42 / 42
42 王子の願い
しおりを挟む庭園の中ほどにある花びらを重ねたような形をした大きな噴水は、今日は王配殿下の誕生日を祝うために日が暮れてからも作動していて、噴き出す水は満天の星の輝きを映してきらきらと輝いていた。
「ピア……」
その傍らでピアと向かい合ったロゼルトは、大きく息を吸い込むと、涙の名残りの鼻声のまま叫んだ。
「結婚……しないでくださいっ!」
「えっ……」
呆気に取られたような顔をしたピアを、ロゼルトは藍色の目でまっすぐに見つめる。
「君が花婿探しをしてるのはわかってるけど、お願いだから、三年は相手を決めないでいて欲しいんだ」
「三年……?」
「その間、僕はフェルーン公国に修行に行ってくる」
「フェルーン公国に……?」
意外なことばかり聞かされ、ピアは戸惑ったように瞬きをした。
「母から言われてたんだ。今年の社交の季節の間に花嫁を見つけられなかったら、祖母のもとでみっちり鍛えてもらうようにって」
「前大公妃さまの……」
質実剛健な要塞に暮らす〝鉄壁の鬼元帥〟とはピアも面識がある。厳格だが心優しい人物だ。
「そんなの絶対に嫌だって思ってたけど、どうせ社交に出かけても結婚相手を探す気にはなれないんだし、自分がどれだけ空回りだったのかも今夜つくづく身に染みたから……前倒しして、近いうちに発つことにするよ」
ロゼルトは寂しそうに視線を落とした。
「バカなことに、成人を迎えたときに僕の口からきちんと説明して結婚を申し込んだら、君は笑って受け入れてくれるだろうなんて以前は思ってたんだ。……嘘つきと一生を共にしたい人なんていないのにね」
ロゼルトは「でも」と、真剣な眼差しを再びピアに向ける。
「僕はきっと、これまでもこれからもずっとずっと君のことが大切で大好きなんだ。三年経ったところで君の気持ちは変わらないかも知れないけど、少しでもふさわしくなれるように頑張ってくるから、帰ってきたら一度だけ求婚させて欲しい」
望みを告げたロゼルトは、神妙にピアの返事を待った。
ピアは少しうつむき、ふふっと短い息を漏らす。
「ピア……?」
顔を上げたピアは笑みを浮かべ、可笑しそうに肩を揺らしていた。
「側仕えだったときは知りませんでした。あなたがこんなに子供っぽい方だったなんて」
「あ……」
ロゼルトは頬を赤らめる。
「君から眩しそうに見られるのが嬉しくて、前はけっこう背伸びしてたかも……」
さすがわたしの王女さま!と輝くハシバミ色の瞳が見たくて、常に努力を怠らず、結果として多くのことをこなせるようになった。
「同い年なのに、まるでお姉さまのようでしたよね。美しくて、聡明で、思慮深い王女さまは、ずっとわたしの憧れでした」
いくつもの光の粒が瞬く夜空を、ピアはゆったりと仰ぐ。
「一番大きく輝いているあの星みたいにとてもまばゆくて、まるで手の届かないところにいらっしゃるようでもありました……」
ピアは視線を下げ、星灯りが降りそそぐ噴水の水面に指先でそっと触れた。
「変わっていないところもありますが、今のあなたは、感情的で、浅はかで、不器用で……」
ロゼルトは恥じ入ったように肩をすぼめる。
「わたしは怒っているはずなのに、妙に気にかかったり、心配でハラハラしたり、つい庇いたくなったり。……ある意味、以前よりも身近に感じます」
少しはにかんだような表情で、ピアはロゼルトを見上げた。
「近くにいらっしゃらないとなんだか寂しいので、もう少し修行の期間を縮めることはできませんか……?」
信じられないことを聞いたかのように、ロゼルトは目を大きく見開く。
「ち……縮められるよ! 縮める! 絶対に縮めますっ!」
力強くロゼルトは叫んだ。
「いっそ、三年を三日にしたっていい!」
ピアは愉快そうに訊ねる。
「そんなので修行になるんですか?」
「なるさ! おばあさまとは半日一緒にいるだけで、雪中訓練三回分くらいの負荷がかかるんだから!」
くすくすと笑うピアを、ロゼルトは幸せそうに眺めた。
「……ピア、ずっとそんなふうに笑ってて」
一番の願いを口にして、ロゼルトは優しく目元を和ませる。
その瞬間、ピアは小さく息を呑み、まるでいま初めて彼と出会ったかのような驚きと戸惑いを浮かべて頬を薄く染めた。
――あの夜の包み込むような笑顔にときめいたのだとピアが打ち明けたのは、短めながらも過酷な修行をやり遂げて帰ってきたロゼルトから正式に求婚されたときだった。
<おしまい>
0
お気に入りに追加
30
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身
青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。
レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。
13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。
その理由は奇妙なものだった。
幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥
レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。
せめて、旦那様に人間としてみてほしい!
レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。
☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。
女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる