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第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第42話 幕間:エリスとアーサーの素っ気ない日常・後編
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午後に二人が訪れたのは魔法学園の図書室。ケビンからの課題に必要な本を借りに、室内を回る回る。
「今回は何借りることにしたんだっけ?」
「『イングレンス八神伝承』。歴史書の一つだな」
「ううむ……難しい内容じゃないといいな……でもアーサーと一緒に読むから大丈夫か」
「……」
そうして歴史書のコーナーに足を向ける。
その後目的の本も無事に発見できたが――
「あっ」
「ん?」
その本を手にしようとした、全く同じタイミングで、他の生徒も手を伸ばそうとしていた。
「えっと……」
「ああ、貴女もこの本を借りようとしていたの?」
「そうなんですけど……」
鉢合った生徒はとんがり帽子に低めのツインテール。帽子の中から、茶色の前髪が僅かに見える。
「……」
「ん? 私の顔じーっと見て、どうしたの?」
「えっと……どこかで見たことあるなって」
「どこか……」
「リリアン、目的の本は見つかったかな?」
つかつかと足音を立てて、一人の男がやってくる。
ギザギザ頭に黄色いスカーフが印象的。他の教師も着用しているローブに、彼もまた身を包んでいた。
「あーハスター先生。いや、見つけたはいいんですけど、かち合っちゃいました」
「ん、そうかそうか……君達は?」
「えっと、エリス・ペンドラゴンです。こっちがアーサーです」
「……」
エリスはお辞儀をし、アーサーは動じず二人を見つめている。
「ふむ……そうか。それならその本は君達に譲ろう」
「え、いいんですか?」
「構わないよ。どうやら君達は特別な事情がある――そう直感したからね」
「でも先生の研究はどうするんですか?」
「王立図書館の方に行けば何かしらあるだろう。手続きは面倒だが、そちらに行くとしよう」
「わかりました~。そういうわけだから、その本は貸してあげるよっ」
「ありがとうございます――」
その時、静かな図書館がざわついてくる。
「ハスターせんせーい!」
「きゃーハスター先生が図書室にいらっしゃるー!」
「先生こんにちはー!」
多くの女子生徒が一目散に駆け寄ってくるのだ。
「やっほー皆ー」
「やっほーじゃないわよリリアン! 先生と何やってんのよぉ!」
「いやー先生が今度『影の世界』の学会に論文出すらしくてさあ。そんな話聞いちゃったから、手伝うことにしたんだよね!」
「何それー! 私も手伝いますよ先生ー!」
「ははっ、人手が多いことには越したことはないなあ――」
そうしてどんどん生徒の波に埋もれていくリリアンとハスター。
エリスとアーサーはなし崩し的に蚊帳の外に追いやられていた。
「……あの先生、見るの初めてだったけど。一部の生徒に人気がある感じなのかな?」
「事実がどうであれオレ達の知ったことではない」
「そうだね……本も借りれることになったし。行こう行こう」
エリスはカウンターに足を向けるが、アーサーはすぐに動こうとしなかった。
「……? どうしたの?」
「いや……」
「……何でもない」
「ほんとに? 大丈夫?」
「取り留めのないことだから平気だ」
「ん、ならわかった」
取り巻きの生徒の一人が持っていた本――
確かにそれは、前にエリスが借りていったものと同一だった。
そして今一番気になっている本でもある。
(『フェンサリルの姫君』……)
(……今回は縁がなかった、か)
借りてきた本を読んでいたら、あっという間に夜が来た。
室内照明を点けて、暖色の明かりに包まれた中で、夕食を作ることに。
「また料理か」
「お昼は軽めで済んだけど、夜はそうはいかないよっ」
「……それで何を作るんだ」
「タリアステーキです!」
ばんと台所を叩くエリス。その先には玉ねぎ、パン粉、塩に胡椒に卵、そしてつるつるした容器に入った牛挽き肉が揃い踏み。
「……肉料理」
「そうですそうです。魚と迷ったけど肉にしました」
