「何かしら」
「俺が見てくる」
不安げなミヤビに、イツキは立ち上がって玄関へと急いだ。なんとなくアリシアも気になり、ついて行くことにした。
(エルフの里で、珍しい)
喧騒なんて無縁な場所で、一体どうしたのだろうか。
イツキが玄関を出た後、アリシアは閉まる前にドアを押さえ、そっと外を覗った。
「おいおい、警備じゃないか。どうした?」
「小さいが、魔獣の侵入があってな。無害そうだから、捕まえて追い出そうとしてるんだが、中々捕まえられなくて。騒がせて悪い」
「魔獣?珍しいな」
聞こえてきた話に、アリシアは辺りを見渡す。数人の警備の格好をしたエルフが、上を見上げて風の精霊術を放っては「そっちに行った!」などと言っている。
アリシアも上を見上げると、確かに何か飛んでいる。
「ん?・・・あっ!待って下さい!!」
アリシアは慌てて外に出ると、声を張り上げた。
「この子は無害です!私のところに手紙を届けに来たブリフィタという魔獣です!捕縛は待って下さい!」
アリシアの声に、近辺にいた警備達は驚いた顔でアリシアを見る。そしてすぐに納得顔で頷いた。
「ああ、なるほど。アリシアが魔国に行ってる間の知り合いからの手紙か」
一人がそう言うと、他のエルフも納得している。
アリシアが魔力を乗せて「ハンナ」と呼ぶと、気付いたハンナがアリシアの肩に留まった。肩の上で顔によってきて頬にぴったりとくっつく。頬から震えているのが伝わってきた。
「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫」
体の色素は薄くなったが、魔力でアリシアだと分かったようだ。アリシアが優しく背中を撫でてやると「クゥゥ」と緊張気味の、しかし甘える声を出した。本当に怖かったのだろう。
「もし今後も手紙のやりとりをするなら、長に登録してもらってくれ」
「はい。お騒がせしました。私もまさかここまで来るとは思ってなかったので・・・。すみませんでした。長の所にはすぐ行きます」
「謝らなくていい。気にすんな」
「おっきい鳩さん、怖がらせて悪かったな」
「じゃあな」
警備達は口々に言うと、「じゃ、解散だー」と呑気な声を上げ、去っていった。
「ごめん、イッキ君。いつまた来るか分からないから、今行ってきてもいい?」
「ああ、いいぞ。俺もついてく。ミヤビ!行ってくるな!」
「行ってらっしゃい」
アリシアが振り返ると、玄関前にミヤビが立っていた。話は聞こえていたようで、ニコニコと手を振っている。
アリシアも手を振り返すと、イツキと共に歩き出した。
「しかし、魔国にはこんな可愛い魔獣がいるんだな」
「魔獣の本をあっちで買って、持って帰ってるの。読む?」
「へぇー!面白そうだな!」
イツキがハンナを見るたびに、ハンナはビクリと動く。怖い目に会ったばかりだから、知らない相手を警戒しているのだろう。しかしそれに気付いたイツキが「怖くないよー」と猫なで声を出すので、アリシアは笑ってしまう。エルフは皆動物が好きなのだ。
「ご在宅かな」
「んー。今日の夕方戻るって言ってたんだろ?いるんじゃないか?」
話しながらアリシアは長コウキの家のチャイムを鳴らす。暫し待つと、ドアが開いてコウキの子息ユウヤが顔を出した。子息と言っても100歳超えている。言うまでもなく、金髪碧眼、容姿端麗、見た目は20代だ。
「お!アリシアか。久しぶりだな。話はハヤトから聞いてたが、無事で何よりだ。こんな時間にどうした?珍しい」
アリシアが里に帰った翌日に精霊神と話した後。コウキにも挨拶しようと隣の家にも寄ったら、コウキの奥様が出てきた。今は神聖ルアンキリに出向いていて、今日の夕方に帰って来ると教えてもらった。なので本当なら明日挨拶に伺う予定だったのだ。ユウヤとも一年ぶりだ。
