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45.宙に浮いたままの手を
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宙に浮いたままの手をちらりと見たオナガだったが、きっと恥ずかしがり屋なのだろうと考えて手を下ろす。
「見習いからすぐに第一たあ、剣の腕がいいんじゃね?」
オナガが和やかに話しかけても、ナグルは不思議そうに見つめてくるだけで答えない。
「蕊山は華族様がいるから、言葉遣いや態度に気を付けにゃいけん。じゃっどん、そんなに硬くならんでいいからな」
緊張しているのだろうと色々と話し掛けてみるが、反応は鈍かった。それでもようやく世話を焼ける後輩を持てたオナガは諦めない。
チュウヒやカイツと組むことに不満はないが、新人を任せられたり後輩から慕われている二人の姿に、心の内では羨望の念を抱いていたのだ。
「オナガさん」
ようやく言葉が返ってきて、オナガは嬉しそうに笑みを零す。
「なんじゃ?」
「喋り方が変」
三秒ほど、オナガの笑顔が固まった。
「あー、俺な、神憑きなんじゃ。喋り方変な、そのせいじゃ。気にせんでくれるか?」
「直さないの?」
「直そうとした頃もあるんじゃがな、直らんかった。俺は聞いた言葉をそのまま話しとるつもりなんじゃが、他の人には違う音に聞こえるらしか」
他の人が耳にすれば明らかに異なる喋り方をしているが、オナガは無自覚だ。皆と同じように喋っているつもりでいる。
文字は普通に書ける。しかし文章を声に出して読むと、なぜか彼独特の喋り方になる。
初めて目の当たりにした人は、必ずと言ってもいいほどオナガの手元にある文章を確認する。だが一般的な文章であると知ると、首を傾げる。
わざとではない。オナガはきちんと読んでいるつもりである。
「ふーん」
ナグルはすぐに興味を無くしてしまったようで、それ以上は聞かなかった。
「ナグル、稽古付けちゃろうか?」
せっかく出来た後輩なのだからと、オナガは恐る恐る切り出した。
偶然居合わせて彼の発言を耳にした隊員が、ぎょっと目を剥いてオナガを凝視した。オナガの稽古に付き合える者など、異常に頑丈なヤガンくらいだ。
通りすがりの隊員はもちろん、オナガ自身も断られると予想していたが、意外なことにナグルは頷いた。
ぱあっと花が飛び散るように満面に笑みを咲かすオナガは、ナグルを連れて自身の稽古場に連れていく。
「これな、こうやって打つとじゃ。ちええーいっ!」
鉄柱を鉄棒で何度も繰り返し打つオナガを、ナグルはじっと見つめる。
「ほれ、ナグルもやってみ」
鉄棒を差し出すと、ナグルは素直に受け取った。オナガの真似をして鉄棒を持つ右手を高く振り上げ、左手を添えて構える。
無言で振り下ろすと、鉄と鉄がぶつかり合う硬質な音が響いた。
打ち付けたまま動かないナグルの様子に異変を覚え、オナガは慌ててナグルの近くに駆け寄る。
「どげした?」
顔を上げたナグルの眉間には深いしわが寄っている。
「痛い」
「初めはそうじゃ。慣れれば問題無か」
眉間にしわを刻んだまま頷いたナグルは、何度も鉄柱を打つ。とはいえ百を超えようかというところで鉄棒が手からすっぽ抜けた。
「ちええーい!」
隊員に被害が出ないよう、オナガは跳躍するなり別に持っていた鉄棒で打ち落とす。
「今日はここまでにしよ。目標は朝夕一万じゃ」
愕然とした顔をしながらも、ナグルはぎこちなく頷く。素直な後輩の反応に、オナガはにこにこと満足そうに微笑んだ。
翌日になると、オナガはナグルを連れて蕊山の巡回に向かった。
「ナグルは華族様を見たことはあるか?」
首を小さく横に振って答えとするナグル。
「華族様は髪と瞳ん色が薄かで、すぐに見分けがつく。平民な、華族様に逆らえん。目を付けられんよう、華族様が見えたら端に寄って頭を下げちょけ。決して視線を上げたらいけんぞ?」