「……オレは何をすればいい」
「じゃあ玉ねぎを……刻んで!」
「……?」
一瞬言葉を詰まらせたのに引っかかりながらも、
玉ねぎをみじん切りにする作業をそつなくこなす、はずだった。
「……」
「……!」
「……!!」
「……何がおかしい」
「ぷぷっ、あはは……」
「くそっ、何なんだこれは……」
アーサーは何とか作業を終えた。涙で目を腫れさせながらも。
「ふふふ……」
「そこまで愉快か」
「ちが、違うよ……」
「だったら何だと言うんだ……」
「……」
「騎士王でも、玉ねぎで涙出るんだなあって……」
笑い泣きをしながら、エリスはパン粉の準備を進めている。
「……それだけか?」
「それだけだよ? でもそれだけで……」
「アーサーもわたしと変わらない、人間と同じなんだなあって……実感できるんだ」
「それが……嬉しい、かな」
「……」
彼女の言葉の真意を考えながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れる。
その後パン粉と挽肉、玉ねぎと卵を混ぜ、手で形を整えて焼く。
そんなこんなで三十分後。
「アーサーも焼くの上手くなってきたよね」
「……それぐらいで」
「それが重要なんだよ~」
じゅわっと焼き上げたタリアステーキ、彩りよく添えたサラダに、軽く火を通したバケット。
そして冷たい水で淹れた紅茶、セイロンティーである。
「今日はお菓子いっぱい買ってきちゃったね」
「……」
「どれが紅茶に合うかわからないから……色々試そうね」
「……」
「……え、ちょっと待って、嘘でしょ」
エリスが目を丸くするのも無理はない。アーサーは自分からティーポットを台所に持っていき、
紅茶を淹れ直して戻ってきたのだ。
「もう……まだいただきますもしていないのに……飲みすぎだよぉ~」
「……」
「こりゃあアーサー専用のティーポット買い足さないとだめだなあ。ふふっ」
「……そんなもの」
「だってわたしが紅茶飲めなくなるもん」
「……」
アーサーが再び紅茶をティーカップに注いだ所で、エリスが手を合わせる。
「マギアステル様、今日も美味しい食事をありがとうございます……いただきまーす」
「……」
少し間を置いた後、アーサーも手を合わせ、頭を下げる。そして今晩の夕食にありつくのだった。
「……」
「おいひ~。肉汁がじゅわって、じゅわって……」
「……」
「うぅん、産地直送はやっぱりいいなあ……食材から第三階層の味がするよ~」
「……訊きたいことがある」
数口食べた後、スプーンを持ったまま、アーサーは尋ねる。
「……なあに?」
「どうして……食べるという行為に、ここまで拘らないといけないんだ」
「……ん?」
「生きていく為に栄養を補給できれば……それでいいのではないのか」
「……」
エリスもスプーンを置き、アーサーの目を見てじっくりと伝える。
タリアステーキの焼き加減を見ている時と、同じぐらい真剣だった。
「……確かにそうだけど。でも食事って毎日することじゃん」
「そうだな」
「毎日同じだったらさ、飽きるでしょ。だからこだわって飽きないようにするの」
「……変化がないのは良いことだろう」
「それは安全に関わることだけ。常に危険ばっかりの状況よりは、ずっと安全な方がいいでしょ」
「……」
机に並んだ料理と、
「……安全、か」
紅茶を交互に見つめながら呟く。
「……変化を求めようとするということは、安全であると言っていいのか」
「ん、確かにそうとも言えるね」
「……あんたは今日の料理にオレを誘ったな」
「そうだねえ」
「普段一人で料理を行っていたが、変化を求めてオレを誘ったわけだ」
「そう……だね?」
「つまり……あんたは今、安全ってことだな」
「……」
「ぷぷっ……あははっ」
エリスはまたしても口に手を当てて笑い出す。
「……」
「もう、そんな目で見ないで……違う、違うの。そういう考え方もあるんだなあって思って、感心してるんだよ」
「……」
「アーサーって、ちょっと頑固な所あるけど……でもそれのおかげで、物事を違った視点から見ているんだなって思って、最近は面白くなってきたんだ」
「……面白いか」
「そうそう。だから……」
「アーサーだって、わたしの意外な一面を知ったら……笑うかもしれないよ?」