「ユウヤ様、お久しぶりです。遅い時間に申し訳ございません。里の結界にこの子を登録していただきたくて」
言いながら肩に留まっているハンナを視線で示す。視線が集まり、再びハンナはビクリとした。アリシアは宥めようと、再び背中を撫でる。
「・・・あー!なるほど。さっきの警報はコイツか。胸に封蝋がついてんな。報告にあったブリフィタか?」
「はい。お騒がせしてしまいました。またいつ来るかこちらでは予測できませんので、今登録をお願いしたいのです」
「確かにな。いいぜ。中で待っててくれ。親父ー!!客!!アリシア達が来た!!」
アリシア達を家の中に入れると、雑な伝え方でコウキを呼ぶ。しかし返答がないので、ユウヤはアリシア達に居間のソファを勧めてから奥へ行った。
「おい!!親父!!客だって言ってんだろが!!」
部屋を出た後も声が聞こえる。何度か繰り返す声が届いた後、返答が聞こえた。
「うるせぇぇぇ!!聞こえてんだよ!!何度も分かったっつってんだろーが!!お前の長い耳は見せかけか!!」
「はあ!?ふざけんな!!聞こえてんならさっさと出てこい!!」
遠くから聞こえてくる声に、アリシアは苦笑する。
「長親子も、相変わらずね」
「ああ」
イツキも小さく笑っている。この祖父は笑い上戸なので、アリシアの苦笑とは違い、おかしくて笑っているのだろう。
イツキの笑いがおさまった頃、応接室のドアが開いた。
「おう。アリシア、久しぶりだな。無事に帰還できて安心したぞ」
コウキが言いながら部屋に入ってきた。彼も金髪碧眼、容姿端麗、見た目は20代だ。年齢は確か200を超えていたはず。
「長!お久しぶりです。長もお変わり無いようで」
アリシアは咄嗟に立ち上がってお辞儀をしようとして止まる。肩にハンナがいたことを思い出したのだ。頭だけペコっと下げてソファに座った。
一方イツキは隣に座ったまま手をヒラヒラさせて「お邪魔してます」と言った。エルフは基本気楽だ。
「おい!!お前客に茶も出してねぇじゃねえか!!何してんだよ!!」
コウキがテーブルを見て、後から入ってきたユウヤに怒鳴った。
「隣にいんだから怒鳴らなくても聞こえてんだよ!!うっせぇな!!親父が返事しねぇから後にしてたんだよ!!ちったぁ考えろ!!」
「ああ!?茶を出してから呼びに来い!!それが礼儀だろが!!」
目の前で再び言い合いが始まり、イツキが爆笑している。
外ではきちんとしているが、里での彼らはこれが通常運転。決して喧嘩をしているわけではない。たまにどちらかが怒鳴りながら笑い出す程度の、単なる言い合いだ。しかし話が進まないので、アリシアが言い合いの合間に声を挟んだ。
「長、お忙しいところお邪魔してすみません。この子の結界登録をお願いにまいりました」
アリシアの声で、怒鳴り合いはピタリとおさまった。
「・・・なるほど。ブリフィタか?」
「はい。先程結界に引っかかって、騒ぎになってしまいました」
コウキが向かいのソファに座り、ユウヤは部屋に備えてある茶器でお茶の用意を始めた。
アリシアは騒ぎとハンナが来た理由を説明していく。
エルフの里には結界が張ってある。入口以外の場所から無許可で入ると警報が鳴るのだ。通常の動物なら作動しないが、ハンナは魔獣。動物よりも多い魔力に反応したのだろう。
結界には例外を登録しておけば作動しなくなる。その結界はコウキが管理しているのだ。
説明している間に、ユウヤがお茶を出してくれる。「コレも食ってけよ」と茶菓子も出してくれた。お茶を出し終えると、ユウヤもコウキの隣に座った。
「話は分かった。魔獣だが害はないし、構わねぇよ。今登録する」
