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第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第41話 幕間:エリスとアーサーの素っ気ない日常・前編
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午前七時頃。エリスとアーサーの一日は大体この時間から始まる。平日なら学園の準備がある為必要な早起きだが、日曜日はそうでもない。
しかしそうであるにも関わらず、今回の日曜日は早起きだった。
「おはよ、アーサー」
「ああ」
「昨日の約束覚えてるよね?」
「……あんたと一緒に三食作る」
「その通り! わたし早起き頑張ったんだから! さあやるよー!」
「……」
アーサーは料理部で使ったエプロンをエリスに着せられ、台所に立つ。
「……理由を」
「ん?」
「何故これを行うに至ったのか、理由を教えろ」
「えっとね……二つあるの。一つはもういい加減、わたしが毎回料理作るの疲れちゃった。だからアーサーも料理を覚えてもらって、交代でやろうと思ったの」
「二つ目は」
「二つ目は……」
言葉を続ける前に、エリスはアーサーの手を握る。
「……もっと、アーサーのこと知りたいって思って。仲良くなりたいって思って。そのためには一緒にやった方がいいでしょ?」
「……」
騎士に料理の腕など必要ない、そう言おうとしたが、
(……)
(……また、この感覚か。安心……)
「……わかった。あんたの指示に従おう」
そういうことで、朝食にはオムレツを作ることになった。卵と牛乳を魔術氷室から取り出し、ボウルに入れてかき混ぜる。
「……」
「んー? どうしたの?」
「こちらの台詞だ。何故オレを見つめて突っ立っている」
「仕事はしているよ? 牛乳量ったり、油敷いてるよ?」
「……オレに何をしてもらいたい?」
「卵を割って、中身をボウルに入れてね」
「……」
アーサーは四つ取り出した卵のうち、一つを手に取る。
「机の隅に、コンコンって。すると殻が割れるよー」
「……」
\ごんごんっ/
\ぶちゃっ/
「っ……」
「あはは、やると思った。中身潰れちゃうよ。でもひとまずはこれで大丈夫。ささ、中身ここに入れて」
「……」
大惨事になる前に、潰れた中身だけを無事に回収できた。
「初めは誰でもそんなだよ。力加減を少しずつ覚えていこうね」
「……」
「どうしたの? わたしの顔に何かついてる?」
――『それと同じだ、何事も基本からだ』
「……そうだな。何事も、基本から覚えていけば……」
「そうだよそうだよ。最初から完璧にできるなんて、ありえないんだから!」
「……それでこの後は」
「作った卵液を、フライパンに入れて焼く! これもかなりコツが必要でね――」
数十分後。
やや焦げたが、それでも何とか卵の黄色味が見えるオムレツが、食卓に並んだ。
「……」
「アーサー、がっくりしてる?」
「……していない」
「してるでしょ~」
「……」
「まあ慣れてないとこんなものこんなもの。わたしも最初はひっくり返すの下手だったもん」
「……たかが卵料理だけで、技術が幾つも求められるとは」
「だから料理って芸術なんだよ~」
二人は匙を手に取り食事に入ろうとする。
「あ、待ってアーサー」
「何だ」
「食事のお約束。一口につき三十回噛んでください!」
「……はあ」
「何かねー、それぐらい噛むと、食材の旨味が出てくるんだって。アーサーにはそれを味わってほしいの!」
「いい、食事はゆっくりと食べる! 戦争中じゃないんだし、誰も襲ってこないよ!」
「何も言っていないのだが」
「でも言おうとしたでしょ?」
「……」
オムレツを一口食べ、
すぐに飲み込むのを抑えて、口を動かす。
「そうだよアーサー……それじゃあわたしも。いっただきま~す」
朝食を終えた後は自由行動。今日の予定は掃除と洗濯を行うことになっていた。
エリスが盥に手を突っ込む横で、アーサーは箒をかけていく。素晴らしき分担作業だ。
この時間になってやっとカヴァスが出てきたが、協力する気配は一切ない。その辺で尻尾を追いかけて遊んでいる。騎士としてはあるまじき行動だが、犬としては及第点の姿であった。
「アーサーって、服の着方すごい丁寧だよね~」
「……」
「皺もぴっちり折り畳んでくるし、飛び跳ねとかもほとんどないし。洗いやすくて助かるよ~」