エリスは言葉を切って、口直しに紅茶を一口飲む。
「てかアーサー、もう食べちゃいなよ。冷めて美味しくなくなっちゃう」
「……食事の約束」
「一口三十回だからね?」
「……そうだな」
腹もいっぱいになった、けれども風呂に入るにも寝るにもまだ時間がある。
そういう時は趣味の時間。二人はリビングにいて、互いの姿を認識しながらも、別々に本を読んで過ごしていた。
「アーサー、何の本読んでるの?」
「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ」
「ふふ、またそれ読んでる。あ、わたしが宿題出してるせいかな?」
「……感想については、まだ時間をかけないと捻出できない」
「そんな形式的にやらなくても、忘れちゃっていいんだよ? ただアーサーが本を読むきっかけがほしかっただけだから」
「……」
紅茶と苺をつまみながら、ぱらぱらと頁を捲っていく。
「どう? その本読んで、世界について知れた?」
「……平原から荒野まで。砂漠から北国まで。様々な地域がイングレンスにあることが理解できた」
「うんうん。てかもうそれが感想でいいよ」
「……」
「……オレは」
「オレ自身の興味で、この本を読んでいる」
突然の告白に目を丸くするエリス。
「……そっか。手元に置いて何度も読みたい程、気に入ったんだね」
「……」
「だったら本屋さんに行って買おう。いちいち図書室にいって延長申請するの面倒臭いしね……次のお休みはそうしよう。いい?」
「……ああ」
すると突然、アーサーの足元に座っていたカヴァスが、ワオーンと吠えた。
「何だ」
「ワンワン!」
「……苺か?」
「ワオーン!」
「……」
ヘタを取って果実を与えると、忠犬は美味しそうに食べる。
「犬って苺食べられたっけ?」
「知らない」
「ふーん。でもナイトメアだし、普通の犬とはまた違うのかも……」
ふとエリスがカヴァスを見ようと本から顔を上げると、
目に付いたのはアーサーの鞘であった。
「あれ、その鞘……今光ったような」
「そうか?」
アーサーは鞘を腰から外しそれを机の上に置いた。エリスは一旦読んでいた本を置いて、一緒にそれを観察する。
「わあ、見事な装飾だ。照明に照らされて光ったのかな」
「……」
無骨で無愛想で無表情な剣士に仕えているとは思えないぐらいの、豪華で豪勢で豪奢な装飾。
材質は今や貴重な貴金属、なだらかな曲線は腕利きの職人でないと生み出せないだろう。その形状は遥か昔の、聖杯によって栄えた時代を想起させるものであった。
「でも鞘が豪華なのは納得いくなあ。剣と同じぐらい鞘って重要だもん」
「そうなのか」
「そうだよ。主君とナイトメアの関係も、剣と鞘って例えられることが多いし。『我は鞘で主君は剣。二つが奏でる魂は、世界を駆る光なり』……ってね」
(そういえば、騎士王伝説の中にも鞘にまつわるエピソードがあったような……?)
エリスはそう思い出したが、目の前の彼に訊いても覚えていないだろうから、黙っておくことにした。
「訊きたいことがある」
「ん、どうしたの?」
「あんたが今読んでいる本は何だ」
「え、それ気になった?」
「フェンサリル……とやらではなさそうだが」
「そうそう、せっかくだから違う本を読んでたんだよね。これはね……『名も無き騎士の唄』」
当然ながら、アーサーは初めて聞く題名である。
「聖杯時代に存在した騎士が、困っている街の人を助けていくって内容の短編集。この騎士は名前はもちろん、性別も年齢も不明なんだって。色んな媒体で色んな描き方がされているの」
「何もかもがわからないのに、活躍だけが伝わっているのか」
「そうなの。不思議な感じだよね」
「……」
アーサーは、エリスが不思議だと言ったことに対して、何か思うことがあったようだが、
今の彼にはそれを言葉にするのは難しかったようだ。再び彼は『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を手に取る。
「アーサー、本を読むにしても休憩しながらね。ずっと文字ばっかり見てると疲れちゃうから」
「……」
「さっきからずっと紅茶飲んでるけど、ご用足しに行きたくなったりしない?」
「……」
「ふふ、無言で立ち上がった。やっぱり行きたかったんじゃーん」
あっという間に過ぎていく素っ気ない日常。けれどもそういう時間が一番大切なのかもしれない。
「今回は何借りることにしたんだっけ?」
「『イングレンス八神伝承』。歴史書の一つだな」
「ううむ……難しい内容じゃないといいな……でもアーサーと一緒に読むから大丈夫か」
「……」
そうして歴史書のコーナーに足を向ける。
その後目的の本も無事に発見できたが――
「あっ」
「ん?」
その本を手にしようとした、全く同じタイミングで、他の生徒も手を伸ばそうとしていた。
「えっと……」
「ああ、貴女もこの本を借りようとしていたの?」
「そうなんですけど……」
鉢合った生徒はとんがり帽子に低めのツインテール。帽子の中から、茶色の前髪が僅かに見える。
「……」
「ん? 私の顔じーっと見て、どうしたの?」
「えっと……どこかで見たことあるなって」
「どこか……」
「リリアン、目的の本は見つかったかな?」
つかつかと足音を立てて、一人の男がやってくる。
ギザギザ頭に黄色いスカーフが印象的。他の教師も着用しているローブに、彼もまた身を包んでいた。
「あーハスター先生。いや、見つけたはいいんですけど、かち合っちゃいました」
「ん、そうかそうか……君達は?」
「えっと、エリス・ペンドラゴンです。こっちがアーサーです」
「……」
エリスはお辞儀をし、アーサーは動じず二人を見つめている。
「ふむ……そうか。それならその本は君達に譲ろう」
「え、いいんですか?」
「構わないよ。どうやら君達は特別な事情がある――そう直感したからね」
「でも先生の研究はどうするんですか?」
「王立図書館の方に行けば何かしらあるだろう。手続きは面倒だが、そちらに行くとしよう」
「わかりました~。そういうわけだから、その本は貸してあげるよっ」
「ありがとうございます――」
その時、静かな図書館がざわついてくる。
「ハスターせんせーい!」
「きゃーハスター先生が図書室にいらっしゃるー!」
「先生こんにちはー!」
多くの女子生徒が一目散に駆け寄ってくるのだ。
「やっほー皆ー」
「やっほーじゃないわよリリアン! 先生と何やってんのよぉ!」
「いやー先生が今度『影の世界』の学会に論文出すらしくてさあ。そんな話聞いちゃったから、手伝うことにしたんだよね!」
「何それー! 私も手伝いますよ先生ー!」
「ははっ、人手が多いことには越したことはないなあ――」
そうしてどんどん生徒の波に埋もれていくリリアンとハスター。
エリスとアーサーはなし崩し的に蚊帳の外に追いやられていた。
「……あの先生、見るの初めてだったけど。一部の生徒に人気がある感じなのかな?」
「事実がどうであれオレ達の知ったことではない」
「そうだね……本も借りれることになったし。行こう行こう」
エリスはカウンターに足を向けるが、アーサーはすぐに動こうとしなかった。
「……? どうしたの?」
「いや……」
「……何でもない」
「ほんとに? 大丈夫?」
「取り留めのないことだから平気だ」
「ん、ならわかった」
取り巻きの生徒の一人が持っていた本――
確かにそれは、前にエリスが借りていったものと同一だった。
そして今一番気になっている本でもある。
(『フェンサリルの姫君』……)
(……今回は縁がなかった、か)
借りてきた本を読んでいたら、あっという間に夜が来た。
室内照明を点けて、暖色の明かりに包まれた中で、夕食を作ることに。
「また料理か」
「お昼は軽めで済んだけど、夜はそうはいかないよっ」
「……それで何を作るんだ」
「タリアステーキです!」
ばんと台所を叩くエリス。その先には玉ねぎ、パン粉、塩に胡椒に卵、そしてつるつるした容器に入った牛挽き肉が揃い踏み。
「……肉料理」
「そうですそうです。魚と迷ったけど肉にしました」
「……オレは何をすればいい」
「じゃあ玉ねぎを……刻んで!」
「……?」
一瞬言葉を詰まらせたのに引っかかりながらも、
玉ねぎをみじん切りにする作業をそつなくこなす、はずだった。
「……」
「……!」
「……!!」
「……何がおかしい」
「ぷぷっ、あはは……」
「くそっ、何なんだこれは……」
アーサーは何とか作業を終えた。涙で目を腫れさせながらも。
