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それにしても、よく実現したもんだ。
まるでシャーベットのように凍りついた空気のなか、俺はふと思った。
脳裏に一週間前の出来事が蘇る。
「あのね、その、け、結婚するならさあ、ご両親に挨拶しとかなきゃてきな…やっぱ難しい?」
ファミレスで地田に電話をかけた杏子は、ひどく言いにくそうだった。
俺も自分で思いついておいてなんだが、流石に無理があると踏んでいたのだが。
「え!?いいの!?」
「は?」
つい俺までリアクションしてしまうほど、即答でオーケーを出されたのである。
「う、うん、月末ね、ぜ、せんぜん空けるよ、もちろん」
「場所はどこでも…うなぎ?うん、好きだよ。おけ、店の名前はあとでメッセちょうだい」
「うん、アタシも楽しみ、ああごめん、お風呂沸いたみたいだから、またあとで、うん、じゃあね」
半ば強引に電話を切った杏子は、呆然とした顔で俺を見た。俺も似たような顔をしていたことだろう。
こうして、月末に地田が東京に帰るから、そのついでに静岡の料亭で顔合わせし、終わったら東京まで一緒に帰ろうということで、話がまとまったのである
「おい!なんなんだあんた!?冗談のつもりか!?」
そして今、この場をセッティングした本人は、いち早くフリーズ状態から解凍し、俺に食ってかかった。
冗談のつもりかときたが、それはこっちのセリフだと言いたい。
アラフォーにさしかかった男が、現役女子高校生と結婚したいだなんて、両親にそうそう打ち明けられることじゃない。
ましてや市長選に出るような父親相手に。
ましてやその相手とはパパ活で知り合ったわけだしな。
だから流石に両親に会いたいだなんて頼みが、聞き入れられるとは思わなかったのに、実際にはあっさりと実現してしまった。
「冗談ではありません」
「ふざけるな!僕らは真剣に付き合ってるんだ!この席だって彼女の方から提案したんだからな!ね?そうだよね?杏子ちゃん?」
縋るように杏子に問いかける地田だったが、彼女は顔を逸らし口をつぐんだ。
「ほら見ろ!杏子ちゃんも驚いて何も言えなくなってるじゃないか!!」
どうしたらここまで自分に都合の良い解釈ができるんだ?
恋は盲目なんて言葉じゃおさまらない、いや、その成れの果てとは言えるのかもしれん。
俺はいま人間の剥き出しの狂気を目の当たりにしているんだな。
「少し黙れ!」
喚き続ける息子を、父親が一括した。
地田は憤慨を顔に残しつつも、口を結んで矛を収める。
思ったとおり、親子の力関係は圧倒的なまでに父親優位なようだ。絵に描いたような七光なのだから当然だろう。そう踏んだからこそ、わざわざ嘘をついてまで両親を呼び出してもらったのだ。
父親は俺が渡した書類を見ながら、眉間の皺をますます深くし、綺麗に整ったオールバックのロマンスグレーの髪を、グシャグシャと掻き乱した。
母親はずっと口元に手をやったまま、固まっている。
二人が見ているのは、杏子と地田のメッセージのやり取りをプリントアウトしたものであり、彼のストーカー行為をつまびらかにするものだから、ショックを受けるのも無理はないだろう。
「見ておわかりの通り、息子さんは探偵かなにかを雇って彼女を尾行させていました」
「その前から何度アタシがブロックや着拒しても、番号変えて連絡してきたんです」
俺と杏子は畳み掛けるように、被害を訴えた。
母親はもはや涙ぐんでいて、父親はこれ以上ないほど苦悶の色を浮かべている。
地田はというと、杏子が俺の援護射撃をしたことが意外(彼にとっては)だったのか、口をパクパクさせ、彼女の方を凝視していた。
だいぶ効いているようなので、俺はいよいよ詰めに入る。
「彼の行為は明らかに常軌を逸しており、専門家の助けがいるかと存じます」
「さっきからベラベラと…たかが親戚が…無関係のやつが出しゃばるなよ」
さっきより声は抑えているが、ワナワナと震える怒りを込めて、地田が言葉を発した。
「たしかに俺は無関係です。しかしこうなっては彼女も関係ありません。これは息子さん個人の問題です」
俺は徹底して父親に言葉を投つづけた。息子の方は、おそらく話が通じないから。
そしてまずは母親が杏子に問いかけた。
「あの、息子とはどうやってお知り合いになったのかしら?」
「それはいま関係が…」
「いいよ、答えるよ」
話を戻そうとした俺だったが、杏子が遮る。
「アタシと彼は知り合いの紹介で知り合いました。新しいパパ活の相手というか、昔の言い方だと援交?あと売春?てきなやつで、とにかくお金をもらってセックスするやつです」
母親は「ああ、なんてこと」と絶望的な声をあげる。父親は「んん」という唸りとともに渋面したが、同時に目の奥が光った気がした。
気づかれたかもしれない。
杏子と地田の関係について明らかにしたことで、より問題の深刻さを伝えることはできたが、それは同時にこっちもこっちで警察に頼りにくい立場なのを知られてしまうことでもあった。
少し思案したのち、父親が重たい口を開いた。