コウキはそう言うと、呪文を唱えてハンナへ手を伸ばす。ちょんと触れて、それでお終いだ。
ハンナは一瞬ビクついたものの、大人しくコウキの手を触れさせた。まださっきの警戒もしている。でもコウキは優しいのが分かる。ただ、怒鳴り合いをしていたのでちょっと怖い、といったところか。
「ありがとうございます」
アリシアはハンナを撫でながら、礼を伝えた。
「んで?胸に封蝋が付いてるみたいだが」
「あ、はい。ハンナが来てすぐこちらに伺ったので、まだ手紙を受け取ってません」
「どうなってんのか実際に見てみたいな。今手紙を受け取れるか?」
「はい、大丈夫です」
アリシアはハンナの前に手を出して、「クラウス」と合言葉を唱えた。唱えた瞬間、コウキ達の前で何を言わされているのだろうかと恥ずかしさを覚える。改めてクラウスへ苦情を言いたい気分になった。
ハンナはいつも通り「クゥ」と鳴くと、胸元から手紙を浮き立たせてアリシアへと渡す。
その様子を見ていたコウキとユウヤは、「おお」と揃って声を上げた。隣で茶菓子を頬張っていたイツキは「むむー」と声を上げている。
「親父、報告で知ってはいたが、これは凄いぞ」
「ああ。こっちには音声通話の道具はあるが、紙のやり取りは緊急以外に出来ねぇ。物の転移はかなり精神力を持っていかれるからな。転移術なんてハヤトじゃねえと出来ねぇよ」
「お前、すげえな」
ユウヤがマジマジとハンナを見つめている。警戒心が薄れてきたのか、小さく「クゥ」と返事をしている。その様にアリシアは小さく笑った。
「魔国じゃ、ブリフィタは希少なものか?」
「いえ、一般人も手紙のやりとりで利用しています」
コウキの問いかけに答えると、コウキは唸りながらハンナを見つめた。
「うちでも番で欲しいな」
ハヤトはもう創造しないって言ってたからなー、と呟いて、後頭部に持って行った手でワシャワシャと髪をかき混ぜた。
* * *
家に帰り、アリシアは手紙を確認したいからと部屋に戻った。椅子に腰掛けると手紙を見つめ、はー、と大きくため息をついた。
(どうしよう。見たいような、見たくないような)
封筒の宛先にはアリシアとだけ書かれている。後ろには見慣れた文字で、やはりクラウス=ハルシュタインと記されていた。
(見たら気持ちが引きずられるだろうし、見ないまま引き出しにしまっていてもずっと気になるだろうし)
早くこの気持ちを忘れたい。なのに手紙なんて読んだらなかなか忘れられない。クラウスに恨みがましい気持ちを向けるが、アリシアは再び大きくため息をついた。
(どうせ今すぐ忘れられるわけ無いし、読まないままも気になるし。・・・開けよう)
ペーパーナイフを取り出して封を開け、アリシアは不安を感じながら手紙を開いた。
~~~~~
愛しいアリシア
こちらは秋の終わりに近づき、肌寒くなってきた。そちらはどんな気候だろうか。
アリシア、君が姿を消すことは予想していたが、会えないと思うと寂しい。前は一週間会わないこともザラだったが、まだ2日しか経っていない。次に会えるのがいつになるか分からない今、気が遠くなりそうだ。
君は忘れたいと思っているかもしれない。しかし俺は諦めない。君の心をやっと手に入れたんだ。どんなに時間がかかっても必ず迎えに行く。だから他の男を好きにならないでくれ。俺は今でも君が好きだ。
クラウス=ハルシュタイン
~~~~~
「・・・うっ」
読みながら涙が溢れてくる。
アリシアだって寂しい。会いたい。出来ることなら今すぐに。忘れたくない。諦めたくない。でも、それは出来ない。
ボロボロと流れる涙を、アリシアは長袖を着た腕で拭う。後はお風呂に入って寝るだけだ。腕が濡れようと構わない。
(でも・・・なんで、私がハルシュタイン将軍を好きだって、確信してるの・・・?)