「ふふふ……」
「そこまで愉快か」
「ちが、違うよ……」
「だったら何だと言うんだ……」
「……」
「騎士王でも、玉ねぎで涙出るんだなあって……」
笑い泣きをしながら、エリスはパン粉の準備を進めている。
「……それだけか?」
「それだけだよ? でもそれだけで……」
「アーサーもわたしと変わらない、人間と同じなんだなあって……実感できるんだ」
「それが……嬉しい、かな」
「……」
彼女の言葉の真意を考えながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れる。
その後パン粉と挽肉、玉ねぎと卵を混ぜ、手で形を整えて焼く。
そんなこんなで三十分後。
「アーサーも焼くの上手くなってきたよね」
「……それぐらいで」
「それが重要なんだよ~」
じゅわっと焼き上げたタリアステーキ、彩りよく添えたサラダに、軽く火を通したバケット。
そして冷たい水で淹れた紅茶、セイロンティーである。
「今日はお菓子いっぱい買ってきちゃったね」
「……」
「どれが紅茶に合うかわからないから……色々試そうね」
「……」
「……え、ちょっと待って、嘘でしょ」
エリスが目を丸くするのも無理はない。アーサーは自分からティーポットを台所に持っていき、
紅茶を淹れ直して戻ってきたのだ。
「もう……まだいただきますもしていないのに……飲みすぎだよぉ~」
「……」
「こりゃあアーサー専用のティーポット買い足さないとだめだなあ。ふふっ」
「……そんなもの」
「だってわたしが紅茶飲めなくなるもん」
「……」
アーサーが再び紅茶をティーカップに注いだ所で、エリスが手を合わせる。
「マギアステル様、今日も美味しい食事をありがとうございます……いただきまーす」
「……」
少し間を置いた後、アーサーも手を合わせ、頭を下げる。そして今晩の夕食にありつくのだった。
「……」
「おいひ~。肉汁がじゅわって、じゅわって……」
「……」
「うぅん、産地直送はやっぱりいいなあ……食材から第三階層の味がするよ~」
「……訊きたいことがある」
数口食べた後、スプーンを持ったまま、アーサーは尋ねる。
「……なあに?」
「どうして……食べるという行為に、ここまで拘らないといけないんだ」
「……ん?」
「生きていく為に栄養を補給できれば……それでいいのではないのか」
「……」
エリスもスプーンを置き、アーサーの目を見てじっくりと伝える。
タリアステーキの焼き加減を見ている時と、同じぐらい真剣だった。
「……確かにそうだけど。でも食事って毎日することじゃん」
「そうだな」
「毎日同じだったらさ、飽きるでしょ。だからこだわって飽きないようにするの」
「……変化がないのは良いことだろう」
「それは安全に関わることだけ。常に危険ばっかりの状況よりは、ずっと安全な方がいいでしょ」
「……」
机に並んだ料理と、
「……安全、か」
紅茶を交互に見つめながら呟く。
「……変化を求めようとするということは、安全であると言っていいのか」
「ん、確かにそうとも言えるね」
「……あんたは今日の料理にオレを誘ったな」
「そうだねえ」
「普段一人で料理を行っていたが、変化を求めてオレを誘ったわけだ」
「そう……だね?」
「つまり……あんたは今、安全ってことだな」
「……」
「ぷぷっ……あははっ」
エリスはまたしても口に手を当てて笑い出す。
「……」
「もう、そんな目で見ないで……違う、違うの。そういう考え方もあるんだなあって思って、感心してるんだよ」
「……」
「アーサーって、ちょっと頑固な所あるけど……でもそれのおかげで、物事を違った視点から見ているんだなって思って、最近は面白くなってきたんだ」
「……面白いか」
「そうそう。だから……」
「アーサーだって、わたしの意外な一面を知ったら……笑うかもしれないよ?」
エリスは言葉を切って、口直しに紅茶を一口飲む。
「てかアーサー、もう食べちゃいなよ。冷めて美味しくなくなっちゃう」
「……食事の約束」
「一口三十回だからね?」
「……そうだな」
腹もいっぱいになった、けれども風呂に入るにも寝るにもまだ時間がある。
そういう時は趣味の時間。二人はリビングにいて、互いの姿を認識しながらも、別々に本を読んで過ごしていた。
