ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第40話 幕間:カタリナとイザーク

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 アーサーとハンスの一騒動から時は過ぎ、暦は七月になった。

 淀んだ空から一転、さっぱりとした晴れ空が世界を覆う。生徒達の服装も白く涼しさを重視したものになり、太陽はさらにその輝きを増していく。

 そんなある日のこと。イザークは小さい袋をサイリに持たせ園舎を昇っていた。





「ここだなぁ~裁縫室」


 扉を開ける前に窓ガラスからそっと中を覗く。


「あ、あの……」
「……ん、何?」
「えっと、鋏貸してください」

「わかった~」
「あ、ありがとう……」
「別に勝手に持って行っていいのに」
「……」


 そそくさと戻るカタリナを他の生徒達は訝しそうに見つめている。



 そんな光景を見届けた後、大声を上げて扉を開けた。


「よしよし……たのもーぅ!」



 女子しかいない部員達は全員驚き、イザークを凝視している。



「うっすうっす。そこにいるカタリナちゃんに用があるんすけど、いっすか」
「い、いいけど……カタリナ、お客さん」


 カタリナはすぐに立ち上がり駆け寄ってきた。


「……あいつ、あんな知り合いいたんだ」
「何考えてんのかわかんないし……ぼっちそうって思ってたけど」
「というかナイトメアがブサイクだし……」
「こら、そういうこと言わない!」





 自然とそんな会話に向かって耳が傾いていたイザーク。そしてそれを聞くのに集中していたため、カタリナが来たことには咄嗟に気付けなかった。


「……イザーク、何の用?」
「うおっ! 気付かなかった、悪りい悪りい。それで本題なんだけど、大分前に言ったプリンの店。覚えてる?」
「あ、うん……ごめんね。忙しくてまだ行ってない……」
「いいのいいの。一回見にいってみたけど、スゲー並んでいたから。それで今日覚悟を決めて並んできた。そしたらテイクアウトもやってることが判明してさあ――」


 イザークの隣にいたサイリは、袋を持ち上げカタリナに見せ付ける。


「それでこれあげるーって思ったんだけど……どうよ。折角だから外で食べない?」
「……エリスとアーサーの分は?」
「あいつらにはもうやってきた。家に戻ってから食べるってさ。そこは心配ないぜ?」
「……」



 カタリナは口を噤んだまま、恐る恐る先輩部員の方を見遣る。



「いいよ~。この活動はあまりリアル事情追求しないから。行ってきていいよ」
「……す、すみません」


 カタリナは会釈をして荷物を取りに向かう。


「性格暗いのに合わせて、あの色合いだしねえ」
「色合い? 流石にそれ叩くのはひどない?」
「知らないの? 深緑と紫って組み合わせは、不幸を呼ぶんだって。だから誰もそのコーデしないんだよ。それなのに、どうよ?」
「……確かに、ストレートであの見た目って人、少ないかも……」



(……あーあ。やっぱり女子はなあ……やりにくいよなあ)


 一人だけになっているカタリナの席、微妙な距離が空いた場所に隔離されているカタリナの鞄を見ながらイザークは待つ。





「お待たせ……それでどこに行くの?」
「そいつが決めてねえんだ。適当に他の課外活動でも回ろうぜ」
「う、うん……」
「んでこれが件のプリン。セバスン持っとけよ」
「了解いたしました」


 袋からプリンの瓶を一つ取り出し、セバスンに渡す。


「スプーンが引っ付いているから立ちながらでも食えるぞ。どうする?」
「……どこか適当な場所で座って食べたい」
「オッケー、んじゃどこ行くかな」


 イザークは五階中を見回した。


「目の前にあるのが新聞部の部室だっけ。今日はやってねえのかな」
「……何か、いつも騒がしいよね」
「言えてる気がする。で、階段の隣にあるのが生徒会室」
「生徒会かぁ……」
「顔出してみる? 出した所ですぐに追い返されそうだけど」
「うん……いいや」


 二人は下階へ降りていく。





「……オマエさー、何で手芸部入ったの?」
「え、何急に……」
「いやさ……ちょっと気になったんだよ。何かこう……上手くやれてるのかなって」


「……上手くやる為に入ったわけじゃないから。あたし、手芸が趣味なんだ」
「マジで? じゃあ何か小物とか作ってる感じ?」
「うん。ポシェットとか髪飾りとか、何個かね」
「得意分野で決めたってことね。 成程……」


