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「何かしら」
ティアナさんがそう呟いた時、下から店員を振り切って上がってきたのはヴェイラート伯爵とキャサリンだった。
彼らの姿を見てジーン様が立ち上がって彼らの行く手を阻んだ。
「何のようだ。セレニアには近づくなと言った筈だ」
ジーン様の言葉に驚いて彼の背中を見る。いつの間にそんなことを言ったのか。
「閣下、納得できません!なぜ我が家があのような仕打ちを受けなければならないのですか。宴でのことは確かにわが娘は無作法でございましたが、今は娘も反省しております」
「そうですわ!突然あんな手紙、どうせ彼女が私のことであることないこと言ったに決まっているわ」
「手紙?」
何のことかわからず呟く。
「今後一切我が家にもセレニアにも近づくなと書いてヴェイラート家に送った」
厳しい声がジーン様から聞こえた。
一体いつの間にそんなことを。
この辺り一帯を治め、王族でもあるピッテルバーク家にそんな手紙を送られたら、信用を失い社交界から除け者にされる。
それが私のせいだと彼女は言う。
「なぜそんなことをセレニアがすると?」
「決まっているわ。自分が辺境伯夫人になるために私が邪魔だからよ」
「私とセレニアの婚約になぜ君が邪魔なのだ?陛下のお許しもいただき、法的にも何も問題はない。問題があるとすれば彼女がなかなか自分の魅力に気づかないところかな」
私を振り返ってジーン様が微笑む。
「そんなの信じないわ!セレニアの魅力?は、そんなものあったかしら。特徴ならあるけど、背ばかり高くて、女らしくないとか、お金に強欲で男と対等になれると思っているところとか?」
「誰がそんなことを?」
「皆が言っているわよ。今日だってジーンクリフト様がいるから皆特別待遇しているけど、そうじゃなければ家族の僅かばかりの財産にしがみついて固執する女だと言って、笑い者よ」
「なに?」
ジーン様の声が低くなり、空気が変わった。
隣のティアナさんを見ると額を押さえている。
「ばかな女ね。ジーンの大事なものを傷つけるなんて」
「え?」
問いかける私にティアナさんが微笑む。
「それだけじゃないわ、ジーンクリフト様と婚約したからって自分に女としての魅力あると勘違いして、他の男まで誘惑しようとしたのよ」
「わ、私が?」
ひどい言われように思わず立ち上がろうとしたのをティアナさんが腕を掴んだ。
「ジーンに任せておきなさい。悪いようにはしないから」
「でも……」
「何でも自分でという気合いはわかるけど、ジーンはあなたが思っている以上に頼りになるわ。女性の扱いは長けているとは言えないけどね」
ティアナさんがウインクする。
「私の婚約者が他の男に?聞き捨てならないな。言いがかりはやめていただこう」
「嘘じゃないわ!」
「証拠は?」
「そんなものはないわ!でも見たのよ、この女は親戚の男にも手を出そうとしたのよ」
キャサリンが言っているのはカーターのことだ。なぜ彼女がそんなことを持ち出すのか。
「親戚の男とは?」
「この間死んだカートだか何だかという名前の男よ。彼女がジーンクリフト様の気を引くためにわざとあの男に宴で暴れさせて困っているところを見せつけたのよ」
「そ……」
反論しかけたが、ティアナさんに再び腕をきつく握られ思い止まった。
「カーターだ。なぜそんなことを知っている。仲が良かったのか」
「あんな安っぽいデブと?冗談はやめてよ。あいつに聞いたのよ。あの男が家に来てジーンクリフト様との婚約を止めさせたいから協力してくれって……」
「キャサリン!」
父親が止めたが、遅かった。
キャサリンもハッと気付いて口を閉じた。
「その話、詳しく聞かせてもらおう」
「え……あの……」
詰め寄るジーン様に父娘はさっきの剣幕を失くした。
「私の……勘違い……」
「そうです。娘は気が動転して……」
「使用人からは裏が取れている。言い逃れはなしだ。二人は拘束して取り押さえろ。ヴェイラート、他にもお前には薬物の違法な流出の嫌疑が掛けられている。使用人は大切にしなければな。あまり非道が過ぎると人は愛想をつかすぞ」
ジーン様が声を上げると、下から護衛が数人上がってきた。
「ちょっと!何をするの、放してよ」
「放せ!こんなこと…か、閣下」
護衛は二人の腕を両方から掴み連れていった。
あっという間のことで何が起こったのかわからないでいる私をジーン様が振り向いて見る。
「私、下に行っているから後で降りてきて」
「え、ティアナさん」
「悪いな。ティアナ」
「悪いと思うなら私にも協力してね」
「ああ」
ジーン様とすれ違いにティアナさんが下へと降りていき、ジーン様が元の席へ座った。
「いやなことを聞かせてしまったな」
キャサリンが口にした私の悪口のことを言っているのはわかったが、護衛に引きずられていったキャサリンの苦渋に満ちた顔が忘れられない。
「あの……ご注文のお茶とケーキをお持ちしましたが…」
「騒がせてすまない。後日こちらからオーナーに正式に謝罪に伺うと言っておいてくれ。それはこちらに置いて、しばらく誰も通さないように頼む」
「はい」
おずおずと盆に運んで来たお茶とケーキを私達の前に置くと、店員はそそくさと立ち去った。
「せっかくだから熱いうちにいただこう」
ジーン様につられて私もお茶を口にする。
それでいくらか落ち着いた。
「これも美味しいが、君の淹れてくれたお茶の方が私は好きだな」
にっこりと、心からの笑顔でジーン様は言った。
「何でも訊いてくれ」