知られたらきっと彼は諦めない。何故かそんな予感がしたから嘘をついてきたのに。
察しの良すぎる彼だ。アリシアの言動で気付いたのだろうか。あの日の事を改めて思い出して、アリシアは今頃になってハッとした。
(そうか・・・。私、ハルシュタイン将軍に名前を呼ばれて、泣いたんだった)
悲しくて辛くて、そちらにばかり気を取られていた。しまった、とアリシアは頭を抱えた。
(・・・でも、私を魔人だと思っている限り、ここには辿り着けない。いつか、きっと、忘れてくれる・・・)
そう思いながらも、アリシアは手紙の最後の『今でも君が好きだ』を泣きながら見つめた。
アリシアがエルフの里に戻ってから2日後。今日も祖父イツキと祖母ミヤビと夕食を取り、食後はこの1年の互いの話をしていた時だった。
「ん?・・・外が騒がしいな。何かあったか?」
イツキの言葉に、アリシアとミヤビも耳を澄ます。確かに数人でワーワー言っているのが聞こえてくる。
「何かしら」
「俺が見てくる」
不安げなミヤビに、イツキは立ち上がって玄関へと急いだ。なんとなくアリシアも気になり、ついて行くことにした。
(エルフの里で、珍しい)
喧騒なんて無縁な場所で、一体どうしたのだろうか。
イツキが玄関を出た後、アリシアは閉まる前にドアを押さえ、そっと外を覗った。
「おいおい、警備じゃないか。どうした?」
「小さいが、魔獣の侵入があってな。無害そうだから、捕まえて追い出そうとしてるんだが、中々捕まえられなくて。騒がせて悪い」
「魔獣?珍しいな」
聞こえてきた話に、アリシアは辺りを見渡す。数人の警備の格好をしたエルフが、上を見上げて風の精霊術を放っては「そっちに行った!」などと言っている。
アリシアも上を見上げると、確かに何か飛んでいる。
「ん?・・・あっ!待って下さい!!」
アリシアは慌てて外に出ると、声を張り上げた。
「この子は無害です!私のところに手紙を届けに来たブリフィタという魔獣です!捕縛は待って下さい!」
アリシアの声に、近辺にいた警備達は驚いた顔でアリシアを見る。そしてすぐに納得顔で頷いた。
「ああ、なるほど。アリシアが魔国に行ってる間の知り合いからの手紙か」
一人がそう言うと、他のエルフも納得している。
アリシアが魔力を乗せて「ハンナ」と呼ぶと、気付いたハンナがアリシアの肩に留まった。肩の上で顔によってきて頬にぴったりとくっつく。頬から震えているのが伝わってきた。
「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫」
体の色素は薄くなったが、魔力でアリシアだと分かったようだ。アリシアが優しく背中を撫でてやると「クゥゥ」と緊張気味の、しかし甘える声を出した。本当に怖かったのだろう。
「もし今後も手紙のやりとりをするなら、長に登録してもらってくれ」
「はい。お騒がせしました。私もまさかここまで来るとは思ってなかったので・・・。すみませんでした。長の所にはすぐ行きます」
「謝らなくていい。気にすんな」
「おっきい鳩さん、怖がらせて悪かったな」
「じゃあな」
警備達は口々に言うと、「じゃ、解散だー」と呑気な声を上げ、去っていった。
「ごめん、イッキ君。いつまた来るか分からないから、今行ってきてもいい?」
「ああ、いいぞ。俺もついてく。ミヤビ!行ってくるな!」
「行ってらっしゃい」
アリシアが振り返ると、玄関前にミヤビが立っていた。話は聞こえていたようで、ニコニコと手を振っている。
アリシアも手を振り返すと、イツキと共に歩き出した。
「しかし、魔国にはこんな可愛い魔獣がいるんだな」
「魔獣の本をあっちで買って、持って帰ってるの。読む?」
「へぇー!面白そうだな!」
イツキがハンナを見るたびに、ハンナはビクリと動く。怖い目に会ったばかりだから、知らない相手を警戒しているのだろう。しかしそれに気付いたイツキが「怖くないよー」と猫なで声を出すので、アリシアは笑ってしまう。エルフは皆動物が好きなのだ。
「ご在宅かな」
「んー。今日の夕方戻るって言ってたんだろ?いるんじゃないか?」
話しながらアリシアは長コウキの家のチャイムを鳴らす。暫し待つと、ドアが開いてコウキの子息ユウヤが顔を出した。子息と言っても100歳超えている。言うまでもなく、金髪碧眼、容姿端麗、見た目は20代だ。
