召喚されたアラサー元ヤンはのんびり異世界ライフを満喫……できません

七夜かなた

文字の大きさ
30 / 34
第四章 騎士団の洗礼

しおりを挟む
「ふう」

 上着を脱いで、紫紋はベッドに倒れ込んだ。
 ベッドの硬さは中程度。普段布団で寝ている紫紋としては、畳が恋しい。

「異世界って、まじかよ」

 怒涛の一日だった。いや、ここに召喚されたのは夜だったから、もっと経っているかも知れない。
 スマホは当然ながら圏外。

「俺に、聖力? 魔法って本当か?」

 自分の両手を持ち上げ、手首を捻りながらその手を見る。実感はわかないが、ファビアン副神官とのやり取りは確かに現実に起ったことだ。
 
「疲れた」

 このまま眠ってしまいたいところだが、着ている服を脱がないと皺になる。それに出来ればゆっくり風呂に入りたい。
 のろのろと起き上がって、その場で服を全部脱ぎ捨て素っ裸になり、浴室に向かおうとした。

「カドワキ…わ!」

 突然ピエールが入ってきた。

「わ」
「な、なんでは、はだ…」
「何って、今からお風呂と思って」
  
 突然人が入ってきたので驚いたが、銭湯などで慣れているので、その点は慣れている。
 なので大事な場所は見えていないが、隠すつもりもなく紫紋はピエールの前に裸体をさらけ出した。

「それで、何か用か?」
「そ、その…浴室の使い方を…やり方がわからないかと…」

 ピエールは顔を赤くして目を逸らしながら答えた。

「あ、そうなのか。それは悪い。じゃあ、今から教えてもらえるか?」

 そう言って紫紋は先に浴室へと歩いて行く。
 
「えっと、明かりは…」

 入ってすぐの所の壁に、部屋の入り口にあったのと同じ魔石を見つけ、そこに軽く触れてみる。
 
「……あれ?」

 しかし明かりはすぐには点かない。

「何をしている。魔力を流さないと反応しないぞ」

 イラッとした声が背後からする。

「うん、それはわかるが…どうやって魔力って流す?」
「魔石に触れれば勝手に流れる」
「そうなんだが…」

 頭ではわかるが、そのやり方がわからない。
 何しろ人生でこれまで魔力なんて樹にしたこともない。

「こうするんだ」

 苛立った声がして、背中に人の体がぶつかり、背後からまわってきた手が、魔石に触れている紫紋の手に重なる。

「ほら、お腹からこの手の先まで魔力が流れるのを意識して」
「わかった」

 目をつぶり、紫紋はお腹に意識を集中する。
 そしてそこから血液が酸素を運ぶイメージで、手の先へて流す。
 すると、パッと明かりが点った。

「点いた!」

 ガス灯を初めて見た人のように、天井に点いた明かりに紫紋は叫んだ。

「当たり前だ」

 ピエールにとっては普通のことなので、こんなことで驚く紫紋が変に思えるのかも知れない。
 浴室は温泉旅館の個室についたお風呂という感じで、そこにユニットバスのように便器が置かれている。

「浴室のここにあるのが水の魔石と火の魔石。ここに流す魔力を調整する」

 浴槽の側に跪き、ピエールが二つの魔石ついて説明する。
 慣れている彼は、軽くタッチするだけで簡単にお湯と水が出た。

「それからあっちは便器。排泄したら横の魔石に魔力を流すと、底に溜まったものが風魔法で飛ばされる」
「風魔法…」

 紫紋は浴槽の魔石に触れてみたが、やはり彼のようにはいかない。少し集中すれば出来るが、どうしても時間がかかった。

「止めるにはどうしたら?」
「魔石が働いている状態で、もう一度触れる。その時に魔力は必要ない。魔石は魔力に反応するから、それで止まる」
「なるほど」

 紫紋は魔石を交互に触れ、水を出したり止めたりを試した。
 
「大丈夫そうだな」
「ああ、助かる、ありがとうな」

 浴槽の縁で並んで座り込む、ピエールの肩に手を置き、お礼を言う。
 裸で体育座りが様にならないが。

「面倒を見ろという団長の命令だからな。任務だから」
「そうか、それでもありがとう」

 重ねてお礼を言うと、ピエールはプイッと顔を背けてしまった。よく見ると耳が赤い。
 
「そういえば、もう一人お兄さんがいるよな」
「アーマド兄上のことか?」

 その話題を出すと、彼は再びこちらを向いた。

「そう。宰相だってね」
「歴代最年少の大抜擢だ」
「そうだったんだ。凄いな」
「そうだ。凄いんだ。ファビアン兄上も、副神官だし、兄上たちは素晴らしい。私だけ…私だけが…」

 そこで彼の顔が曇った。
 どうやら優秀な兄二人のことは誇りだが、それに比べて自分が劣るという思いが、少なからずあるらしい。

「腕は確かで、騎士としても優秀ですって、副神官が言っていたぞ。副神官は君のことを誇りに思っているようだ」

 慰めるつもりはなかったが、隠す必要もないので、それを伝えた。

「ファビアン兄上がか?」
「そうだ」
「本当に、本当か?」 
「こんなことで嘘を言っても仕方がないだろ?」

 そう言うと、確かにとピエールは頷いた。

「でも兄上は、家族のことを他人にあまり話さないんだ。アーマド兄上が宰相だから、色々便宜を図ってもらってるって、変な勘繰りをする者もいるから」
「それは、いきなり異世界に来て、騎士団で暮らす俺のことを心配して、言ってくれたのだと思う。頼りになるから、何かあったら頼れ、ということなんだろう」
「頼りに…なる? 私が? 兄上はそう思ってくれている?」
「いい家族だな」
「ふん、そんなこと、お前に言われなくてもわかっている」

 憎まれ口を叩いているが、尻尾があったらきっとフリフリしているだろう。

「ヘクチッ」

 紫紋はクシャミをしたりなかなかにいい話をしていると思うが、やはり裸の体育座りでは、絵面がヤバかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...