「……訊きたいことがある」
「んー? なあに?」
「何故あんたは箒をかけるように指示をした」
「え、掃除だからに決まっているでしょ」
「だが外にはゴミは見当たらないぞ」
アーサーは箒を動かす手を止め、辺りを見回す。
「ふっふっふ~……」
「わかっていませんねえアーサー君はぁ……」
エリスも洗濯の手を止め近付く。顔が眼前に迫ってきた。
「どんな武術でも、最初は素振りから始まるのと一緒! アーサーだってそうだったでしょ?」
「……」
「良いことも、悪いことも、何だってそう。小さなことから始まって、それが大きなことに繋がる。素振りを続ければ剣は上手くなれるし、ゴミを放置していたら手がつけられなくなっちゃう!」
「……そういうものか」
「そういうものだよっ」
「……」
少しの間考え込んでいると――
「……客か」
「え? ……あ、ほんとだ」
足音と荷車を引っ張っている音がした。
間もなくしてそれらは姿を見せ、それらを引っ張ってきた者は顔を覗かせた。
「……やっほ! エリスちゃんにアーサー君、元気してる!?」
寮長のビアンカと、彼女のナイトメアであるブランカである。
「あんたか」
「なあんだ……もう、驚かせないでくださいよ~」
「あはは、ごめんごめん。いや、いつもエリスちゃんに塔まで来てもらってるからさ。流石に申し訳ないから、今日はこっちから来てみた!」
「別にそれぐらいどうってことありませんのに」
「ついでに家の様子を見たかったっていうのもあるんだけどね~」
ブランカが引っ張ってきた荷車から荷物を降ろしつつ、ビアンカは周囲を見回す。
「丁寧に使ってくれているねえ。きっとこの家も本望じゃないかな」
「ありがとうございます。アーサーと一緒に掃除頑張っているんですよ」
「……」
アーサーからすると、突然の巻き込みである。
「そっかそっか~。アーサー君、箒持つ姿似合ってるよ!」
「……」
「ん? これが気になる感じ?」
「そっか、アーサーは連れていってないもんね。見るのは初めてか」
ビアンカが積み下ろしているのは、木で作られた箱の数々。
アーサーがその一つを開けてみると、中身がお出ましに。
「……卵か」
「そそ。他にも野菜とかあるんだよー」
「食材を持ってきているのか」
「そーいうこと。まだ学園生活にも慣れていないのに、食材まで第二階層まで買わせに行かせるのは酷だなーって」
「……」
アーサーは躊躇せず、箱を次々と開けていく。
「んふふ、興味津々だね! やっぱこっち来てよかった!」
「……でも、開けていくだけじゃん。その行為に何の意味があるの?」
「魔術氷室に入れる際に開けるからいいでしょ!」
「そ、そうなの、かな……? ビアンカさんが言うならそうかも……」
「これは何だ」
アーサー開いた箱の一つを持ってやってくる。
そこにはぎっしりと、小分けにされた袋が詰め込まれていた。
「ん……茶葉? あれ、わたしこんなの頼んだ覚えは……」
「あー、これはサービスよ! グレイスウィルに三ヶ月も住んで、そろそろ慣れてきた頃でしょ。然らば紅茶を嗜むべし!」
「グレイスウィルと紅茶に何の因果関係が」
「世界で消費される茶葉の四割はグレイスウィル国民によるものと言われているわ! 生活に紅茶が根付いた紅茶国なのよ~!」
「へ~、初めて知りました」
「……」
ビアンカは箱の中から幾つかの茶葉を取り出しながら続ける。
「折角だから淹れてあげるよー。台所使っていい?」
「構いませんよー」
「ありがとっ! んじゃあ食材を保管しながら、ちょっと待ってて!」
「はーい。そういうことだから、アーサーも手伝ってね」
「……掃除は」
「一時中断! 食べ物が優先だよ、早くしないと腐っちゃう!」
「わかった」
時刻は大体午前十時半。間食を挟むのには丁度良いとされている時間である。
そんな時間に、とても素敵な紅茶が何杯もリビングに並んだ。味わい深い香りが鼻腔を刺激する。
「右から順番に、アッサム、セイロン、ニルギリ。加えてダージリンも買ってきちゃった~!」
「ち、違いが……」
「アッサムは濃い目、ニルギリはあっさり、ダージリンはすっごいまろやか! んでセイロンがバランス良い味わいね!」
「ほうほう……」
「紅茶はイングレンス中で愛されている飲み物でね。特にグレイスウィルには、専門に取り扱っている商会がいーっぱいあるの。そしてその商会を代表する茶葉には、商会と同じ名前が付けられるのよ」
「じゃあアッサムなら、アッサム商会が取り扱っているってことですね」
