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42 王子の願い

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 庭園の中ほどにある花びらを重ねたような形をした大きな噴水は、今日は王配殿下の誕生日を祝うために日が暮れてからも作動していて、噴き出す水は満天の星の輝きを映してきらきらと輝いていた。

「ピア……」

 その傍らでピアと向かい合ったロゼルトは、大きく息を吸い込むと、涙の名残りの鼻声のまま叫んだ。

「結婚……しないでくださいっ!」
「えっ……」

 呆気に取られたような顔をしたピアを、ロゼルトは藍色の目でまっすぐに見つめる。

「君が花婿探しをしてるのはわかってるけど、お願いだから、三年は相手を決めないでいて欲しいんだ」
「三年……?」
「その間、僕はフェルーン公国に修行に行ってくる」
「フェルーン公国に……?」

 意外なことばかり聞かされ、ピアは戸惑ったように瞬きをした。

「母から言われてたんだ。今年の社交の季節の間に花嫁を見つけられなかったら、祖母のもとでみっちり鍛えてもらうようにって」
「前大公妃さまの……」

 質実剛健な要塞に暮らす〝鉄壁の鬼元帥〟とはピアも面識がある。厳格だが心優しい人物だ。

「そんなの絶対に嫌だって思ってたけど、どうせ社交に出かけても結婚相手を探す気にはなれないんだし、自分がどれだけ空回りだったのかも今夜つくづく身に染みたから……前倒しして、近いうちに発つことにするよ」

 ロゼルトは寂しそうに視線を落とした。

「バカなことに、成人を迎えたときに僕の口からきちんと説明して結婚を申し込んだら、君は笑って受け入れてくれるだろうなんて以前は思ってたんだ。……嘘つきと一生を共にしたい人なんていないのにね」

 ロゼルトは「でも」と、真剣な眼差しを再びピアに向ける。

「僕はきっと、これまでもこれからもずっとずっと君のことが大切で大好きなんだ。三年経ったところで君の気持ちは変わらないかも知れないけど、少しでもふさわしくなれるように頑張ってくるから、帰ってきたら一度だけ求婚させて欲しい」

 望みを告げたロゼルトは、神妙にピアの返事を待った。
 ピアは少しうつむき、ふふっと短い息を漏らす。

「ピア……?」

 顔を上げたピアは笑みを浮かべ、可笑しそうに肩を揺らしていた。

「側仕えだったときは知りませんでした。あなたがこんなに子供っぽい方だったなんて」
「あ……」

 ロゼルトは頬を赤らめる。

「君から眩しそうに見られるのが嬉しくて、前はけっこう背伸びしてたかも……」

 さすがわたしの王女さま!と輝くハシバミ色の瞳が見たくて、常に努力を怠らず、結果として多くのことをこなせるようになった。

「同い年なのに、まるでお姉さまのようでしたよね。美しくて、聡明で、思慮深い王女さまは、ずっとわたしの憧れでした」

 いくつもの光の粒が瞬く夜空を、ピアはゆったりと仰ぐ。

「一番大きく輝いているあの星みたいにとてもまばゆくて、まるで手の届かないところにいらっしゃるようでもありました……」

 ピアは視線を下げ、星灯りが降りそそぐ噴水の水面みなもに指先でそっと触れた。

「変わっていないところもありますが、今のあなたは、感情的で、浅はかで、不器用で……」

 ロゼルトは恥じ入ったように肩をすぼめる。

「わたしは怒っているはずなのに、妙に気にかかったり、心配でハラハラしたり、つい庇いたくなったり。……ある意味、以前よりも身近に感じます」

 少しはにかんだような表情で、ピアはロゼルトを見上げた。

「近くにいらっしゃらないとなんだか寂しいので、もう少し修行の期間を縮めることはできませんか……?」

 信じられないことを聞いたかのように、ロゼルトは目を大きく見開く。

「ち……縮められるよ! 縮める! 絶対に縮めますっ!」

 力強くロゼルトは叫んだ。

「いっそ、三年を三日にしたっていい!」

 ピアは愉快そうに訊ねる。

「そんなので修行になるんですか?」
「なるさ! おばあさまとは半日一緒にいるだけで、雪中訓練三回分くらいの負荷がかかるんだから!」

 くすくすと笑うピアを、ロゼルトは幸せそうに眺めた。

「……ピア、ずっとそんなふうに笑ってて」

 一番の願いを口にして、ロゼルトは優しく目元を和ませる。

 その瞬間、ピアは小さく息を呑み、まるでいま初めて彼と出会ったかのような驚きと戸惑いを浮かべて頬を薄く染めた。

――あの夜の包み込むような笑顔にときめいたのだとピアが打ち明けたのは、短めながらも過酷な修行をやり遂げて帰ってきたロゼルトから正式に求婚されたときだった。

               <おしまい>
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