ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第2章 クラウスと国家動乱

43 御前会議と終戦

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 第1軍調査室はクラウスの予想より早く書類作成を終えた。2日目の午後に提出をしてきたので、その日のうちにギルベルトへ持って行った。

 そしてその2日後。
 ギルベルトから将軍5人と文官長3人が招集令を受けた。

 第5軍将軍、ヴュンシュマンが抜けた穴は副将のフェリクス=ヤンカーが、アードーラ―の後釜には副官のフランク=フェルカーが任命された。
 戦争に出ていた第2軍ベルンシュタイン、第4軍ラングハイムも帰還命令によって、自軍よりも一足先に王都へ戻ってきている。

 将軍5人と文官長3人が一堂に会する機会はあまりない。錚々そうそうたる顔ぶれが王宮の謁見室に並んだ。

 ギルベルトが謁見室に入り玉座に座ると、その前に立つ首脳8人へ視線を巡らせる。そしておもむろに口を開いた。

「お前達に重大発表がある。魔神エルトナ様が終戦を決意なされた。これより魔国ティナドランは人類連合と和平協定を結ぶ」

 その言葉に、クラウス以外の全員が驚いた。
 文官長達は分かりやすい反応を示した。小さく「え!?」と声を上げたのはフェルカー。トラウトナーも口に手を当てている。ヴァームブルクも珍しく目を見開いていた。
 将軍5人は静かに驚いている。しかしベルンシュタインとラングハイムは口をあんぐり開けていた。アレクシスはギルベルトに目をやった後、クラウスを見て察したのだろう。納得するように、小さく頷いている。ヤンカーは一瞬驚いた顔を見せたが、その後この場の全員の反応を観察しているようだ。

「な・・・なんだと・・・!?魔神様に一体何を吹き込んだ!?」
「突然終戦など・・・!!どういうことだ!!」

 クラウスが予想していた通り、ベルンシュタインとラングハイムはギルベルトに向けて怒鳴り始めた。

「どうもこうもない。元よりエルトナ様は迷われていた。近年戦線は動かず終わりが見えなくなった。士気も下がり続けている。そこで先日、ハルシュタイン将軍が脱走兵の調査を行った。その結果を踏まえての事だ」

 その言葉に、将軍二人はクラウスへと顔を向ける。

「ハルシュタイン貴様!!嘘を書き連ねたな!!魔神背信罪で裁いてくれようか!!」

 ラングハイムがクラウスを指さして怒鳴り散らかす。
 どうしてこのジジィ共は予想通りの反応しかしないのだろう、とクラウスは内心呆れた。チラリとギルベルトを見ると、僅かに頷いた。これは『やり込めろ』という意味だろう。
 クラウスは二人へ顔を向けた。

「嘘、とはまた心外ですね。魔神背信罪は適用されませんよ。私は脱走兵の調査をしただけです」
「だから!!魔神様を騙す嘘を書いていたのだろう!!」
「一体何を根拠に?」
「こんな突然の終戦なんぞ、どう考えてもおかしいからだ!!お前が魔神様をたぶらかしたんだろうが!!よく捕虜共と話しているのは知っているんだぞ!!」

 ラングハイムに続いて、ベルンシュタインも両手を握り締めてクラウスを糾弾する。しかしクラウスはクックックッと笑った。

「何が可笑しい!!」

 ベルンシュタインが一歩前に出て、クラウスを威嚇するように殺気を向ける。クラウスの後方にいる文官長三人が殺気を浴びて小さく悲鳴を上げたが、クラウスは動じず冷ややかな目を返す。

「ベルンシュタイン将軍。あなたの所のシーラッハ千人隊長はいかがされましたか?」

 クラウスの言葉に、ベルンシュタインが固まった。こちらの言いたい事を察したようだ。

「ラングハイム将軍もです。あなたのところは五百人隊長が5人ほど行方不明のはず」
「全員戦死した!!何を当たり前のことを言っている!!」

 ラングハイムは変わらず良い反応をしてくる。クラウスは手に持っていた書類をめくった。

「では私が会ったのは同姓同名の他人の空似だったと?これは調査で得た脱走兵達の情報です。初日は代筆で部下に記入させましたが、数が多くてキリがないので、2日目からは直接脱走兵に書かせました。名前は未記入でも不問とし、所属と脱走理由は必須で記入させています。しかし中には抗議も含めて名前を書いた兵士もいます。筆跡は彼らの物ではありませんか?」

 いくつか書類を抜き出し、ラングハイムへと見せる。所属の欄が『第4軍』ばかりのものだ。
 ラングハイムも見知った文字や名前に気付いたのか、言葉を失っている。 

(静かになったな)

 呆れた目で二人を眺めつつ、クラウスは続ける。

「五百人隊長が5人も戦死とおっしゃいましたが、一体どういう指揮を執っておいでですか。実際は脱走でしたが、軍を崩壊させるおつもりですか?将軍剥奪か、それこそ魔神背信罪が適用されますよ」

 ぐぅの音も出ないのか、顔を赤くしたり青くしたり震えたりと忙しそうだ。二人とも百歳を超えているので、血圧が上がらないか少しだけ心配になった。しかしここで将軍である二人を納得させなければ反乱が起きる。クラウスは書類をひとまとめにして、見せるように胸の高さまで掲げて続ける。