「その通り! アッサム商会が全面に売り出している、おすすめの紅茶なのよ~!」
「すごい……なんていうか、熱意が伝わってきますね」
「……」
並べられた紅茶をじっくりと時間をかけて試飲するアーサー。
一方のエリスはささっと一通り飲み終えた所だ。
「うーん、うーーーん、うーむむむむ……」
「どうかな? 口に合いそう?」
「……ちょっと、物足りないというか……」
「そう? だったらアールグレイも試してみる?」
「あーるぐれい?」
「柑橘系の香りをつけた種類よ! 今日持ってきたのは基本のオレンジ! 他にも色んな香りをつけたフレーバーティーもあってね~……でもまずはこれから!」
ビアンカはエリスの前に一杯差し出さす。忽ち芳醇なオレンジの香りが漂う。
「いただきます……」
「……」
ティーカップを手に取るエリスと、空のティーカップをビアンカに差し出すアーサー。タイミングが同時だった。
「あらその目付きは! アーサー君、もしかしてお代わり欲しい感じ!?」
「……」
「いいわよ~大歓迎! で、何にする!?」
「……」
アーサーは無言でセイロンの茶葉が入った袋を見せた。
「はいは~い! セイロンね! ちょっと待ってて!」
ビアンカが台所に向かった隙に、エリスがアーサーに声をかける。
「ちょっと、アーサー……ちゃんと言葉で説明してよ」
「……」
「ビアンカさんははきはきしている人だからいいけど……みんながみんなそうじゃないんだよ?」
「……」
「もう、話聞いているんだかなんなんだか」
エリスはアールグレイを飲み終えティーカップを置く。
「アーサー、お代わりしたんだね。もしかして気に入った?」
「……」
「セイロンだっけ。今度から買い置きしておこうか?」
「……」
宙に視線を泳がせた後、頷いた。
「……えへへ。わかった、今度から買っておくね」
「……ふん」
「嬉しいんでしょ」
「……」
「はーいセイロンおまちどう!」
「あ、この茶葉お代わりしたいでーす」
「はいはーい! そうだ、折角だから紅茶の淹れ方も教えちゃおう! こっち来て来て!」
「はーい! ありがとうございまーす!」
エリスが立ち上がると同時に、アーサーも立ち上がる。
「なあにぃ、わたしと一緒に淹れ方教わるの? 紅茶に興味あるんだ」
「……」
自分の好きな物に気付けた騎士王と共に。そのまま紅茶を嗜む時間が、正午過ぎまで続いたのだった。
しかしそうであるにも関わらず、今回の日曜日は早起きだった。
「おはよ、アーサー」
「ああ」
「昨日の約束覚えてるよね?」
「……あんたと一緒に三食作る」
「その通り! わたし早起き頑張ったんだから! さあやるよー!」
「……」
アーサーは料理部で使ったエプロンをエリスに着せられ、台所に立つ。
「……理由を」
「ん?」
「何故これを行うに至ったのか、理由を教えろ」
「えっとね……二つあるの。一つはもういい加減、わたしが毎回料理作るの疲れちゃった。だからアーサーも料理を覚えてもらって、交代でやろうと思ったの」
「二つ目は」
「二つ目は……」
言葉を続ける前に、エリスはアーサーの手を握る。
「……もっと、アーサーのこと知りたいって思って。仲良くなりたいって思って。そのためには一緒にやった方がいいでしょ?」
「……」
騎士に料理の腕など必要ない、そう言おうとしたが、
(……)
(……また、この感覚か。安心……)
「……わかった。あんたの指示に従おう」
そういうことで、朝食にはオムレツを作ることになった。卵と牛乳を魔術氷室から取り出し、ボウルに入れてかき混ぜる。
「……」
「んー? どうしたの?」
「こちらの台詞だ。何故オレを見つめて突っ立っている」
「仕事はしているよ? 牛乳量ったり、油敷いてるよ?」
「……オレに何をしてもらいたい?」
「卵を割って、中身をボウルに入れてね」
「……」
アーサーは四つ取り出した卵のうち、一つを手に取る。
「机の隅に、コンコンって。すると殻が割れるよー」
「……」
\ごんごんっ/
\ぶちゃっ/
「っ……」
「あはは、やると思った。中身潰れちゃうよ。でもひとまずはこれで大丈夫。ささ、中身ここに入れて」
「……」
大惨事になる前に、潰れた中身だけを無事に回収できた。
「初めは誰でもそんなだよ。力加減を少しずつ覚えていこうね」
「……」
「どうしたの? わたしの顔に何かついてる?」
――『それと同じだ、何事も基本からだ』
「……そうだな。何事も、基本から覚えていけば……」
