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2 人族を買う意味

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 職場から徒歩10分の場所にある飲み屋でマールと合流した。

 その店は上階が宿になっていて、一階が食堂で、蜂蜜料理を出している。マスターは熊の獣人で、旅人が多い店内は、知人が寄り付かないという利点がある。

「お疲れ」

 すでにカウンター席で蜂蜜酒を飲んでいるマールに隣の席を勧められ、座る。

 ジャケットを脱ぎながら蜂蜜酒を注文し、マールの頼んでいるツマミに手を出した。

「話とは何だ?」

「早いな、少し落ち着いたらどうだ」

「いや、明日も仕事だし、早く帰って寝たいのだが?」

「ああ、まあ、そうか」

 飽き飽きしてつまらなくとも仕事は仕事。遅刻などしたくはないし、毎日似たり寄ったりの弁当作りも欠かしたくはない。

「おまえ、俺のこと、同僚以上の友人と思ってくれるか?」

 マールにしては真剣に、でも気恥ずかしそうに告げて来て、酒を飲み干す。

 おかわりが私の注文と一緒に出て来て、乾杯から始める。

「まあ、おまえがどう思っているかは知らないが、私は獣人の中で数少ない、話し合いの出来る友人だと思っているが」

 私がそう言うと、マールはホッとしたように笑んだ。

「俺は妻を愛しているが、獣人に無視されるたびに少しな、ほんの少し憤りとは別の虚しさを感じるんだ。でもおまえは違う。妻を慮り、俺を見下さない。それがどれだけ有難いか———」

「いや、普通だ」

 普通であることが当然であって欲しい。だがそうでないことは分かっている。

「普通と言えるおまえと友人として飲める。本当に助けられているんだ」

「わかった。もう良い。それで? 話に入れよ」

 酔っ払いの感情吐露にいつまでも付き合ってはいられない。

「ああ、そうだった。おまえ、一応はまだ貴族の肩書は持っているんだろ?」

「身分が必要になる話か?」

 そういうのは嫌だと席を立とうとしたら、腕を掴まれて引き止められた。

「俺はミルルくんを……リスの孤児院の子だ。あの子を引き取ろうと思う」

「ああ、そうか。それはすごいな」

 金か? と内心で思う。

「だがあの子は身受けを断って来た」

「それはまあ、その子にもいろいろ考えがあるのだろう」

「そうだ」

 椅子に座り直されて、手に酒を持たされる。仕方なく残りの酒を飲み干した。

「おまえ、人族の子の身受けをしてくれないか?」

 人族の子?
 苦い過去が頭をよぎる。

「なぜ私がそんなことを」

「おまえなら人族の子を引き取っても、醜い扱いをしたりしないだろ?」

 そう言ったマールは表情を歪め、落ち込んだ。

「庶民の俺では人族を買う金も身分もない。ミルルくんを引き取ったところで、必ず幸せに出来るとは言えない」

 そう言って言葉を切ったマールは、思い直したように顔を上げ、強い眼差しで私の目を見る。

「お願いだアレス。形だけで良いんだ。彼らを救ってはくれないか」

 とても強い言葉に、一瞬怯んだ。

 人族を買う。
 それは父の愚行を思い起こさせ、私の不甲斐なさを思い出す。それは何年経っても重く胸に燻り続けている。

「買ってどうする。リスの子はまあ良い。働き先も見つかるだろうし、先の結婚も望めるだろうから、いつかは手を離れる。だが人族はどうだ。女性であれば奥方のようにパートナーが見つかれば良いが——」

「……男だよ」

 人族の扱いは物と同じだと言っても良い。マールの奥方は特別だ。マールが奥方を愛している。それは奇跡だ。世の人族と婚姻する男は、愛で婚姻をしない。気まぐれ、産みの道具、どう扱っても許される。なにせ家に囲って一歩も出さないのが通常のやり方で、首輪を付けて鎖で繋いでいるという話も聞いたことがある。

 それが男となればもっと酷い。

「やめておいた方が良い」

 私が全ての言葉を飲み込んで、それだけを伝えたが、マールはまだ諦めが付かないという表情だ。

「悪いが、おまえの未来に影を落とす存在を買うことなどできない。奥方を大切にしてくれ」

 飲んだ酒以上の金額をカウンターに置いて、席を立ち、マールの視線を振り切って、店を出た。
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