「……手作業していると落ち着くんだ。集中できる。殺すこと殺されること、死という事象を直視しなくていいから」
「それはそ……え? 何だって?」



 カタリナに訊き返す間もなく、講堂に到着したので雰囲気も切り替わる。



「おおーやってるやってる」
「いいのそんなことして……?」


 頭だけを中に入れ、様子を流し見する。壇上では演劇部、手前の運動場では曲芸体操部の生徒達が、今日も熱心に練習をしていた。





「……何だ君達は」



 突然襲う背筋が凍る感触。


 それを感じて後ろを振り向くと、銀髪碧眼の生徒が立っていた。



「いや、練習してるなーって思って……」
「彼らは集中しているんだ。それを妨害するのは良くないことだと思うが」
「そ、そっすね……気を付けます」
「わかってくれればいい……」


 生徒は体育館の奥に目を遣る。


「……失礼する。いきなり済まなかったな。だが彼らのことも理解してやってくれ」


 生徒はその場を立ち去っていった。




 そんな彼と入れ違いに、女生徒が駆け寄ってくる。見知った顔だった。


「……やっぱり。イザークにカタリナじゃん。何やってんの?」
「リーシャじゃん。オマエ掛け持ちしてんのか」
「うん。ねえ、さっき誰かと話してなかった?」
「何か妨害になるからさっさと帰れって言われたよ」


「……その人って、特徴とか覚えてる?」
「特徴? すっげー綺麗な銀髪と碧い目だったよ」
「……」



 若干俯き、黙り込むリーシャ。



「え? 知ってる人?」
「……うん。ちょっとね! それよりこれからどうするの?」
「うーん。何か邪魔すんのも悪いしもう別の所行くわ」
「そっか、それじゃね!」


 リーシャも体育館の奥に向かい、活動に戻っていった。


「不思議な人だったね……」
「曲芸体操部の関係者なんかなあ」





 そして特に見るものもないまま、プリンを食べられるような場所は見つからず、園舎から出ることとなった。


「あー外だ外だ。天丼カツ丼どんより曇り空だー」
「ごめん、意味が分からない」
「……いや、わかんなくていいよ?」


 微妙な空気感の中生徒達の声が聞こえてくる。演習場の方角からだ。


「……演習場で何かやってるのかな?」
「あー、そういえば武術部と魔術研究部があるって言ってたな」
「そうなの?」
「授業外でも戦闘能力を高めたいという連中の集まりだ。行ってみようぜ」





「おんどりゃー!」



 女子生徒の放った斧の一撃が木の的を破壊する。


 そのまま刃が地面を叩き付け、土と鉄がぶつかった。



「……ふぅん!」


 また別の場所では男子生徒の鉄拳が、木の的を中央から破壊する。一瞬大気の流れが変わり、生徒の髪を逆立てる。





「よーしルシュドー、休憩すっかー」
「そ、そうだな」
「クラリアも休憩だ。今ので壊したの百個目だぞ」
「なんの! アタシはまだいけるぞー!」

「心が良くても身体が悪ければ全て駄目になる。いいから休め」
「お、おれ、一緒。休む、しよう」
「ぶー……そう言われちゃ仕方ねえ……」



 ルシュドとクラリアは屋根の着いたベンチに座り、ごくごくと水を飲む。



「ぷっはー! 水うめえええええ!」
「……すごい」
「ん!? 何がだ!? アタシの斧捌きか!?」
「え、えと、違う」
「じゃあ何だ!? アタシの耳か!? 尻尾か!? それとも全部か!?」
「わわわっ……!」


 ルシュドの顔面にどんどんクラリアが迫っていく。


 その間にクラリスが入り込み、押し込んで遠ざけながら制する。


「クラリア……どうやら彼は違う理由みたいだぞ。先ずは話を聞け」
「むむむ……よし、話を聞くぜ!」
「え、えと……」


 ルシュドは完全に委縮し、ジャバウォックを見つめる。


「ここはまあ……仕方ねえな。あんなに訓練したのに水ゴクゴク飲んで、全然疲れていないように見えるのが凄いってさ」
「そうか! でも兄貴にはまだまだ敵わないんだぜー!」

「……兄ちゃん?」
「そうだ! 強くて賢い立派な兄貴が二人もいるんだ! アタシの目標はいつか兄貴を追い抜くことだ!」
「すげーこと言ってんなオマエ」



 そうして座っていた二人にイザークとカタリナが近付いてきた。


 彼らは軽く手を上げ、声をかけてくる。



「く、クラリア……こんにちは」
「カタリナ! お前こんなところにどうした!?」
「その……お散歩だよ」

「散歩か! じゃあ散歩ついでに訓練しようぜ訓練!」
「ええ、それはちょっと……」
「カタリナ、武術部、違う。だから、だめ」

「……ぶー。じゃあそっちのお前は!?」
「ボクインドア派なんでダメっす!」
「何だよつまんねーなー!」


 クラリアは頬を膨らませる。子供のような無邪気さがそこにあった。


「ていうか初めましてだわ。ボクはイザーク、こっちの黒いのがサイリだ」
「おう、確かに初めましてだな! アタシはクラリア! この小さいのがクラリスだぜ!」
「……クラリス、だ。よろしくな」
「おうおう、どうやら小さいって言われたことが効いているようで……」