「そうだよそうだよ。最初から完璧にできるなんて、ありえないんだから!」
「……それでこの後は」
「作った卵液を、フライパンに入れて焼く! これもかなりコツが必要でね――」
数十分後。
やや焦げたが、それでも何とか卵の黄色味が見えるオムレツが、食卓に並んだ。
「……」
「アーサー、がっくりしてる?」
「……していない」
「してるでしょ~」
「……」
「まあ慣れてないとこんなものこんなもの。わたしも最初はひっくり返すの下手だったもん」
「……たかが卵料理だけで、技術が幾つも求められるとは」
「だから料理って芸術なんだよ~」
二人は匙を手に取り食事に入ろうとする。
「あ、待ってアーサー」
「何だ」
「食事のお約束。一口につき三十回噛んでください!」
「……はあ」
「何かねー、それぐらい噛むと、食材の旨味が出てくるんだって。アーサーにはそれを味わってほしいの!」
「いい、食事はゆっくりと食べる! 戦争中じゃないんだし、誰も襲ってこないよ!」
「何も言っていないのだが」
「でも言おうとしたでしょ?」
「……」
オムレツを一口食べ、
すぐに飲み込むのを抑えて、口を動かす。
「そうだよアーサー……それじゃあわたしも。いっただきま~す」
朝食を終えた後は自由行動。今日の予定は掃除と洗濯を行うことになっていた。
エリスが盥に手を突っ込む横で、アーサーは箒をかけていく。素晴らしき分担作業だ。
この時間になってやっとカヴァスが出てきたが、協力する気配は一切ない。その辺で尻尾を追いかけて遊んでいる。騎士としてはあるまじき行動だが、犬としては及第点の姿であった。
「アーサーって、服の着方すごい丁寧だよね~」
「……」
「皺もぴっちり折り畳んでくるし、飛び跳ねとかもほとんどないし。洗いやすくて助かるよ~」
「……訊きたいことがある」
「んー? なあに?」
「何故あんたは箒をかけるように指示をした」
「え、掃除だからに決まっているでしょ」
「だが外にはゴミは見当たらないぞ」
アーサーは箒を動かす手を止め、辺りを見回す。
「ふっふっふ~……」
「わかっていませんねえアーサー君はぁ……」
エリスも洗濯の手を止め近付く。顔が眼前に迫ってきた。
「どんな武術でも、最初は素振りから始まるのと一緒! アーサーだってそうだったでしょ?」
「……」
「良いことも、悪いことも、何だってそう。小さなことから始まって、それが大きなことに繋がる。素振りを続ければ剣は上手くなれるし、ゴミを放置していたら手がつけられなくなっちゃう!」
「……そういうものか」
「そういうものだよっ」
「……」
少しの間考え込んでいると――
「……客か」
「え? ……あ、ほんとだ」
足音と荷車を引っ張っている音がした。
間もなくしてそれらは姿を見せ、それらを引っ張ってきた者は顔を覗かせた。
「……やっほ! エリスちゃんにアーサー君、元気してる!?」
寮長のビアンカと、彼女のナイトメアであるブランカである。
「あんたか」
「なあんだ……もう、驚かせないでくださいよ~」
「あはは、ごめんごめん。いや、いつもエリスちゃんに塔まで来てもらってるからさ。流石に申し訳ないから、今日はこっちから来てみた!」
「別にそれぐらいどうってことありませんのに」
「ついでに家の様子を見たかったっていうのもあるんだけどね~」
ブランカが引っ張ってきた荷車から荷物を降ろしつつ、ビアンカは周囲を見回す。
「丁寧に使ってくれているねえ。きっとこの家も本望じゃないかな」
「ありがとうございます。アーサーと一緒に掃除頑張っているんですよ」
「……」
アーサーからすると、突然の巻き込みである。
「そっかそっか~。アーサー君、箒持つ姿似合ってるよ!」
「……」
「ん? これが気になる感じ?」
「そっか、アーサーは連れていってないもんね。見るのは初めてか」
ビアンカが積み下ろしているのは、木で作られた箱の数々。
アーサーがその一つを開けてみると、中身がお出ましに。
「……卵か」
「そそ。他にも野菜とかあるんだよー」
「食材を持ってきているのか」
「そーいうこと。まだ学園生活にも慣れていないのに、食材まで第二階層まで買わせに行かせるのは酷だなーって」
「……」
アーサーは躊躇せず、箱を次々と開けていく。
「んふふ、興味津々だね! やっぱこっち来てよかった!」
「……でも、開けていくだけじゃん。その行為に何の意味があるの?」
「魔術氷室に入れる際に開けるからいいでしょ!」
「そ、そうなの、かな……? ビアンカさんが言うならそうかも……」