ティアナさんがそう呟いた時、下から店員を振り切って上がってきたのはヴェイラート伯爵とキャサリンだった。
彼らの姿を見てジーン様が立ち上がって彼らの行く手を阻んだ。
「何のようだ。セレニアには近づくなと言った筈だ」
ジーン様の言葉に驚いて彼の背中を見る。いつの間にそんなことを言ったのか。
「閣下、納得できません!なぜ我が家があのような仕打ちを受けなければならないのですか。宴でのことは確かにわが娘は無作法でございましたが、今は娘も反省しております」
「そうですわ!突然あんな手紙、どうせ彼女が私のことであることないこと言ったに決まっているわ」
「手紙?」
何のことかわからず呟く。
「今後一切我が家にもセレニアにも近づくなと書いてヴェイラート家に送った」
厳しい声がジーン様から聞こえた。
一体いつの間にそんなことを。
この辺り一帯を治め、王族でもあるピッテルバーク家にそんな手紙を送られたら、信用を失い社交界から除け者にされる。
それが私のせいだと彼女は言う。
「なぜそんなことをセレニアがすると?」
「決まっているわ。自分が辺境伯夫人になるために私が邪魔だからよ」
「私とセレニアの婚約になぜ君が邪魔なのだ?陛下のお許しもいただき、法的にも何も問題はない。問題があるとすれば彼女がなかなか自分の魅力に気づかないところかな」
私を振り返ってジーン様が微笑む。
「そんなの信じないわ!セレニアの魅力?は、そんなものあったかしら。特徴ならあるけど、背ばかり高くて、女らしくないとか、お金に強欲で男と対等になれると思っているところとか?」
「誰がそんなことを?」
「皆が言っているわよ。今日だってジーンクリフト様がいるから皆特別待遇しているけど、そうじゃなければ家族の僅かばかりの財産にしがみついて固執する女だと言って、笑い者よ」
「なに?」
ジーン様の声が低くなり、空気が変わった。
隣のティアナさんを見ると額を押さえている。
「ばかな女ね。ジーンの大事なものを傷つけるなんて」
「え?」
問いかける私にティアナさんが微笑む。
「それだけじゃないわ、ジーンクリフト様と婚約したからって自分に女としての魅力あると勘違いして、他の男まで誘惑しようとしたのよ」
「わ、私が?」
ひどい言われように思わず立ち上がろうとしたのをティアナさんが腕を掴んだ。
「ジーンに任せておきなさい。悪いようにはしないから」
「でも……」
「何でも自分でという気合いはわかるけど、ジーンはあなたが思っている以上に頼りになるわ。女性の扱いは長けているとは言えないけどね」
ティアナさんがウインクする。
「私の婚約者が他の男に?聞き捨てならないな。言いがかりはやめていただこう」
「嘘じゃないわ!」
「証拠は?」
「そんなものはないわ!でも見たのよ、この女は親戚の男にも手を出そうとしたのよ」
キャサリンが言っているのはカーターのことだ。なぜ彼女がそんなことを持ち出すのか。
「親戚の男とは?」
「この間死んだカートだか何だかという名前の男よ。彼女がジーンクリフト様の気を引くためにわざとあの男に宴で暴れさせて困っているところを見せつけたのよ」
「そ……」
反論しかけたが、ティアナさんに再び腕をきつく握られ思い止まった。
「カーターだ。なぜそんなことを知っている。仲が良かったのか」
「あんな安っぽいデブと?冗談はやめてよ。あいつに聞いたのよ。あの男が家に来てジーンクリフト様との婚約を止めさせたいから協力してくれって……」
「キャサリン!」
父親が止めたが、遅かった。
キャサリンもハッと気付いて口を閉じた。
「その話、詳しく聞かせてもらおう」
「え……あの……」
詰め寄るジーン様に父娘はさっきの剣幕を失くした。
「私の……勘違い……」
「そうです。娘は気が動転して……」
「使用人からは裏が取れている。言い逃れはなしだ。二人は拘束して取り押さえろ。ヴェイラート、他にもお前には薬物の違法な流出の嫌疑が掛けられている。使用人は大切にしなければな。あまり非道が過ぎると人は愛想をつかすぞ」
ジーン様が声を上げると、下から護衛が数人上がってきた。
「ちょっと!何をするの、放してよ」
「放せ!こんなこと…か、閣下」
護衛は二人の腕を両方から掴み連れていった。
あっという間のことで何が起こったのかわからないでいる私をジーン様が振り向いて見る。
「私、下に行っているから後で降りてきて」
「え、ティアナさん」
「悪いな。ティアナ」
「悪いと思うなら私にも協力してね」
「ああ」
ジーン様とすれ違いにティアナさんが下へと降りていき、ジーン様が元の席へ座った。
「いやなことを聞かせてしまったな」
キャサリンが口にした私の悪口のことを言っているのはわかったが、護衛に引きずられていったキャサリンの苦渋に満ちた顔が忘れられない。
「あの……ご注文のお茶とケーキをお持ちしましたが…」
「騒がせてすまない。後日こちらからオーナーに正式に謝罪に伺うと言っておいてくれ。それはこちらに置いて、しばらく誰も通さないように頼む」
「はい」
おずおずと盆に運んで来たお茶とケーキを私達の前に置くと、店員はそそくさと立ち去った。
「せっかくだから熱いうちにいただこう」
ジーン様につられて私もお茶を口にする。
それでいくらか落ち着いた。
「これも美味しいが、君の淹れてくれたお茶の方が私は好きだな」
にっこりと、心からの笑顔でジーン様は言った。
「何でも訊いてくれ」
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