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第五章 訓練開始
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「すまない」
クシャミをしたことを、紫紋が謝る。
「いや、それより早く風呂に入れ」
「そうだな。ちょっとごめん」
紫紋は立ち上がると、ピエールの目の前に体を伸ばして明かりを点けた時のように魔力を巡らせ、二つの魔石を発動させた。
「できた」
蛇口からお湯が出てきたのを見て、紫紋はピエールを振り返った。
「……? どうした」
「…いや」
ピエールが顔を真っ赤にして、顔の下半分を手で押さえている。なぜそんことをしているのかと、紫紋は首を傾げた。
「あんた…意外と…いや、なんでもない」
「?」
よくわからないが、ピエールは立ち上がって、明日の朝呼びに来ると言って、出て行った。
「俺、何かしたかな?」
国が違うと文化も違う。世界が違えば、価値観も異なる。
「考えても仕方ないか」
お湯が適度に溜まったところでお湯を止めて、紫紋は湯船に身を浸した。
「う~ん、気持ちいい」
緊張が解れ、全身がリラックスする。
浴槽の縁に後頭部を預ける、天井を仰ぎ見た。
「聖女、守護騎士、魔法、聖力。騎士団…まったくラノベの世界だな」
架空の世界にしかないと思っていたものが、現実となって今自分がそこにいることが、未だに信じられない。
「飛花ちゃん、大丈夫かな」
心配は尽きず不安しかない。
「それでも、前に進むしかないか」
覚悟を決め、紫紋は湯船から身を起こし、明日のために早く寝ることにした。
「果報は寝て待て…違うか。案ずるより産むが易し…だな」
翌朝、衣装棚に入っていた訓練用だとかいう服に着替え、迎えに来たピエールと共に、まずは訓練用の庭に出た。
「朝食は朝の訓練が終わってからだ」
ピエールにオモリが入ったリュックを渡される。
「まずはこれを背負って、三十分走る。それから腕立て伏せに腹筋などをこなし、最後に木剣での打ち合い。あんたは初心者だから素振りでいい」
ずしりと重いリュックを背負う。
「やあカドワキ」
そこへ騎士団長がやってきた。
「団長」
周りにいた団員達が、気をつけをして敬礼する。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたか」
「はい、お陰様で」
「ふむ、それは上々。慣れない場所では寝付きが悪いかと心配していたが、杞憂だったかな」
すっきりした紫紋の顔色を見て、団長は満足げだ。
そんな二人を他の団員達は、遠巻きに見る。
「ご心配をおかけします。団長も朝練ですか?」
団長も紫紋達と同じような服装をしているので、そう尋ねた。
「ああ、団長になると、事務仕事が増えてどうも体が鈍るのでな。出来るだけ、朝の鍛錬は参加することにしている」
若い騎士が団長にも同じリュックを渡す。
団長が背負うと、同じリュックだがより小さく見える。
「初日だから、無理はするな。速いに越したことはないが、速さや走った距離は関係ない。これは持久力を養うためのものだ」
紫紋も大勢を相手に長い間格闘したことはあるし、農業の収穫期はひたすら作業の日々だった。なので持久力には自信はなくもない。
短距離走の成績は百メートル十三秒後半。オリンピック選手の九秒代は無理だが、普通よりは速い方だと自負している。
「準備運動は?」
「各自で好きにしている」
クルーチェの話を聞いて周りを見回すと、屈伸などをしている者もいれば、何もしていない者もいる。
「ちなみにこれは訓練だから、魔法は使えない。自分の身体能力だけで行う」
逆に魔法を使ってどうすればいいかわからない。
紫紋は一旦リュックを下ろし、屈伸やストレッチなど下半身の準備運動を念入りに行うことにした。
「そろそろ始める」
「わかった」
クルーチェが声をかけ、紫紋は再びリュックを背負った。
「無理に私についてこなくていい。自分の出来る範囲で走れ」
そう言ってクルーチェはさっと紫紋を置いて走り出した。他の者たちも次々と走り出していく。
「カドワキ、我々も始めるか」
「はい」
団長がポンと紫紋の肩を叩く。
紫紋も彼に続いて走り出した。
走りやすいように開発されたランニングシューズではなく、堅い革靴なので走りにくい。しかも重石がずしりと肩に食い込む。