「これは何だ」
アーサー開いた箱の一つを持ってやってくる。
そこにはぎっしりと、小分けにされた袋が詰め込まれていた。
「ん……茶葉? あれ、わたしこんなの頼んだ覚えは……」
「あー、これはサービスよ! グレイスウィルに三ヶ月も住んで、そろそろ慣れてきた頃でしょ。然らば紅茶を嗜むべし!」
「グレイスウィルと紅茶に何の因果関係が」
「世界で消費される茶葉の四割はグレイスウィル国民によるものと言われているわ! 生活に紅茶が根付いた紅茶国なのよ~!」
「へ~、初めて知りました」
「……」
ビアンカは箱の中から幾つかの茶葉を取り出しながら続ける。
「折角だから淹れてあげるよー。台所使っていい?」
「構いませんよー」
「ありがとっ! んじゃあ食材を保管しながら、ちょっと待ってて!」
「はーい。そういうことだから、アーサーも手伝ってね」
「……掃除は」
「一時中断! 食べ物が優先だよ、早くしないと腐っちゃう!」
「わかった」
時刻は大体午前十時半。間食を挟むのには丁度良いとされている時間である。
そんな時間に、とても素敵な紅茶が何杯もリビングに並んだ。味わい深い香りが鼻腔を刺激する。
「右から順番に、アッサム、セイロン、ニルギリ。加えてダージリンも買ってきちゃった~!」
「ち、違いが……」
「アッサムは濃い目、ニルギリはあっさり、ダージリンはすっごいまろやか! んでセイロンがバランス良い味わいね!」
「ほうほう……」
「紅茶はイングレンス中で愛されている飲み物でね。特にグレイスウィルには、専門に取り扱っている商会がいーっぱいあるの。そしてその商会を代表する茶葉には、商会と同じ名前が付けられるのよ」
「じゃあアッサムなら、アッサム商会が取り扱っているってことですね」
「その通り! アッサム商会が全面に売り出している、おすすめの紅茶なのよ~!」
「すごい……なんていうか、熱意が伝わってきますね」
「……」
並べられた紅茶をじっくりと時間をかけて試飲するアーサー。
一方のエリスはささっと一通り飲み終えた所だ。
「うーん、うーーーん、うーむむむむ……」
「どうかな? 口に合いそう?」
「……ちょっと、物足りないというか……」
「そう? だったらアールグレイも試してみる?」
「あーるぐれい?」
「柑橘系の香りをつけた種類よ! 今日持ってきたのは基本のオレンジ! 他にも色んな香りをつけたフレーバーティーもあってね~……でもまずはこれから!」
ビアンカはエリスの前に一杯差し出さす。忽ち芳醇なオレンジの香りが漂う。
「いただきます……」
「……」
ティーカップを手に取るエリスと、空のティーカップをビアンカに差し出すアーサー。タイミングが同時だった。
「あらその目付きは! アーサー君、もしかしてお代わり欲しい感じ!?」
「……」
「いいわよ~大歓迎! で、何にする!?」
「……」
アーサーは無言でセイロンの茶葉が入った袋を見せた。
「はいは~い! セイロンね! ちょっと待ってて!」
ビアンカが台所に向かった隙に、エリスがアーサーに声をかける。
「ちょっと、アーサー……ちゃんと言葉で説明してよ」
「……」
「ビアンカさんははきはきしている人だからいいけど……みんながみんなそうじゃないんだよ?」
「……」
「もう、話聞いているんだかなんなんだか」
エリスはアールグレイを飲み終えティーカップを置く。
「アーサー、お代わりしたんだね。もしかして気に入った?」
「……」
「セイロンだっけ。今度から買い置きしておこうか?」
「……」
宙に視線を泳がせた後、頷いた。
「……えへへ。わかった、今度から買っておくね」
「……ふん」
「嬉しいんでしょ」
「……」
「はーいセイロンおまちどう!」
「あ、この茶葉お代わりしたいでーす」
「はいはーい! そうだ、折角だから紅茶の淹れ方も教えちゃおう! こっち来て来て!」
「はーい! ありがとうございまーす!」
エリスが立ち上がると同時に、アーサーも立ち上がる。
「なあにぃ、わたしと一緒に淹れ方教わるの? 紅茶に興味あるんだ」
「……」
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守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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