「書類を確認されたいのであれば、後で複製したものをお届けしましょう。ご確認いただければ、報告に嘘が無い事をお分かりいただけるはずです」

 続けてベルンシュタインへと視線を向ける。

「先程私が笑ったのは、魔神エルトナ様がこんな書類だけで騙される愚かな神だと仰る、その言葉です」

 クラウスの言葉で、魔神を貶める発言をした、という事にようやく気が付いたようだ。ベルンシュタインもラングハイムも今度こそ顔を青くさせた。

 クラウスはギルベルトへ視線を向ける。ギルベルトは少しニヤつきながら頷いた。

「そういうことだ。最近脱走兵が多いと北東エリアから報告を受けていた。ハルシュタイン将軍の調査の結果、一番多いのはベルンシュタイン軍とラングハイム軍の者だ。出撃していたから多少は仕方ないとしても、それにしても多すぎる。お前達の軍は最近まとまりが悪いそうだな。あちらの神から言われたぞ」
「・・・あちら?」

 何の事だろうと、クラウスはギルベルトに問いかける。他の将軍も文官長も皆、答えを求めるようにギルベルトへ視線を向けた。

「魔神エルトナ様は精霊神ハヤトの呼びかけに応じられた。精霊神ハヤトはずっと呼びかけていたようだ。神界で話をされ、今和平に向けて共に動いてらっしゃる」

 ギルベルトのこの発言にはクラウスも驚いた。静観していた将軍と文官長も全員目を見開く。

 200年前に顕現して以降ずっと魔人達と敵対してきた神。精霊神ハヤト。

 それが今この場にいる全員、生まれた時からの常識だった。そんな神と突然話をしたと言うのだから、驚くのも当然だ。

「こちらの軍のまとまりの悪さを精霊神ハヤトから心配された、とエルトナ様がおっしゃっていた。お前たち二人はエルトナ様の顔に泥を塗ったという事を自覚しておけ!」

 最後は魔力で威圧しながら声を上げた。クラウスでさえビリビリと感じる魔力を、正面から直接浴びたベルンシュタインとラングハイムは顔を青くさせたまま数歩後ろへと下がった。

「異論を言う分は構わんが、これは決定事項だ。すべてはエルトナ様のご意思。我々がどうこう出来るものではない」

 ふぅ、と小さく息を付いて、ギルベルトは全員を見渡した。

「今後は和平協定の後、賠償交渉や国交に関する取り決めを行う。終戦に伴い精霊神ハヤトは今後神界に戻ると言っていた。人類連合の代表はエルフのおさコウキ=ヒノハラが務めるそうだ。これから忙しくなるから全員覚悟しておけ」

 ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべたギルベルトに、クラウスはジト目を送った。忙しくなったらアリシアを迎えに行く算段を考える暇すらないではないか。

「今日はこれで終わりだ。皆下がれ」

 将軍5人、文官長3人の顔色は皆様々だが、皆頭を下げて、「はっ」と声を上げた。頭を上げるとそれぞれが扉へと向かう。しかしその後ろから声がかかった。

「ハルシュタイン将軍は残れ。お前の事だから脱走兵との連絡手段を用意しているだろう。それとトラウトナー文官長とヤンカー将軍もだ」
「はっ!」

 すぐにその場で立ち止まり、ギルベルトに体を向けて返事を返す。そのまま他の将軍と文官長が謁見室を出るまで待った。
 侍従が扉を閉めたところで、ギルベルトが口を開いた。

「お前たち3人に頼みたいことがある。が、さっきの阿呆共には疲れたな。場所を移そう。甘い物でも食うか」

 そう言うと、ギルベルトは廊下へと続く扉ではなく、魔王の玉座近くの魔王や侍従が出入りする扉へと向かう。
 小さく「おお!」と声を上げて、トラウトナーはギルベルトの少し後ろを歩きだした。

「王よ。招待感謝する。王宮のお菓子は美味しいんだ」

 今日の参席者唯一の女性であるトラウトナーが嬉しそうにギルベルトに礼を言う。ギルベルトは片手を上げて応えた。そしてその場に立っているクラウス達に声を掛ける。

「お前らも早く来い。こっちから行く方が早い」

 クラウスは肩をすくめて足を進めた。しかし視界にビックリした顔で立っているヤンカーに気付いて声を掛けた。

「あれが素だ。そのうち慣れる。行こう」

 ヤンカーはハッとしたようにクラウスに視線を向ける。クラウスはチョイチョイと手招きしてギルベルト達の後を追った。

 トラウトナーは61歳。魔人の中では中年程の年齢だ。非常に頭が柔らかく、ギルベルトからも信頼されている。クラウスから見ても裏表がなく、人として好ましいと思っている相手だ。

「王よ。今日もケーキはあるか?」
「言えば出てくる。何種類か持ってこさせよう」
「そうか!今日は何のケーキがあるか、楽しみにしておこう」

 後ろのヤンカーが動く気配を感じ、クラウスは前の二人を眺める。先程のジジイ共の怒鳴り声とは打って変わり、こっちは平和だな、と微笑ましい気分になった。
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