 そんな四人の所に、灰色の狼耳の男性が近付いてくる。



「お疲れ様二人共。そちらの二人はお友達かな?」
「おお、ヴ……先生! お疲れ様だぜ!」
「こんちはっすクラヴィル先生。今散歩で課外活動巡ってたんすよ」

「そうかそうか。それならこの後訓練を見ていかないか?」
「いいんすか?」
「あまり近いと怪我するからな、ここのベンチから遠目に見るぐらいならいいぞ」



 確かにその通り、ベンチから離れた場所、園舎に近い所。そこで他の生徒が熱心に訓練に励んでいるのが見える。



「じゃあ……ここでプリン食うか?」
「そうしようか」
「プリンだと!? アタシも食いたいぞ!」

「残念ながらオマエの分はないんだ。第二階層の『たまごハウス』って店に行ってみろよ」
「わかったぜ! それで店の名前は何だ!?」
「……クラリス、オマエよくコイツのナイトメアがやれるな?」
「ああ、結構言われるよ……」



 カタリナとイザークの二人と入れ違いに、ルシュドとクラリアが立ち上がる。同時にジャバウォックとクラリスも気合を入れた。



「よーし元気復活! 訓練再開だぜー!」
「……あと二回。頑張る」
「よし、行くぞクラリア!」
「気張って行こうぜ、ルシュド!」


 三人と一匹は中央に建てられた木の的の大群に向かっていく。




 そしてクラヴィルはイザークの隣に座り、ポケットから葉巻を出して火を点ける。


「シャレてますね先生」
「父と兄の影響でね。何となく吸うようになった」
「先生のお父さんとお兄さんだと、めちゃくちゃ筋肉凄そうです」
「父はそうだったかもしれない。だが兄は俺とは真逆でね、武術はからっきしだがその分魔法が上手で頭が回る」
「へぇ……不思議な兄弟ですね」
「はっはっは」



 談笑している隣で、カタリナは瓶の中のプリンを美味しそうに食べている。



「どうだい格闘術の授業は? 何か不満点とかこうしてほしいって所はあるかい?」
「いや特に……寧ろボクみたいな才能ないヤツにもスゲー親切で、先生でありがたいぐらいっす」
「こらこら、才能がどうとか言わない。聖杯時代の馬上槍試合トーナメントとかに出るならまだしも、一年生で基本を学んでいる段階だぞ? 才能があるかすらもわからないんだから」
「……そっすね」

「それでも何かわからない部分があったら遠慮なく言ってほしい。個別訓練も受け付けるぞ」
「……一年って実技はないんですよね? 二年生以上はあるみたいですけど」
「だが実際に身体を動かしてみて覚えるってこともあるからな。最も今は混み合ってる状態だが……」
「……考えておきますよ」



 そこでふと隣のカタリナに目を遣るイザーク。


 彼女は満腹そうにプリンの空き瓶を抱えて訓練の風景を見つめていた。



「……君、名前は?」
「ひゃあっ!?」
「あ、先生。彼女いきなり話しかけるとびっくりするんで、何か一声かけてあげてください」

「そうか。済まなかった。俺はクラヴィル。格闘術と、それから剣術も担当している。ナイトメアのアネッサは向こうで生徒達の相手をしているぞ。あの派手な配色の亀だ」
「ふ、二つも。凄いです。あたしはカタリナでこっちがセバスンです」
「そうか、よろしく……君は武術部に興味はあるかい?」
「武術部……」


「知っての通り、学園の規則では女子は家政学を取らないといけないことになっている。だが女子でも武術を学びたいという生徒は一定数いてな。そのような生徒のために作られた課外活動だ」
「……そうなんですか」
「活動日は月水金。因みに火木は魔術研究部が活動しているぞ。まあそれは置いておいて、どうだろうか?」

「……今は、手一杯、ですね……」
「そうか……そうだな。まあ気が向いたらまた来てくれ。部員一同一日限りの参加でも歓迎してくれるさ」
「はい……」



 三人がそんな話をしている間にも時間は進んでいく。



(……この間も短剣なんて持ってたし。武術の心得あんのかな)


 ということを思いながら、イザークはカタリナの真剣な横顔を見つめていた。
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