「お!アリシアか。久しぶりだな。話はハヤトから聞いてたが、無事で何よりだ。こんな時間にどうした?珍しい」
アリシアが里に帰った翌日に精霊神と話した後。コウキにも挨拶しようと隣の家にも寄ったら、コウキの奥様が出てきた。今は神聖ルアンキリに出向いていて、今日の夕方に帰って来ると教えてもらった。なので本当なら明日挨拶に伺う予定だったのだ。ユウヤとも一年ぶりだ。
「ユウヤ様、お久しぶりです。遅い時間に申し訳ございません。里の結界にこの子を登録していただきたくて」
言いながら肩に留まっているハンナを視線で示す。視線が集まり、再びハンナはビクリとした。アリシアは宥めようと、再び背中を撫でる。
「・・・あー!なるほど。さっきの警報はコイツか。胸に封蝋がついてんな。報告にあったブリフィタか?」
「はい。お騒がせしてしまいました。またいつ来るかこちらでは予測できませんので、今登録をお願いしたいのです」
「確かにな。いいぜ。中で待っててくれ。親父ー!!客!!アリシア達が来た!!」
アリシア達を家の中に入れると、雑な伝え方でコウキを呼ぶ。しかし返答がないので、ユウヤはアリシア達に居間のソファを勧めてから奥へ行った。
「おい!!親父!!客だって言ってんだろが!!」
部屋を出た後も声が聞こえる。何度か繰り返す声が届いた後、返答が聞こえた。
「うるせぇぇぇ!!聞こえてんだよ!!何度も分かったっつってんだろーが!!お前の長い耳は見せかけか!!」
「はあ!?ふざけんな!!聞こえてんならさっさと出てこい!!」
遠くから聞こえてくる声に、アリシアは苦笑する。
「長親子も、相変わらずね」
「ああ」
イツキも小さく笑っている。この祖父は笑い上戸なので、アリシアの苦笑とは違い、おかしくて笑っているのだろう。
イツキの笑いがおさまった頃、応接室のドアが開いた。
「おう。アリシア、久しぶりだな。無事に帰還できて安心したぞ」
コウキが言いながら部屋に入ってきた。彼も金髪碧眼、容姿端麗、見た目は20代だ。年齢は確か200を超えていたはず。
「長!お久しぶりです。長もお変わり無いようで」
アリシアは咄嗟に立ち上がってお辞儀をしようとして止まる。肩にハンナがいたことを思い出したのだ。頭だけペコっと下げてソファに座った。
一方イツキは隣に座ったまま手をヒラヒラさせて「お邪魔してます」と言った。エルフは基本気楽だ。
「おい!!お前客に茶も出してねぇじゃねえか!!何してんだよ!!」
コウキがテーブルを見て、後から入ってきたユウヤに怒鳴った。
「隣にいんだから怒鳴らなくても聞こえてんだよ!!うっせぇな!!親父が返事しねぇから後にしてたんだよ!!ちったぁ考えろ!!」
「ああ!?茶を出してから呼びに来い!!それが礼儀だろが!!」
目の前で再び言い合いが始まり、イツキが爆笑している。
外ではきちんとしているが、里での彼らはこれが通常運転。決して喧嘩をしているわけではない。たまにどちらかが怒鳴りながら笑い出す程度の、単なる言い合いだ。しかし話が進まないので、アリシアが言い合いの合間に声を挟んだ。
「長、お忙しいところお邪魔してすみません。この子の結界登録をお願いにまいりました」
アリシアの声で、怒鳴り合いはピタリとおさまった。
「・・・なるほど。ブリフィタか?」
「はい。先程結界に引っかかって、騒ぎになってしまいました」
コウキが向かいのソファに座り、ユウヤは部屋に備えてある茶器でお茶の用意を始めた。
アリシアは騒ぎとハンナが来た理由を説明していく。
エルフの里には結界が張ってある。入口以外の場所から無許可で入ると警報が鳴るのだ。通常の動物なら作動しないが、ハンナは魔獣。動物よりも多い魔力に反応したのだろう。
結界には例外を登録しておけば作動しなくなる。その結界はコウキが管理しているのだ。
説明している間に、ユウヤがお茶を出してくれる。「コレも食ってけよ」と茶菓子も出してくれた。お茶を出し終えると、ユウヤもコウキの隣に座った。
「話は分かった。魔獣だが害はないし、構わねぇよ。今登録する」
コウキはそう言うと、呪文を唱えてハンナへ手を伸ばす。ちょんと触れて、それでお終いだ。
ハンナは一瞬ビクついたものの、大人しくコウキの手を触れさせた。まださっきの警戒もしている。でもコウキは優しいのが分かる。ただ、怒鳴り合いをしていたのでちょっと怖い、といったところか。
