黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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「このたびは、うちの愚息が申し訳ありません」

机に両手をつき頭を下げ、父親は謝罪した。だが心からの謝罪というより、交渉前のジャブのようなニュアンスを含んでいる。

「具体的に、どのような解決をお望みでしょう?」

「さきほど申し上げたように、息子さんは専門家の助けが必要です。ですが、ご本人の意思で治療なりカウンセリングなりを受けるのは難しいでしょう」

俺はチラリとと地田を見やる。何かを発しようとしたが、父親から視線で「お前は黙ってろ」と釘を刺され、また口を金魚のようにパクパクさせるだけに留まった。

「つまり私たちが息子を精神病棟にでもいれろと?」

「どのような形式をとるかはお任せしますが、とにかく東京に戻さないでいただければと思います」

「はあ、しかしですな、息子は成人していますゆえ強制するのは難しいかと」

「そうは思えませんね。息子さんはあなたに逆らえないように、先ほどから見受けられます」

「ですがねえ、そこまで大袈裟な話ですか?この書類を見たところ、いまのところ犯罪らしい犯罪はないようですが?」

「犯罪らしいなにかが起こってからでは遅い、と考えてのことです」

俺の言を受けて、父親はほんのわずかに口角を上げ、続けた。

「それでしたら、ひとまず警察に相談するのが筋かと思いますな」

やっぱりそうくるよな。本業は不動産投資家で、いまは市長選に立候補中なだけに、折衝ごとはお手の物ってわけか。

だがここで怯んではわざわざ静岡まで来た意味がない。俺はできれば切りたくなかったカードを切ることにした。

「ところで、市長選は順調なようですね?」

急に話を変えた俺に対して、父親は警戒心をあらわにした。

「何故いきなりその話を?」

「支持率でいうなら、市議会議員出身の田畑さん…でしたっけ?その方とトップ争いしているとか。いやあ、議員経験なしでそこまでいくなんて凄いですね」

「何が仰りたいんでしょう?」

「そんななかで、スキャンダルが発覚したら困りますよね?例えば…」

俺は言葉を切り、ひとつ深呼吸して告げた。

「候補者の息子が、女子高生を金で買ってたとかね」

「脅してるのか!?」

父親は敬語を忘れ、机を軽く叩いた。両端にいる息子と妻がビクッと反応した。おっかねえなあ、でもつまりは痛いところをついたってことだ。

「そうとってもらっても構いません。脅迫で訴えるならお好きにどうぞ」

嘘です。訴えられたマジで困ります。だがもう後に引けないのだ。

「スートーカー事件が最悪の結末を迎えたケースは、ニュースなどでご覧になったことがあるでしょう?俺はそうなりかねないと思っているからこそ、ここまでやっているんです」

「だから、大袈裟だと…」

「本当にそう思いますか?息子さんは金で買った女子高生にプロポーズしました。それも何百万としそうな婚約指輪まで用意したそうです」

俺は父親の前にある書類の、地田と杏子のやりとりをプリントした箇所を指差し、続ける。

「彼女は無理だとはっきり断ったのに、ここまで執拗につきまとっています。それも市長選の手伝いで忙しい最中にも関わらずです」

母親はとうとう顔を覆って嗚咽した。地田は真っ青な顔になって、呆然と俺を見ている。

「自分の息子がまさかそこまで、と思いたい気持ちはわかります。しかし当事者である杏子からすれば、命の危機すら感じるほどなんです」

俺は中腰になり、机の上に片足を乗せ、書類に目を落としている父親に近づき、襟首をつかんで無理やり上を向かせた。

「な、なにを」

動揺する父親の瞳に映る、自分の姿がはっきりと見えるくらい顔を近づけた。そうして、しっかりとその目を捉えた。

「俺はあなた方にそこを理解してもらうために来ました。そしてご理解いただけないようなら、理解してもらうために、どんなことでもする覚悟です」

「失礼」と言って手を離し、机から降りてあらためて席に着いた。

「ここで納得いく解決ができないなら、すぐに田畑さんの選挙本部に足を運び、情報をリークする準備が俺にはあります。それと当然ながら、もしも息子さんのストーカー行為がエスカレートするようなら、警察にだって行きます。命には変えられませんから」

議員経験なしで市長になろうというのだから、地元ではかなり名が知れているはずだ。人脈や人望も相当なものなんだろう。

だが、息子がパパ活相手をストーカーして逮捕というニュースは、全てが崩壊しかねないほどのスキャンダルだ。

田舎では地元民のニュースはすぐに出回る。俺も田舎出身だから、よく知っていた。

なにせ俺のお袋なんか、卒業後はまったく付き合いの無いーお袋自身は面識すらないー俺の中学時代の同窓が、子供を産んだことまで知っているんだからな。

カードは全て使い切った。あとは父親の決断次第だ。

俺の覚悟を聞きとげ、彼は少し目を瞑った。思案しているというより、決断するための心の準備をしているような、あるいは何かを諦めたような顔だった。

そして口を開きかけたところで、彼の隣の人物が立ち上がり、机に乗り上げ、俺に迫ってきた。

「邪魔するな、邪魔するな、邪魔するなああ!」

理性が完全に吹き飛んだ地田は、俺の首に両手をかけた。

「やめてよ!!」

杏子が声を上げて、彼を止めようとした。だが首にかかっている手は緩まることなく、ググッと俺の頸動脈を圧迫していく。

もちろん俺も引き剥がそうとしたが、想像以上に力が強い。タガが外れた人間っていうのは、こんなパワーがでるもんなのか。

それにしても、首を絞められるなんて経験、普通は一生のうちに一度あるかないかだろう。なのに俺は、この二ヶ月で二度目である。

まったく、何の因果なのかね…また白んでいく意識の中で、俺は現実逃避気味に、そんなことを思った。
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