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3・偽りの学園生活
3-6・わかりやすい好意(ピオラ視点)
しおりを挟む彼の好意はわかりやすかった。
彼、とはファルエスタ王国の王太子、ユーフォルプァ殿下のことだ。
ピオラの婚約者候補である相手だった。
しかし殿下が好意を抱いたのはピオラではなく、彼女の護衛として付いてきた叔父である。否、叔父というのは表向きの立場で、本来ならピオラの母親だ。つまり既婚者なのだが、立場を偽っている都合上、殿下はそれを知らず、知らないからこそ余計に惹かれているのだろうと見て取れた。
ピオラはそれに驚きつつも微笑ましく思ってしまう。
確かにピオラの母は美しいのだ。たとえ髪や目の色を変え、魔力を抑えていたとしても。そんなもの、母の美しさの陰りになどならない。
ピオラがこれまでであったことのある人間の中で、一番美しいのは母だ。
それはもう殿下のような年若い男性だとひとたまりもないだろう。好意を抱くのは充分に納得できることだった。
そもそもピオラは自らの婚約者候補だというのに、殿下に欠片とて興味を抱いていなかった。だからこそ、ただ納得するだけで気にもならず、仕方がないことだとまで思ってしまう。
殿下の態度があまりにもわかりやすかったせいで、殿下の好意は当の母本人以外なら皆、気付いている有様で。その所為で、後で幾人かはピオラを気遣い、声をかけてくれた。
「あの、ピオラ様? あれ、宜しいんですか?」
あの初対面時の顔合わせの後、真っ先にはっきりと言葉にして訊いてきたのはミデュイラだ。
王宮で宛がわれた部屋に戻ってきていて、周囲にいたのは侍女と護衛二人のみ。ティールともう一人の護衛はまだ何か国王夫妻と話すことが残っているらしく、まだ此処へは戻ってきていなかった。
ピオラは華やかに声を上げて笑った。
「あらあら、構いませんわ。ティールがご一緒なのですもの、仕方ございませんわよ」
初対面なら特に、あの方は私などよりよほど魅力的に映ることでしょうから。
一応は呼び方に注意しながらそう告げる。
「でも、あの王太子殿下ってピオラ様の婚約者候補なんでしょう?」
ピオラの言葉には同意する部分があるだろうに、それでもミデュイラは気にしてくれていた。
ピオラはそんなミデュイラの気持ちの方こそ嬉しい。
「本当に。構わないんです。むしろお気の毒だと思いますわ」
何故なら、彼の殿下の好意は決して実を結ぶことなどないのだから。
なにせ殿下が好意を抱いた相手が相手なのだ。
今は少し時間を置きたいと離れているとはいえ、あの父が母を手放すとは考えられなかった。
と、言うか、ポータルの設置さえ済んでしまえば、この国まで来てしまうのではないかとピオラは予想していて、それはあながち間違っていないように思われた。
そもそも母の鈍さは筋金入りだ。
父からの好意さえ知らないまま14年を共に育ち、自分の気持ちであるにもかかわらず、父への好意にも気付かないままそこから更に4年を過ごしたのだ。
今日初めて会ったような自分の子供に近い年齢の少年の気持ちになど、気付けるはずがなかった。
多分はっきり口に出されてはじめて認識する程度だろう。
否、そうしてなおしばらくは冗談だとでも判断する可能性さえあった。
そんな自分の意見を続けてミデュイラに話したならば、彼女はそれに引くほど驚いていて、ピオラは余計に声を上げて笑ってしまう。
「え、それは流石に……」
「ね? 可笑しいでしょう? だから私、殿下のことは気の毒だと思いこそすれ、他なんて何にも気にならないんですの。ああ、でも、」
重ねて大丈夫だと伝えながら、そうだと思いついたことを口に出した。
「ティールと、後は私のお父様には、伝えないようになさってくださいね。とは言え、訊かれたら正直にお応え頂いてかまわないんですけど」
ひとまず本人と、後は問題を大きくしそうな父親にはととりあえずの口止めをする。
「それは、勿論……ティール様には言えるはずがないし、ピオラ様のお父様ってそんな…お会いする機会があるとは思えないわ」
こくこくと頷くミデュイラには伝えなかったけれど、ピオラは多分近々、会う機会が訪れるだろうと予想していた。
何分、自分の父であるので。
あとはと弟たちにも事前に伝えておくことに決める。
「皆も。お願いね?」
周囲にいて話を聞いていた侍女や護衛にも念を押すと、頷かない者などおらず、どうやら考えはピオラと同じらしかった。
「そのようなこと、私どもの誰も言えませんわ、ピオラ様。ご安心ください」
「そうよねぇ。私もよ」
伝えるだとか伝えないだとか、今わざわざ念を押したけれど、そもそもできる気がしないというのが本当の所なのだ。
侍女からの返事にピオラも同意すると、いまだピオラ達に馴染みきっているとは言い難いミデュイラは、戸惑ったような顔をしたままだった。
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