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4・初めての国内視察
4-19・ガラス細工の行方③
しおりを挟むそれは手のひらにすっぽり収まるぐらいの、紫色の花だった。
否、違う、正しくは台に固定された淡い紫がかった、透き通った球形の中に、花が彫り込まれている。
まるで浮かぶよう閉じ込められた花。
ガラスの内側だけに傷をつけて花としたのだろうか。
幾重にも花びらを重ねた複雑な形の花は、例えば魔力を用いて同じものを作るのは、それほど難しいことではなかった。
だが、そこにあるガラス細工には魔力の片鱗はほとんど見当たらず、おそらくは職人が手ずから手掛けたのだろうことがうかがえた。
なるほど、お土産ならば相応しいことだろう。
このような市場の片隅に置いてあるぐらいだ、庶民でも手が出るほど安価だろうその置物は、しかし高価な品に見劣るほど貧相なわけでもなくて。何より惹かれたのはその色。
「あら。そちら陛下の瞳の色にそっくりですわね」
気付いたルーファが朗らかに指摘する。
「えっ?! え、いや、それはっ、」
ティアリィ自身が心の中で思っていたことそのままを告げられて、思わずティアリィは焦ってしまった。
もっとも本当は、自分がミスティの瞳の色に似ている置物に目を止めていた所で、誰に言い訳するようなことでもないはずなのだけれど、何故かそれがひどく気恥ずかしいことのような気がして。
そして気恥ずかしく思った自分に気付いて、ますます恥ずかしくなってしまう。
「お兄様? どうなさったの?」
明らかに混乱する見慣れないティアリィの様子に、ルーファが不思議そうに首を傾げている。
おそらく、ティアリィの混乱の理由など、少しも思い当たらないのだろう。ルーファの変わらない、少しばかり機微に疎い幼さが救いだった。
「あ、ああ、いや、あの……何でも、何でもない、ああ、でも、そ、そうだな、ミスティの瞳の色、だなっ……! は、はは……はは」
全く何も誤魔化しようもない態度で、だけど辛うじてそれだけ口に出したティアリィに、ルーファはきょとんと首を傾げるばかり。
呆れたようなアルフェスからの視線が、なんだか痛いような気がした。
いや、実際に本当にそんな視線を寄越されているかどうかさえ確認できないのだけれども!
ああ、でも。
もう一度改めてガラス細工を見る。
見れば見るほど、キレイな澄んだ紫色。花の様子も、なんだか華やかなミスティの印象そのもののように思えて。
ああ。
苦く眉を寄せたティアリィは、迷いに迷って最終的に結局、その置物を購入することに決めたのだった。
土産ではなく、そっと。自分の手元へと置いておくために。
ミスティの瞳と同じ色。
それはあるいはティアリィの心の中の、重石のようにも思えたのだった。
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