まるでシャーベットのように凍りついた空気のなか、俺はふと思った。
脳裏に一週間前の出来事が蘇る。
「あのね、その、け、結婚するならさあ、ご両親に挨拶しとかなきゃてきな…やっぱ難しい?」
ファミレスで地田に電話をかけた杏子は、ひどく言いにくそうだった。
俺も自分で思いついておいてなんだが、流石に無理があると踏んでいたのだが。
「え!?いいの!?」
「は?」
つい俺までリアクションしてしまうほど、即答でオーケーを出されたのである。
「う、うん、月末ね、ぜ、せんぜん空けるよ、もちろん」
「場所はどこでも…うなぎ?うん、好きだよ。おけ、店の名前はあとでメッセちょうだい」
「うん、アタシも楽しみ、ああごめん、お風呂沸いたみたいだから、またあとで、うん、じゃあね」
半ば強引に電話を切った杏子は、呆然とした顔で俺を見た。俺も似たような顔をしていたことだろう。
こうして、月末に地田が東京に帰るから、そのついでに静岡の料亭で顔合わせし、終わったら東京まで一緒に帰ろうということで、話がまとまったのである
「おい!なんなんだあんた!?冗談のつもりか!?」
そして今、この場をセッティングした本人は、いち早くフリーズ状態から解凍し、俺に食ってかかった。
冗談のつもりかときたが、それはこっちのセリフだと言いたい。
アラフォーにさしかかった男が、現役女子高校生と結婚したいだなんて、両親にそうそう打ち明けられることじゃない。
ましてや市長選に出るような父親相手に。
ましてやその相手とはパパ活で知り合ったわけだしな。
だから流石に両親に会いたいだなんて頼みが、聞き入れられるとは思わなかったのに、実際にはあっさりと実現してしまった。
「冗談ではありません」
「ふざけるな!僕らは真剣に付き合ってるんだ!この席だって彼女の方から提案したんだからな!ね?そうだよね?杏子ちゃん?」
縋るように杏子に問いかける地田だったが、彼女は顔を逸らし口をつぐんだ。
「ほら見ろ!杏子ちゃんも驚いて何も言えなくなってるじゃないか!!」
どうしたらここまで自分に都合の良い解釈ができるんだ?
恋は盲目なんて言葉じゃおさまらない、いや、その成れの果てとは言えるのかもしれん。
俺はいま人間の剥き出しの狂気を目の当たりにしているんだな。
「少し黙れ!」
喚き続ける息子を、父親が一括した。
地田は憤慨を顔に残しつつも、口を結んで矛を収める。
思ったとおり、親子の力関係は圧倒的なまでに父親優位なようだ。絵に描いたような七光なのだから当然だろう。そう踏んだからこそ、わざわざ嘘をついてまで両親を呼び出してもらったのだ。
父親は俺が渡した書類を見ながら、眉間の皺をますます深くし、綺麗に整ったオールバックのロマンスグレーの髪を、グシャグシャと掻き乱した。
母親はずっと口元に手をやったまま、固まっている。
二人が見ているのは、杏子と地田のメッセージのやり取りをプリントアウトしたものであり、彼のストーカー行為をつまびらかにするものだから、ショックを受けるのも無理はないだろう。
「見ておわかりの通り、息子さんは探偵かなにかを雇って彼女を尾行させていました」
「その前から何度アタシがブロックや着拒しても、番号変えて連絡してきたんです」
俺と杏子は畳み掛けるように、被害を訴えた。
母親はもはや涙ぐんでいて、父親はこれ以上ないほど苦悶の色を浮かべている。
地田はというと、杏子が俺の援護射撃をしたことが意外(彼にとっては)だったのか、口をパクパクさせ、彼女の方を凝視していた。
だいぶ効いているようなので、俺はいよいよ詰めに入る。
「彼の行為は明らかに常軌を逸しており、専門家の助けがいるかと存じます」
「さっきからベラベラと…たかが親戚が…無関係のやつが出しゃばるなよ」
さっきより声は抑えているが、ワナワナと震える怒りを込めて、地田が言葉を発した。
「たしかに俺は無関係です。しかしこうなっては彼女も関係ありません。これは息子さん個人の問題です」
俺は徹底して父親に言葉を投つづけた。息子の方は、おそらく話が通じないから。
そしてまずは母親が杏子に問いかけた。
「あの、息子とはどうやってお知り合いになったのかしら?」
「それはいま関係が…」
「いいよ、答えるよ」
話を戻そうとした俺だったが、杏子が遮る。
「アタシと彼は知り合いの紹介で知り合いました。新しいパパ活の相手というか、昔の言い方だと援交?あと売春?てきなやつで、とにかくお金をもらってセックスするやつです」
母親は「ああ、なんてこと」と絶望的な声をあげる。父親は「んん」という唸りとともに渋面したが、同時に目の奥が光った気がした。
気づかれたかもしれない。
杏子と地田の関係について明らかにしたことで、より問題の深刻さを伝えることはできたが、それは同時にこっちもこっちで警察に頼りにくい立場なのを知られてしまうことでもあった。
少し思案したのち、父親が重たい口を開いた。
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