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62.お前が背後に立つのは
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「お前が背後に立つのは居心地が悪い。私の護衛は他の者に任せ、お前は許可なく私の前に姿を現すな」
「御意」
深く頭を垂れたオナガは、王の執務室から出ていった。
本来ならば王の最も近くで護衛すべき立場である、禁衛隊長のオナガにとっては、屈辱的な扱いである。
けれどビンスイに向けられるセッカの柔らかな表情を見ていることが辛いオナガにとっては、幸いともいえる命令だった。
外回りの警護や事務仕事を中心に行うようになったオナガに代わり、チュウヒが王の傍近くに仕えるようになっていく。
オナガの隊長としての立場は徐々に微妙なものになっていった。
詰所に顔を出すと、隊員たちは腫れ物に触るように彼を見る。
王の機嫌を損ねたオナガは、禁衛の隊長としては不適格だ。気に入られているらしきチュウヒを隊長に挿げ替えれば正常な状態に戻るのだろうが、それを言い出す者はいなかった。
「隊長、また南萼に行くの?」
「陛下の命令じゃ。使用がなか」
「なんで陛下は隊長のことを」
言いかけたナグルの言葉を遮るように、オナガは一睨みすると微かに首を横に振る。
王を批判するようなことを口にすれば、処分されかねない。禁衛を辞めさせられるだけならばいいが、命を奪われる危険もある。
不満そうにナグルは口を閉じた。
「気が合わないってこともあるさ。気にするなって」
重くなっていた空気を吹き飛ばすように、ヤガンが明るい声を出した。オナガとセッカの関係を知っているはずなのに、彼もまるで覚えていないように振る舞う。
「それよりさ、あのレイラン様っていう王族、もったいないよな。すっげえ美人なのに神子様に食って掛かってばかりでさ」
「本当だよ。神子様と陛下が想い合っているのは一目瞭然なのに、引き離そうと躍起になって。まあ謹慎処分になったから、これで少しは大人しくなるんじゃない?」
「でもあの王族、愛人がいるんだろ? ほら、いつも連れ歩いている平民の男」
「うわ、愛人がいるのに陛下にまで恋慕して神子様を引き離そうとしていたんですか?」
隊員たちの会話を黙って聞いていたオナガは、じりじりと思考回路が焼け落ちていくような気持ち悪さを覚えて瞼を伏せた。
針蜥騒動でレイランに世話になった者も多い。第一部隊の頃は皆、レイランに対して好意的だった。それが、今はどうだ。
更に隊員たちがレイランの愛人と噂している男のことが、より一層、オナガの心を掻き乱した。
噂の主であるカイツは、第一部隊で共に過ごした仲間である。彼が第一部隊を去ってから入隊した者は仕方ないとしても、それ以前から所属していた者たちが知らないはずはない。
「いつからじゃ?」
禁衛になってすぐの頃は、カイツを見かければ気安く声を掛けていた隊員もいた。それがいつの間にか、隊員たちの記憶からカイツとレイランの存在は抜け落ちている。
薄気味悪さに耐えかねたオナガは詰所から蕊頂へと戻る。向かった先はレイランが暮らす離宮だ。
「入っても良かか?」
「どうぞ」
門前を護る隊員に声を掛けて、離宮の中に足を踏み入れる。
セッカがビンスイを選んだことに納得がいかないレイランは、選定式の日だけでなくその後も何度もセッカに真意を聞こうと詰め寄り、とうとう禁衛の見張り付きで離宮に軟禁されていた。
「カイツ、レイラン様の様子はどうじゃ?」
王が変わってから禁衛を完全に外されたカイツは、そのままレイランに仕えていた。レイランの趣味なのか、色鮮やかな羽を持つ魔鳥の彩雉を刺繍した、赤い長袍を着ている。
「ずっとご機嫌斜めだよ」
苦笑を零すカイツに案内されて、応接室へと向かう。
「御意」
深く頭を垂れたオナガは、王の執務室から出ていった。
本来ならば王の最も近くで護衛すべき立場である、禁衛隊長のオナガにとっては、屈辱的な扱いである。
けれどビンスイに向けられるセッカの柔らかな表情を見ていることが辛いオナガにとっては、幸いともいえる命令だった。
外回りの警護や事務仕事を中心に行うようになったオナガに代わり、チュウヒが王の傍近くに仕えるようになっていく。
オナガの隊長としての立場は徐々に微妙なものになっていった。
詰所に顔を出すと、隊員たちは腫れ物に触るように彼を見る。
王の機嫌を損ねたオナガは、禁衛の隊長としては不適格だ。気に入られているらしきチュウヒを隊長に挿げ替えれば正常な状態に戻るのだろうが、それを言い出す者はいなかった。
「隊長、また南萼に行くの?」
「陛下の命令じゃ。使用がなか」
「なんで陛下は隊長のことを」
言いかけたナグルの言葉を遮るように、オナガは一睨みすると微かに首を横に振る。
王を批判するようなことを口にすれば、処分されかねない。禁衛を辞めさせられるだけならばいいが、命を奪われる危険もある。
不満そうにナグルは口を閉じた。
「気が合わないってこともあるさ。気にするなって」
重くなっていた空気を吹き飛ばすように、ヤガンが明るい声を出した。オナガとセッカの関係を知っているはずなのに、彼もまるで覚えていないように振る舞う。
「それよりさ、あのレイラン様っていう王族、もったいないよな。すっげえ美人なのに神子様に食って掛かってばかりでさ」
「本当だよ。神子様と陛下が想い合っているのは一目瞭然なのに、引き離そうと躍起になって。まあ謹慎処分になったから、これで少しは大人しくなるんじゃない?」
「でもあの王族、愛人がいるんだろ? ほら、いつも連れ歩いている平民の男」
「うわ、愛人がいるのに陛下にまで恋慕して神子様を引き離そうとしていたんですか?」
隊員たちの会話を黙って聞いていたオナガは、じりじりと思考回路が焼け落ちていくような気持ち悪さを覚えて瞼を伏せた。
針蜥騒動でレイランに世話になった者も多い。第一部隊の頃は皆、レイランに対して好意的だった。それが、今はどうだ。
更に隊員たちがレイランの愛人と噂している男のことが、より一層、オナガの心を掻き乱した。
噂の主であるカイツは、第一部隊で共に過ごした仲間である。彼が第一部隊を去ってから入隊した者は仕方ないとしても、それ以前から所属していた者たちが知らないはずはない。
「いつからじゃ?」
禁衛になってすぐの頃は、カイツを見かければ気安く声を掛けていた隊員もいた。それがいつの間にか、隊員たちの記憶からカイツとレイランの存在は抜け落ちている。
薄気味悪さに耐えかねたオナガは詰所から蕊頂へと戻る。向かった先はレイランが暮らす離宮だ。
「入っても良かか?」
「どうぞ」
門前を護る隊員に声を掛けて、離宮の中に足を踏み入れる。
セッカがビンスイを選んだことに納得がいかないレイランは、選定式の日だけでなくその後も何度もセッカに真意を聞こうと詰め寄り、とうとう禁衛の見張り付きで離宮に軟禁されていた。
「カイツ、レイラン様の様子はどうじゃ?」
王が変わってから禁衛を完全に外されたカイツは、そのままレイランに仕えていた。レイランの趣味なのか、色鮮やかな羽を持つ魔鳥の彩雉を刺繍した、赤い長袍を着ている。
「ずっとご機嫌斜めだよ」
苦笑を零すカイツに案内されて、応接室へと向かう。
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