こくりと頷くナグル。
口数は少ないが素直な少年だと、オナガはにこにこと微笑みながらナグルを連れて階段を上っていく。
「見習いからすぐに第一たあ、剣の腕がいいんじゃね?」
オナガが和やかに話しかけても、ナグルは不思議そうに見つめてくるだけで答えない。
「蕊山は華族様がいるから、言葉遣いや態度に気を付けにゃいけん。じゃっどん、そんなに硬くならんでいいからな」
緊張しているのだろうと色々と話し掛けてみるが、反応は鈍かった。それでもようやく世話を焼ける後輩を持てたオナガは諦めない。
チュウヒやカイツと組むことに不満はないが、新人を任せられたり後輩から慕われている二人の姿に、心の内では羨望の念を抱いていたのだ。
「オナガさん」
ようやく言葉が返ってきて、オナガは嬉しそうに笑みを零す。
「なんじゃ?」
「喋り方が変」
三秒ほど、オナガの笑顔が固まった。
「あー、俺な、神憑きなんじゃ。喋り方変な、そのせいじゃ。気にせんでくれるか?」
「直さないの?」
「直そうとした頃もあるんじゃがな、直らんかった。俺は聞いた言葉をそのまま話しとるつもりなんじゃが、他の人には違う音に聞こえるらしか」
他の人が耳にすれば明らかに異なる喋り方をしているが、オナガは無自覚だ。皆と同じように喋っているつもりでいる。
文字は普通に書ける。しかし文章を声に出して読むと、なぜか彼独特の喋り方になる。
初めて目の当たりにした人は、必ずと言ってもいいほどオナガの手元にある文章を確認する。だが一般的な文章であると知ると、首を傾げる。
わざとではない。オナガはきちんと読んでいるつもりである。
「ふーん」
ナグルはすぐに興味を無くしてしまったようで、それ以上は聞かなかった。
「ナグル、稽古付けちゃろうか?」
せっかく出来た後輩なのだからと、オナガは恐る恐る切り出した。
偶然居合わせて彼の発言を耳にした隊員が、ぎょっと目を剥いてオナガを凝視した。オナガの稽古に付き合える者など、異常に頑丈なヤガンくらいだ。
通りすがりの隊員はもちろん、オナガ自身も断られると予想していたが、意外なことにナグルは頷いた。
ぱあっと花が飛び散るように満面に笑みを咲かすオナガは、ナグルを連れて自身の稽古場に連れていく。
「これな、こうやって打つとじゃ。ちええーいっ!」
鉄柱を鉄棒で何度も繰り返し打つオナガを、ナグルはじっと見つめる。
「ほれ、ナグルもやってみ」
鉄棒を差し出すと、ナグルは素直に受け取った。オナガの真似をして鉄棒を持つ右手を高く振り上げ、左手を添えて構える。
無言で振り下ろすと、鉄と鉄がぶつかり合う硬質な音が響いた。
打ち付けたまま動かないナグルの様子に異変を覚え、オナガは慌ててナグルの近くに駆け寄る。
「どげした?」
顔を上げたナグルの眉間には深いしわが寄っている。
「痛い」
「初めはそうじゃ。慣れれば問題無か」
眉間にしわを刻んだまま頷いたナグルは、何度も鉄柱を打つ。とはいえ百を超えようかというところで鉄棒が手からすっぽ抜けた。
「ちええーい!」
隊員に被害が出ないよう、オナガは跳躍するなり別に持っていた鉄棒で打ち落とす。
「今日はここまでにしよ。目標は朝夕一万じゃ」
愕然とした顔をしながらも、ナグルはぎこちなく頷く。素直な後輩の反応に、オナガはにこにこと満足そうに微笑んだ。
翌日になると、オナガはナグルを連れて蕊山の巡回に向かった。
「ナグルは華族様を見たことはあるか?」
首を小さく横に振って答えとするナグル。
「華族様は髪と瞳ん色が薄かで、すぐに見分けがつく。平民な、華族様に逆らえん。目を付けられんよう、華族様が見えたら端に寄って頭を下げちょけ。決して視線を上げたらいけんぞ?」
こくりと頷くナグル。
口数は少ないが素直な少年だと、オナガはにこにこと微笑みながらナグルを連れて階段を上っていく。
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