黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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「ぎゃ!?」

世紀末の小悪党のような地田の驚声が聞こえた。すると首の圧力が消え、肺が貪るように空気をとりこみ、激しく咳き込んだ。

「ゴホッ、ゴホッ」

「岩城さん!大丈夫!?」

床に手をついて、喘ぐ俺の背を杏子がさすってくれた。

何が起こったか確認するため、顔を上げると、まず父親が仁王立ちしている。次にその足元に地田が転がっていた。

地田は頬を抑え、涙目になりながら、呆然と父親を見上げ、例によって口をパクパクさせていた。

どうやら、父親にグーで殴られたらしい。

「地田様!?どうなさいましたか!?」

襖の向こうから女将の声がかかり、ガラッと開いた。これだけ騒げば当然だろう。

不味いな、警察でも呼ばれたら、なあなあにされかねない。

だが父親は冷静に女将にら告げる。

「すまない、少々拗れてしまってね。もう心配ないよ」

「は、はあ…」

「それと悪いけど、今日は食事どころじゃなくなってしまったから、料理はキャンセルしてくれ。もちろん、代金は払う」

と言い、父親は黒革の二つ折り財布の中から真っ黒なクレジットカードを取り出し、女将に手渡した。

あれが、選ばれし者だけに与えられるカード…戦車も買えるっていうのは本当だろうか?

「迷惑料で色をつけてくれてもいいから、もう少しこの部屋を使わせてもらえないかな?」

女将は少し逡巡したものの、「かしこまりました、ですがくれぐれも穏便に願います」と頭を下げた。

「本当にすまない、埋め合わせは必ずするから。料理長にも謝っておいてくれ」

やり取りからして、父親はこの店の常連みたいだ。おかげで大ごとにならずに済んだ。

女将が退室したのちに、父親はあらためて俺に向き直り、その場で膝をつき、土下座した。

「あらためて、うちの愚息が本当に申し訳ありません。先ほどまでのわたしの態度も、併せてお詫び申し上げます」

今度は、なにも含まれていない、純粋な誠意のこもった謝罪だった。

「ご理解いただけた…と解釈してもよろしいでしょうか?」

「むろんです」

「どうか顔を上げてください」

俺と父親はあらためて向かいあった。

彼の瞳もまた、涙で潤んでいるようだ。母親の方は、号泣といってもいいくらいの有様だ。

ふとこの夫婦がお揃いのデザインの時計をしていることに気づいた。

シンプルなデザインだが、素材はプラチナで、文字盤にダイヤをあしらっていて、新品で買えば500万はくだらない代物だ。

さっきのクレカといい、融通がきくほど料亭の常連であることといい、人から羨望され、ときに妬みもされるような、人生の成功者だ。

だが、今の二人を見て羨ましいと思う人は少ないだろう。

人生は皮肉で無慈悲だ。

人並み以上の豊穣に対してーそれが運の恵であれ、努力の果てであれーどこかで帳尻を合わせにこようとする。

金があれば生活はきっと楽になるんだろう。だからといってが楽になったりはしないんだな。

内心でひっそりと、二人に同情しながら、俺は具体的な話を進めた。

「息子さんをどうされるつもりでしょう?


「おっしゃるとおり専門家の治療を受けさせます。もちろん、東京には帰しません」

父親の決意を聞き、呆然としていた地田が我にかえり、縋るような声で抗議した。

「父さん…そんなの嫌だよ、ぼ、僕は絶対に帰るから!」

俺は父親に「と、言っていますが?」と目で訴える。

「こいつの収入源であるマンションの収益を全て取り上げます」

「そんな…」

父親の言葉に、地田は今日イチ絶望的な声を発した。

「可能なんですか?」

「所有者はあくまで私なので、金を振り込む先を変更するだけで済みます。それとこいつの住まいもそのマンションの中の一室なので、たったいまから立ち入りを禁じます」

マジか、収入源だけでなく住居まで、父親におんぶに抱っこだったなんて…なんだか見た目以上に闇深そうな一家だな。

だがいまはそんなことはどうでもいい。

「手続きはどれくらいかかりますか?」

「明日の朝イチで秘書に手配させましょう」

「では、その秘書さんに電話で指示してください。いま、ここで」

父親はひとつ息をついて目をつむり、ためらいがちに「…はい」と返事した。

一晩経って気が変わられても困るからな。

彼はスマホを取り出し、電話をかける。

「ああ、夜分遅くにすまないな、明日の朝に大至急やってもらいたいんだが…」

父親が電話でやりとりしているあいだ、地田は地面に突っ伏し、顔を上げられずにいた。

さすがにもう、戦意は無さそうだ。

何はともあれ、ひとまず解決か。そう思った瞬間、体中の力がドッと抜け落ちていく感覚がした。

背後にいた杏子の手が俺の両肩にポンと置かれた。後頭部に彼女のおでこがコツンと当てられる。

そして「もう帰ろ」と呟く声が耳に届いた。霧のように儚い声だった。
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