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78.冥海の海面に達したオナガは
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冥海の海面に達したオナガは、地面に叩きつけられたような激しい衝撃を受け全身に激痛を感じた。痛みに呻く間もなく、体は水中へと沈んでいく。
光を求めて手を伸ばすが、波間で歪んでは揺れる太陽は、どんどん遠ざかっていく。
オナガは泳げない。オナガだけではなく、ホウセン国の民は皆泳ぐことができない。正確には浮かべない。
水浴びは好きだが、身長より深い水場に落とされれば、底を歩いて地上に向かうしかない。
「そのうちに底に着くじゃろ。それから歩いて」
と沈みながら考えるが、あまりの深さ、そして視界に映ったホウセン国の底が海底と接していないことを知り、表情が引き攣っていく。
「なるほど。冥海に落ちたら助からんわけじゃ」
納得するも、それで助かる道が開けるわけではない。
冥海の水は毒で、触れれば動けなくなると聞いていたが、まだ体は動く。けれど助かる見込みは無さそうだと、オナガは自分の運命を悟り始めた。
その時、オナガの視界に巨大な影が映る。
「なんじゃ?」
視線を向けたオナガは、どうしたものかと考える。
冥海には巨大な魔物が跋扈しているという。オナガの体よりも大きな眼。体はといえば、その眼の大きさに充分な巨体だった。
せめて刀が手元にあれば対処も出来たが、追放された罪人が刃物など持ち合わせているはずもない。
自由に駆ける地面もない以上、魔物の攻撃を避ける術も、自ら立ち向かっていく術もない。
八方ふさがりの状況に、ふうむと唸る。唸っているオナガを、ぱくりと魔物が食べた。
真っ暗闇の口の中。沈んでいくだけの冥海と違い、閉じられた口の中には足場がある。顎の上下には鋭い牙もある。
「これは良か」
咽の奥へと引きずり込む水圧を感じつつ、手を縛る縄を牙に引っ掛けて切った。その手で流されぬように牙を掴むと、辺りを見回す。
「あれが良さそうじゃね」
一際細くて尖っている牙を見つけると、流されぬよう牙の外側に出て水圧や風圧をやり過ごしながら進む。
目を閉じてゆっくりと呼吸を整えたオナガは、
「ちえええーいっ!」
と、抜刀術の要領で手刀を放ち、牙を折った。
痛かったのだろう。魔物は体を捩り、口の中にいるオナガも大きな揺れに見舞われる。
「歯の一本程度で、大袈裟なやつじゃな」
眉を下げて呆れたように呟いた直後、他の牙を足場にして蹴ると、手にしていた牙で上あごを斬り裂く。刀のような切れ味は無いが、それでも充分に傷を負わせることは出来た。
裂けた上あごに手を掛けて更に深く切り込み、そして――。
「お、動かんくなったね」
どうやら急所まで到達したようだと判断したオナガは、掘ってきた穴を下りた。冥海の水が開いた口から流れ込んできているので、穴にぶら下がったまま様子を見る。
しばらくすると、口の辺りから徐々に光が差し込んできた。
「これは予想しちょらんかったが、運が良かね」
お亡くなりになった魔物は、ぷっかりと海面に浮かぶ。
口から這い出したオナガは、浮かんでいる魔物の腹に登って辺りを見回した。ホウセン国は視認できるが、遠くて辿り着けそうにない。
ここからどうするかと考えている内に、徐々にホウセン国は遠ざかっていく。
「困ったね。じゃっどんおかしかね。俺はコウイから落ちたのに、あそこに見ゆるのは東萼じゃなかか?」
コウイは蕊山から見て北西にある。ホウセンの下を潜って来たのか、それとも回り込んだのかは分からないが、魔物の口にいる間に大きく移動したようだ。
位置が分かったところでどうしようもないのだが。
光を求めて手を伸ばすが、波間で歪んでは揺れる太陽は、どんどん遠ざかっていく。
オナガは泳げない。オナガだけではなく、ホウセン国の民は皆泳ぐことができない。正確には浮かべない。
水浴びは好きだが、身長より深い水場に落とされれば、底を歩いて地上に向かうしかない。
「そのうちに底に着くじゃろ。それから歩いて」
と沈みながら考えるが、あまりの深さ、そして視界に映ったホウセン国の底が海底と接していないことを知り、表情が引き攣っていく。
「なるほど。冥海に落ちたら助からんわけじゃ」
納得するも、それで助かる道が開けるわけではない。
冥海の水は毒で、触れれば動けなくなると聞いていたが、まだ体は動く。けれど助かる見込みは無さそうだと、オナガは自分の運命を悟り始めた。
その時、オナガの視界に巨大な影が映る。
「なんじゃ?」
視線を向けたオナガは、どうしたものかと考える。
冥海には巨大な魔物が跋扈しているという。オナガの体よりも大きな眼。体はといえば、その眼の大きさに充分な巨体だった。
せめて刀が手元にあれば対処も出来たが、追放された罪人が刃物など持ち合わせているはずもない。
自由に駆ける地面もない以上、魔物の攻撃を避ける術も、自ら立ち向かっていく術もない。
八方ふさがりの状況に、ふうむと唸る。唸っているオナガを、ぱくりと魔物が食べた。
真っ暗闇の口の中。沈んでいくだけの冥海と違い、閉じられた口の中には足場がある。顎の上下には鋭い牙もある。
「これは良か」
咽の奥へと引きずり込む水圧を感じつつ、手を縛る縄を牙に引っ掛けて切った。その手で流されぬように牙を掴むと、辺りを見回す。
「あれが良さそうじゃね」
一際細くて尖っている牙を見つけると、流されぬよう牙の外側に出て水圧や風圧をやり過ごしながら進む。
目を閉じてゆっくりと呼吸を整えたオナガは、
「ちえええーいっ!」
と、抜刀術の要領で手刀を放ち、牙を折った。
痛かったのだろう。魔物は体を捩り、口の中にいるオナガも大きな揺れに見舞われる。
「歯の一本程度で、大袈裟なやつじゃな」
眉を下げて呆れたように呟いた直後、他の牙を足場にして蹴ると、手にしていた牙で上あごを斬り裂く。刀のような切れ味は無いが、それでも充分に傷を負わせることは出来た。
裂けた上あごに手を掛けて更に深く切り込み、そして――。
「お、動かんくなったね」
どうやら急所まで到達したようだと判断したオナガは、掘ってきた穴を下りた。冥海の水が開いた口から流れ込んできているので、穴にぶら下がったまま様子を見る。
しばらくすると、口の辺りから徐々に光が差し込んできた。
「これは予想しちょらんかったが、運が良かね」
お亡くなりになった魔物は、ぷっかりと海面に浮かぶ。
口から這い出したオナガは、浮かんでいる魔物の腹に登って辺りを見回した。ホウセン国は視認できるが、遠くて辿り着けそうにない。
ここからどうするかと考えている内に、徐々にホウセン国は遠ざかっていく。
「困ったね。じゃっどんおかしかね。俺はコウイから落ちたのに、あそこに見ゆるのは東萼じゃなかか?」
コウイは蕊山から見て北西にある。ホウセンの下を潜って来たのか、それとも回り込んだのかは分からないが、魔物の口にいる間に大きく移動したようだ。
位置が分かったところでどうしようもないのだが。
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