「ありがとうございます」
アリシアはハンナを撫でながら、礼を伝えた。
「んで?胸に封蝋が付いてるみたいだが」
「あ、はい。ハンナが来てすぐこちらに伺ったので、まだ手紙を受け取ってません」
「どうなってんのか実際に見てみたいな。今手紙を受け取れるか?」
「はい、大丈夫です」
アリシアはハンナの前に手を出して、「クラウス」と合言葉を唱えた。唱えた瞬間、コウキ達の前で何を言わされているのだろうかと恥ずかしさを覚える。改めてクラウスへ苦情を言いたい気分になった。
ハンナはいつも通り「クゥ」と鳴くと、胸元から手紙を浮き立たせてアリシアへと渡す。
その様子を見ていたコウキとユウヤは、「おお」と揃って声を上げた。隣で茶菓子を頬張っていたイツキは「むむー」と声を上げている。
「親父、報告で知ってはいたが、これは凄いぞ」
「ああ。こっちには音声通話の道具はあるが、紙のやり取りは緊急以外に出来ねぇ。物の転移はかなり精神力を持っていかれるからな。転移術なんてハヤトじゃねえと出来ねぇよ」
「お前、すげえな」
ユウヤがマジマジとハンナを見つめている。警戒心が薄れてきたのか、小さく「クゥ」と返事をしている。その様にアリシアは小さく笑った。
「魔国じゃ、ブリフィタは希少なものか?」
「いえ、一般人も手紙のやりとりで利用しています」
コウキの問いかけに答えると、コウキは唸りながらハンナを見つめた。
「うちでも番で欲しいな」
ハヤトはもう創造しないって言ってたからなー、と呟いて、後頭部に持って行った手でワシャワシャと髪をかき混ぜた。
* * *
家に帰り、アリシアは手紙を確認したいからと部屋に戻った。椅子に腰掛けると手紙を見つめ、はー、と大きくため息をついた。
(どうしよう。見たいような、見たくないような)
封筒の宛先にはアリシアとだけ書かれている。後ろには見慣れた文字で、やはりクラウス=ハルシュタインと記されていた。
(見たら気持ちが引きずられるだろうし、見ないまま引き出しにしまっていてもずっと気になるだろうし)
早くこの気持ちを忘れたい。なのに手紙なんて読んだらなかなか忘れられない。クラウスに恨みがましい気持ちを向けるが、アリシアは再び大きくため息をついた。
(どうせ今すぐ忘れられるわけ無いし、読まないままも気になるし。・・・開けよう)
ペーパーナイフを取り出して封を開け、アリシアは不安を感じながら手紙を開いた。
~~~~~
愛しいアリシア
こちらは秋の終わりに近づき、肌寒くなってきた。そちらはどんな気候だろうか。
アリシア、君が姿を消すことは予想していたが、会えないと思うと寂しい。前は一週間会わないこともザラだったが、まだ2日しか経っていない。次に会えるのがいつになるか分からない今、気が遠くなりそうだ。
君は忘れたいと思っているかもしれない。しかし俺は諦めない。君の心をやっと手に入れたんだ。どんなに時間がかかっても必ず迎えに行く。だから他の男を好きにならないでくれ。俺は今でも君が好きだ。
クラウス=ハルシュタイン
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「・・・うっ」
読みながら涙が溢れてくる。
アリシアだって寂しい。会いたい。出来ることなら今すぐに。忘れたくない。諦めたくない。でも、それは出来ない。
ボロボロと流れる涙を、アリシアは長袖を着た腕で拭う。後はお風呂に入って寝るだけだ。腕が濡れようと構わない。
(でも・・・なんで、私がハルシュタイン将軍を好きだって、確信してるの・・・?)
知られたらきっと彼は諦めない。何故かそんな予感がしたから嘘をついてきたのに。
察しの良すぎる彼だ。アリシアの言動で気付いたのだろうか。あの日の事を改めて思い出して、アリシアは今頃になってハッとした。
(そうか・・・。私、ハルシュタイン将軍に名前を呼ばれて、泣いたんだった)
悲しくて辛くて、そちらにばかり気を取られていた。しまった、とアリシアは頭を抱えた。
(・・・でも、私を魔人だと思っている限り、ここには辿り着けない。いつか、きっと、忘れてくれる・・・)
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