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14.悪しき精霊

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「私にカフシアナン王子の婚約者なんて無理よ。モモリーヌの方が絶対に似合うわ」
「まあ! お姉様、本当にそう思っていらっしゃるの?」
「もちろん! 可愛いし、明るいし、優しいし。絶対にケセ、じゃなくて、私よりもモモリーヌの方が相応しいわ」

 持ち上げられて、異母妹は嬉しそうに頬をピンク色に染める。

「ふふ。ありがとうございます、お姉様」
「そうだ、モモリーヌ。よかったらこのネックレスを受け取ってくれない?」

 ――駄目よ! そのアンバーは!

  止める声は届かず、私の体は首からアンバーを外して異母妹に差し出す。

「これってカフシアナン殿下から頂いたネックレス? 頂いてよろしいの?」
「いいえ。これは公爵家に伝わる、精霊オーマが宿ったアンバーよ。清らかな娘が身に付けていればオーマが目覚めて祝福を与えてくれるわ。そうすればモモリーヌは聖女として、王家に迎えられる」
「まあ! 私が聖女に? カフシアナン殿下と結婚できるの? ありがとうございます。お姉様!」

 アンバーのネックレスが、モモリーヌの手へと移ってしまった。

 ――嗚呼、なんてことを! 封印が溶けてしまう。

 何とか取り返そうとしたけれど、私の手はアンバーにも、彼女たちにも触れられない。
 呆然とする私の前で、二人の少女は楽しそうにお喋りに興じる。

「私はカフシアナン王子は趣味じゃないのよね。だからお父様に二人で頼めばきっと」
「あら? ではお姉様はダルムニドル殿下がお好きなの?」
「それは絶対にない。あんな男と関わっちゃ駄目よ? 王位を手に入れるためには手段を選ばないような男なんだから」
「まあ!」

 勝手なことを。ダルムは国を混乱させないために、結婚さえ諦めているというのに。

 なぜこんなことになってしまったのか、私は考える。
 アンバーを身に付けていると、封じられた悪しき精霊が夢を見せるのだとお母様は仰っていた。夢に囚われてはならないと。

 ――嗚呼、あの夢だわ。綺麗な絵、素敵な物語。つい見入ってしまったから、囚われてしまったのね。

 私はなんと愚かなのだろう。お母様から教えて頂いていたのに。
 でもそうなのだとしたら、私の体を操っているのは、アンバーに封じられていた悪しき精霊なのだろうか?
 これ以上は力を与えないようにしなければ。だけど、どうすればいいのだろう?
 何かに触れることも、声を届けることもできない私に――。

 暗く落ち込む私に気付く者などおらず、悪しき精霊と異母妹のお喋りは終わり、再び白い部屋に戻る。

「まだ婚約はしていないみたいだし、オーマのネックレスも渡せた。モモリーヌが聖女として覚醒すれば、王子様の婚約者の座はモモリーヌのもの! そうなれば私が断罪される理由はなくなるわよね? 嫉妬で嫌がらせなんてしないし」

 部屋に戻ってから、悪しき精霊は嬉しそうに騒いでいる。ネックレスが体から離れても、悪しき精霊は自由に私の体を使えるようだ。

「でも強制力が働く可能性もあるのよね? そうだ! 王家から婚約の申し込みが来る前に私がツモン様と婚約すれば、王子との婚約も回避できて一石二鳥じゃない?」

 騒いでいる悪しき精霊を部屋の隅に座って眺めながら、私は思考を巡らせる。
 なぜ悪しき精霊はこんなにカフシアナン殿下との婚約を嫌がっているのだろうか。
 私もカフシアナン殿下と婚約したいとは思わないからいいけれど、気になってしまう。

 アンバーのことを知っているのは、お母様と私、それに国王陛下のみ。そうか、殿下から国王陛下と話が伝わって、悪しき精霊の封印が解けていることに気付かれることを恐れているのかもしれない。
 どうにかして国王陛下にお伝えしなければ。

「お姉様、ご夕食をご一緒しません?」
「ええ、もちろんよ、モモリーヌ」

 異母妹が迎えに来て、悪しき精霊は部屋から出ていく。私も引っ張られて付いて行った。
 食堂に行くとお父様が眉間にしわを寄せて私の体を睨む。だけど睨まれている悪しき精霊も、一緒にいる異母妹も気にする素振りはない。

「お父様、お姉様をお誘いしたの。お部屋で一人で食べるのは寂しいでしょう? 家族ですもの。一緒に食べたほうが美味しいわ」
「モモリーヌがそう望むのなら、そうしよう。ケセディアーナ、いいな?」
「はい、お父様。今まで申し訳ありませんでした。これからは公爵家の令嬢として恥ずかしくないように頑張りますわ」

 なぜ私がお父様に謝らなければならないのか? もやもやとしたものが胸の中で蠢く。
 お父様は目を見張ったが、すぐに表情を和らげて継母と異母妹に話しかける。私の体はないものとして扱うようだ。
 私は彼らから姿が見えないことを利用して、お父様をじっくりと観察した。

 ――違うわ。

 よく似ているからお父様だと思っていたけれど、お爺様たちが天に召された時の夢に出てきた男と、お父様は違う顔だ。
 考えてみれば、あの時のお母様は私と同じくらいの少女だった。夢が真実ならば、お父様だってまだ子供だ。

「お父様、お話ししたいことがあるのですけれど、お時間を取っていただけませんでしょうか?」

 突然、悪しき精霊がお父様に話を持ちかけた。お父様は訝しげに見返す。けれど悪しき精霊はにこにこと微笑み続ける。

「大切なお話ですの」

 重ねて畳みかけられて、お父様は渋々頷いた。
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