召喚されたアラサー元ヤンはのんびり異世界ライフを満喫……できません

七夜かなた

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第五章 訓練開始

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「ゼェゼェ」

 十キロの重りを背負っての三十分のランニングは、走った距離を問わなければ乗り切ったと言える。
 そこは田舎暮らしの賜物で、普段から野山を走っていたことが功を奏した。
 続く筋トレも軽々とはお世辞にも言えなかったが、三セットでいいとおまけしてもらった。
 団長は軽く五セットはこなしていた。
 全て終わると、紫紋は息も絶え絶えに地面に転がった。

「お疲れ」

 水の入ったコップを団長から渡され、のろのろと紫紋は上半身を起こし、プルプル震える手でそれを受け取った。

「どうだ? 初訓練は」
「だめだ…きっつい」

 水を飲み終えると、紫紋は地面に大の字になって転がった。
 
「鍛えているつもりで、ちょっとは自信があったけど、普段使わない筋肉もあるから…アラサーには堪える」
「あら?」
「えっと、三十歳前後のことを言います」
「なるほどね。しかし、思った以上の出来だったぞ」
「本当ですか? なら良かった。騎士団長のお墨付きをもらえたなら、俺もまずまずですね」

 汗をかいた肌に、風が気持ちよく吹く。

「ちょっとは、守護騎士らしくなりましたか?」
「なんだ。そんなことを気にしていたのか」
「まあ、その…他の騎士の方々の中には守護騎士を目指していた方もいると聞きました。それを俺は奪ったわけで…」
「それは気になることだが、席の数が決まっている以上は、誰かがあぶれるのは仕方がないことだ。騎士団長という地位も、ただ一つ。この座に就くためには多くの者を犠牲にしてきた。最初から目指していたわけではないが、自分がこの座にいることで、護れるものもある。それを誇りに思う」

 騎士団長ならではの重みのある言葉だった。
 
「紫紋お兄さま~」

 その時、明るく楽しげに紫紋を呼ぶ声が聞こえた。

「え、飛花ちゃん!?」

 慌てて紫紋は立ち上がった。
 声が聞こえた方を見れば、上げた両手をブンブン振りながら飛花が駆け寄って来るのが見えた。

「せ、聖女様?」
「聖女様だ」

 周りには、聖女の登場に驚く騎士たちのどよめきが広がる。
 飛花は訓練修了後の騎士たちの間を、紫紋目掛けてまっすぐ走ってくる。
 その後ろには副神官の姿も見える。

「おはようございます」
「わ、飛花ちゃん、俺、訓練後で汗かいてるから」

 紫紋は飛びつこうとする飛花から、さっと一歩引いた。

「知ってます。それを狙って来たんですから」
「え?」

 飛花はキョロキョロと辺りを見渡す。

「さすが騎士団…筋肉祭りだわ。ふふふふ」

 中には上半身裸の団員もおり、それらを飛花は恥ずかしがるでもなく見ている。
 見られた団員の方が恥ずかしそうにしている。

「飛花ちゃん、君ってまさか…」
「聖女様でいらっしゃいますか? お初にお目にかかります。騎士団長のイヴァン・シュナーと申します」

 紫紋の脳裏にある疑惑が浮かんだが、それを確かめる前に騎士団長が話しかけてきた。

「騎士団長さん? アスカ・ムラサキです」

 飛花は、着ていたストンと足首までを覆い隠すロングワンピースの生地を横から摘み、優雅に挨拶する。

「凄いな。もうそんなふうに出来るんだ。本物の聖女様みたいだ」

 様になる姿に紫紋が感嘆する。

じゃなく、本当にそうなんですけど」

 ちょっと頬を膨らませ、飛花が抗議する。しかし本気で怒ってはいないのはわかる。

「そうだったな。悪い悪い。それで、誰に教えてもらったんだ?」
「神殿の巫女さんたちです」
「なかなか筋がいいと、皆褒めていましたよ」

 そこに少し遅れて副神官がやってきた。

「おはようございます。シモンさん、昨晩はよく眠れましたか?」
「おはようございます。はい大丈夫です」
「それは良かった」
「飛花ちゃんは?」
「私は枕が変わると良く眠れなくて、時々目が覚めました」

 よく見ると、目の下に隈がある。

「本当だ。大丈夫か?」

 紫紋が心配して尋ねる。

「うん、そのうち慣れると思う。一人暮らしを始めた時も、慣れるのに数日かかったから」
「それならいいが。無理はするなよ」
「何かあれば、治癒魔法もあります。ご安心ください」
「そうか。魔法があったのか」
 
 副神官の言葉を聞いて、紫紋は魔法の存在を思い出した。

「それで、今日はなぜここに?」
「聖女様がシモンさんのことが気になると仰っしゃられたので、ご案内しました」
「そうなの。副神官が付き添うならって、許可をもらえたから連れてきてもらったの」

 飛花はそう言って周囲を見回す。紫紋、騎士団長、そして聖女である飛花と副神官を、全員が注目している。

「ねぇ、副神官の弟さんって、どの人?」
「えっと、そこにいるが」

 紫紋が飛花の右後ろを指し示し、彼女はそちらを振り返った。

「あの赤い髪の人?」
「そうだ」

 ピエールも当然こちらを見ていて、そんな彼と紫紋は目が合った。

「クルーチェ、こちらへ」
「は、はい!」

 団長に言われ、ピエールはすっくと立ち上がり、こちらへ駆け寄ってきた。
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