「アーサー、何の本読んでるの?」
「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ」
「ふふ、またそれ読んでる。あ、わたしが宿題出してるせいかな?」
「……感想については、まだ時間をかけないと捻出できない」
「そんな形式的にやらなくても、忘れちゃっていいんだよ? ただアーサーが本を読むきっかけがほしかっただけだから」
「……」
紅茶と苺をつまみながら、ぱらぱらと頁を捲っていく。
「どう? その本読んで、世界について知れた?」
「……平原から荒野まで。砂漠から北国まで。様々な地域がイングレンスにあることが理解できた」
「うんうん。てかもうそれが感想でいいよ」
「……」
「……オレは」
「オレ自身の興味で、この本を読んでいる」
突然の告白に目を丸くするエリス。
「……そっか。手元に置いて何度も読みたい程、気に入ったんだね」
「……」
「だったら本屋さんに行って買おう。いちいち図書室にいって延長申請するの面倒臭いしね……次のお休みはそうしよう。いい?」
「……ああ」
すると突然、アーサーの足元に座っていたカヴァスが、ワオーンと吠えた。
「何だ」
「ワンワン!」
「……苺か?」
「ワオーン!」
「……」
ヘタを取って果実を与えると、忠犬は美味しそうに食べる。
「犬って苺食べられたっけ?」
「知らない」
「ふーん。でもナイトメアだし、普通の犬とはまた違うのかも……」
ふとエリスがカヴァスを見ようと本から顔を上げると、
目に付いたのはアーサーの鞘であった。
「あれ、その鞘……今光ったような」
「そうか?」
アーサーは鞘を腰から外しそれを机の上に置いた。エリスは一旦読んでいた本を置いて、一緒にそれを観察する。
「わあ、見事な装飾だ。照明に照らされて光ったのかな」
「……」
無骨で無愛想で無表情な剣士に仕えているとは思えないぐらいの、豪華で豪勢で豪奢な装飾。
材質は今や貴重な貴金属、なだらかな曲線は腕利きの職人でないと生み出せないだろう。その形状は遥か昔の、聖杯によって栄えた時代を想起させるものであった。
「でも鞘が豪華なのは納得いくなあ。剣と同じぐらい鞘って重要だもん」
「そうなのか」
「そうだよ。主君とナイトメアの関係も、剣と鞘って例えられることが多いし。『我は鞘で主君は剣。二つが奏でる魂は、世界を駆る光なり』……ってね」
(そういえば、騎士王伝説の中にも鞘にまつわるエピソードがあったような……?)
エリスはそう思い出したが、目の前の彼に訊いても覚えていないだろうから、黙っておくことにした。
「訊きたいことがある」
「ん、どうしたの?」
「あんたが今読んでいる本は何だ」
「え、それ気になった?」
「フェンサリル……とやらではなさそうだが」
「そうそう、せっかくだから違う本を読んでたんだよね。これはね……『名も無き騎士の唄』」
当然ながら、アーサーは初めて聞く題名である。
「聖杯時代に存在した騎士が、困っている街の人を助けていくって内容の短編集。この騎士は名前はもちろん、性別も年齢も不明なんだって。色んな媒体で色んな描き方がされているの」
「何もかもがわからないのに、活躍だけが伝わっているのか」
「そうなの。不思議な感じだよね」
「……」
アーサーは、エリスが不思議だと言ったことに対して、何か思うことがあったようだが、
今の彼にはそれを言葉にするのは難しかったようだ。再び彼は『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を手に取る。
「アーサー、本を読むにしても休憩しながらね。ずっと文字ばっかり見てると疲れちゃうから」
「……」
「さっきからずっと紅茶飲んでるけど、ご用足しに行きたくなったりしない?」
「……」
「ふふ、無言で立ち上がった。やっぱり行きたかったんじゃーん」
あっという間に過ぎていく素っ気ない日常。けれどもそういう時間が一番大切なのかもしれない。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
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