「かなりきついな」
それでも持ち前の反抗心と負けず嫌いが紫紋を奮い立たせた。
クシャミをしたことを、紫紋が謝る。
「いや、それより早く風呂に入れ」
「そうだな。ちょっとごめん」
紫紋は立ち上がると、ピエールの目の前に体を伸ばして明かりを点けた時のように魔力を巡らせ、二つの魔石を発動させた。
「できた」
蛇口からお湯が出てきたのを見て、紫紋はピエールを振り返った。
「……? どうした」
「…いや」
ピエールが顔を真っ赤にして、顔の下半分を手で押さえている。なぜそんことをしているのかと、紫紋は首を傾げた。
「あんた…意外と…いや、なんでもない」
「?」
よくわからないが、ピエールは立ち上がって、明日の朝呼びに来ると言って、出て行った。
「俺、何かしたかな?」
国が違うと文化も違う。世界が違えば、価値観も異なる。
「考えても仕方ないか」
お湯が適度に溜まったところでお湯を止めて、紫紋は湯船に身を浸した。
「う~ん、気持ちいい」
緊張が解れ、全身がリラックスする。
浴槽の縁に後頭部を預ける、天井を仰ぎ見た。
「聖女、守護騎士、魔法、聖力。騎士団…まったくラノベの世界だな」
架空の世界にしかないと思っていたものが、現実となって今自分がそこにいることが、未だに信じられない。
「飛花ちゃん、大丈夫かな」
心配は尽きず不安しかない。
「それでも、前に進むしかないか」
覚悟を決め、紫紋は湯船から身を起こし、明日のために早く寝ることにした。
「果報は寝て待て…違うか。案ずるより産むが易し…だな」
翌朝、衣装棚に入っていた訓練用だとかいう服に着替え、迎えに来たピエールと共に、まずは訓練用の庭に出た。
「朝食は朝の訓練が終わってからだ」
ピエールにオモリが入ったリュックを渡される。
「まずはこれを背負って、三十分走る。それから腕立て伏せに腹筋などをこなし、最後に木剣での打ち合い。あんたは初心者だから素振りでいい」
ずしりと重いリュックを背負う。
「やあカドワキ」
そこへ騎士団長がやってきた。
「団長」
周りにいた団員達が、気をつけをして敬礼する。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたか」
「はい、お陰様で」
「ふむ、それは上々。慣れない場所では寝付きが悪いかと心配していたが、杞憂だったかな」
すっきりした紫紋の顔色を見て、団長は満足げだ。
そんな二人を他の団員達は、遠巻きに見る。
「ご心配をおかけします。団長も朝練ですか?」
団長も紫紋達と同じような服装をしているので、そう尋ねた。
「ああ、団長になると、事務仕事が増えてどうも体が鈍るのでな。出来るだけ、朝の鍛錬は参加することにしている」
若い騎士が団長にも同じリュックを渡す。
団長が背負うと、同じリュックだがより小さく見える。
「初日だから、無理はするな。速いに越したことはないが、速さや走った距離は関係ない。これは持久力を養うためのものだ」
紫紋も大勢を相手に長い間格闘したことはあるし、農業の収穫期はひたすら作業の日々だった。なので持久力には自信はなくもない。
短距離走の成績は百メートル十三秒後半。オリンピック選手の九秒代は無理だが、普通よりは速い方だと自負している。
「準備運動は?」
「各自で好きにしている」
クルーチェの話を聞いて周りを見回すと、屈伸などをしている者もいれば、何もしていない者もいる。
「ちなみにこれは訓練だから、魔法は使えない。自分の身体能力だけで行う」
逆に魔法を使ってどうすればいいかわからない。
紫紋は一旦リュックを下ろし、屈伸やストレッチなど下半身の準備運動を念入りに行うことにした。
「そろそろ始める」
「わかった」
クルーチェが声をかけ、紫紋は再びリュックを背負った。
「無理に私についてこなくていい。自分の出来る範囲で走れ」
そう言ってクルーチェはさっと紫紋を置いて走り出した。他の者たちも次々と走り出していく。
「カドワキ、我々も始めるか」
「はい」
団長がポンと紫紋の肩を叩く。
紫紋も彼に続いて走り出した。
走りやすいように開発されたランニングシューズではなく、堅い革靴なので走りにくい。しかも重石がずしりと肩に食い込む。
「かなりきついな」
それでも持ち前の反抗心と負けず嫌いが紫紋を奮い立たせた。
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