華に君を乞う

しろ卯

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14.それで、何を騒いでいたのですか?

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「それで、何を騒いでいたのですか?」

 一つ息を吐いたチュウヒは、改めてカイツに説明を求めた。

「聞いてくれよ、チュウヒ、オナガ。しばらく前からさ、途中の町で待ち伏せされてるんだよ」

 しばし、無言でヤガンを見つめるオナガとチュウヒ。

「闇討ちか?」
「むしろあなたの方がする側だと思っていたのですが。どれだけ恨みを買っているのですか?」
「違うっ」

 揃って顔をしかめられ、ヤガンは喚くように否定し、カイツは背後で腹を抱えて笑う。

「そうじゃなくて、華族の御令嬢が俺を待ち伏せしていることがあるんだって」
「あなた節操ないですからね。女性からの怨みも買っていても不思議ではありませんね」
「だから違うって。いくら俺でも華族様にはまだ手を出してないから」
「まだ?」

 チュウヒとカイツから警戒する目を向けられて、口が滑ったとばかりにヤガンは目を泳がせた。こほんとわざとらしく咳払いをしてから、仕切り直す。

「あれは俺に気があるんだと思う」
「あなた、顔だけはいいですからね」

 つい先ほども聞こえた台詞だなと思いつつ、オナガはヤガンの顔を改めて見る。
 チュウヒやカイツも整った顔立ちだが、確かにヤガンは抜きんでて整った顔立ちをしていた。華族の館に飾っておいても遜色無さそうである。

「華族に飼われるんはお勧めせんよ? ほとんどの華族は平民を人と思うちょらん。人としての尊厳を奪われる」

 軽く注意するつもりが思った以上に低い声が出てしまう。しまったと思うより先に三人の視線が集まっていた。
 ヤガンとカイツはきょとんとした顔をしているが、オナガの過去を知るチュウヒは気の毒そうな眼差しを向けていた。
 とはいえ蕊山に出入りする彼らは、多少なりとも華族の本性を知っている。さして深く問うことなく、カイツは同意を示した。

「俺もそれは言ったんだけどさ」

 そう言いながら、ヤガンをじろりと睨む。

「分かんないだろ? 優しそうな子だし、きっと純粋に俺のことを」

 反論しようと口を開いたヤガンだが、最後まで言う前にチュウヒが軽く手を二度叩いた。

「はいはい。妄想はそこまで。華族様の機嫌を損ねれば、あなただけでなく一緒にいるカイツや、あなたの上司である隊長まで責めを負わされる危険があるのですよ? 今回のことは聞かなかったことにして差し上げますが、カイツ、今後もヤガンがくだらない妄言を吐くようでしたら、隊長への報告をお願いします」
「了解」

 不満そうなヤガンがまだ何か言おうとしていたが、カイツが襟首を掴んで踊り場を引き摺って行き、階段の手前に着くと蹴った。ごん、がん、と、ヤガンは騒々しく階段を落ちていく。

「んじゃ、お騒がせ様。特に問題は無かったけど、気を付けてね」

 呆然と階段下を眺めていたオナガは、カイツの声で我に返る。手を振って下りていくカイツに声を返し、オナガとチュウヒも上へと進む。

「あれは大丈夫なんやろうか?」
「いつものことですから問題ないでしょう。ヤガンは異常に頑丈にできていますから」
「そうか」

 普段の訓練でも人並み外れた頑丈さを披露しているヤガンだ。オナガは深く考えることは放棄して、チュウヒの言葉を受け入れておいた。
 扉を開けて町に出て、そして再び扉から出て階段を上がる。
 セッカの住む階層まで辿り着く頃には、ヤガンの奇態はオナガの頭からすっかり抜けていた。

「セッカ、待ったか?」
「ううん。今来たばかりよ?」

 店の中で待っていたセッカは、オナガの姿を見つけるなり飛び出してくる。そして三人で並んで町を回る。
 最上層まで行き折り返すと、下り途中の階段で休憩となる。

「先に行っています。次の階段で待っていますから、適当に上ってきてください」

 果李を補給し終えた途端に、チュウヒは階段を下り始めた。

「俺も一緒に行っど?」

 慌てて動こうとしたオナガをチュウヒは手で制す。

「仲睦まじいことは結構なことだと思います。しかし、それを見せつけられる私の気持ちも考えてください」

 砂でも食べたかのような顔をしたチュウヒに言われ、オナガとセッカは不思議そうに首を傾げた。
 理解していない二人をチュウヒはげんなりと見やると、こめかみを抑える。

 セッカと再会した初日から、オナガは彼女への恋情を隠そうともしない。そんなオナガの一挙手一投足に、恥ずかしがったり嬉しそうな笑顔を浮かべるセッカ。
 恋人もいない独り身には、耐えられないものがある。いや、恋人や伴侶がいようと、頻繁に隣で見せつけられては堪らないだろう。
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