華に君を乞う

しろ卯

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02.また別の日

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 また別の日、手を止めると戸口から少女が覗いていた。

「開け放しちょったんか?」
「駄目だったかしら?」
「音が漏れる。叱られるで閉めてくれ」
「分かったわ」

 頷いた少女は部屋の中に入って戸を閉めた。立ち去るだろうと予想していたオナガは面食らってしまう。

「とても真剣で、感動したわ」

 屈託のない笑顔を、ふわりと浮かべる少女。
 彼女も華族の一人なのだと分かっているのに、オナガの顔が少し熱くなる。

「俺はそういう神憑きじゃっで」
「神憑きなの? 凄いわ。神様に愛されているのね。素敵!」

 両手を合わせるようにして、きらきらと輝く目で見上げてくる。気恥ずかしいと同時に、苛立つ気持ちが生まれて、オナガは顔をしかめるように歪めた。

「ごめんなさい。ついはしゃいでしまって。私ね、神様にお仕えするのが夢なの。しっかりお勉強して、祠官しかんになるの」
「俺は神様は好きじゃなか」
「あら、どうして?」

 心底不思議そうに少女は小首を傾げる。

「神様が憑いたせいで、俺は家族から引き離されてここへ連れてこられた」
「それは華族の一人として謝るわ。ごめんなさい。でもそのお蔭で私はあなたに会えたのだから、私は神様に感謝するわ。あなたのお名前を教えて頂いてもいいかしら? 私はセッカ」

 裏があるようには見えなかった。それでも華族に対して警戒していたオナガは、答えるべきか逡巡する。

 セッカはただじっと、オナガを見つめているだけだった。
 知りたいのならば命じればいいのに。そうすればオナガは答えるしかないのに。
 彼女は何も言わずに、オナガが自ら名乗るのを待つ。

「オナガ」
「オナガね。ここに来てくれてありがとう。会えて嬉しいわ」

 根負けして名乗ると、セッカは花が咲いたように満面の笑みを見せた。
 華族だからと一括りに考えていたが、平民にだって気のいい人もいれば気難しい人もいる。オナガは自分の狭い考えを反省し、セッカはセッカとして向き合うことにした。

 屋敷の一人娘であるセッカは、ちょくちょくとオナガの下を訪れるようになった。けれど彼女の父母に呼ばれた場所で、彼女の姿を見ることは稀だった。

「親と仲が悪かとな?」
「そういうわけでは無いのだけれど」

 問えば困ったように眉を下げる。
 オナガも彼女の両親は好きになれない。優しいセッカでは気が合わないのだろうと、なんとなく察した。

「何か嫌なことされちょるなら言え。助けてやる」
「ありがとう、オナガ」

 目を瞠ったセッカは、それは嬉しそうに微笑んだ。オナガの頬が自然と赤くなり、照れ隠しに顔を逸らす。

「オナガ、今日は神代かみよ文字を習ったのよ。オナガにも教えてあげるわ」
「神代文字?」
「ええ。神々が使っていた文字の一種よ。ただの文字ではなくて、使い方によっては多くの幸福をもたらしたり、逆に世界を滅ぼす危険もあるの」
「そげん大層な文字、平民の俺が教えてもらうわけにはいかん」

 慌てて拒否するが、セッカはくすくすと愛らしく笑う。

「大丈夫よ。オナガは悪いことに使ったりしないでしょ? 神様の御加護があるのだもの。オナガだって学ぶ権利はあるはずだわ」

 困惑するオナガを嗜めて、セッカはオナガに様々なことを教えてくれた。この国の成り立ち、神々に関する知識、王と神子の話……。

「神様は怪我をしたり体の調子が悪くなると、聖水に浸かって眠っていたそうよ。そうすると怪我も病気も治るの」
「そげな水があるとか。凄かね」

 セッカが教えてくれる平民で走ることのできなかったであろう知識に、オナガは夢中になった。そしてそれ以上に、セッカに夢中になっていった。
 相変わらず彼を買ったサイチョウたちは気に食わなかったが、買ってくれたおかげでセッカと出会え話せるのだと思えば、感謝の念が湧いてくる。

 剣鬼という能力もあって、サイチョウ夫妻はオナガを護衛として使うこともあった。それを利用して、セッカも外出の時にオナガを護衛として連れ出すようになった。
 彼女の場合は護衛というのは名目で、実際は一緒に町を歩きたいだけのようだったが。

「オナガ、あの店を覗いてみてもいいかしら?」
「好きにせえ」

 日の光も当たらず、人気も無い華族の町。真っ直ぐな壁と天井に囲まれた狭い空間。
 等間隔で現れる十字路で通りを移動するが、どこも壁や扉の色が違うだけで同じように見えた。
 整然としている蕊山の中は無機質で、不気味な印象がある。けれどセッカと共にいると明るく見えるから不思議だ。
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