1 / 24
1 退屈な日常の打開方法
しおりを挟む
退屈だった。
「またため息? アレス」
デスクの脇を通り抜けながら、私の肩に触れて、小さく笑って通り過ぎて行ったのは、同じ時期に入社した兎のディアだ。そのスタイリッシュな背中を見送って、またため息を吐く。
ため息も吐きたくなる。
来る日も来る日も数字にまみれ、同じ時間、同じ日程の中で繰り返す日々。
別に仕事が嫌いな訳ではない。職場に不満がある訳でもない。
ただ坦々と進む日々に飽きているくせに、何一つ行動に移さない自分への不満があるだけだ。
午前中の業務を終えた同僚たちは、小さな財布を持って出掛けて行く。
「また同じものを食べるのか? たまには外へ出かけたらどうだ」
「……いえ、私は…」
犬鷲の課長が声を掛けて来るが、それは社交辞令だ。3日に一度は声を掛けて来るが、自らが誘うという気は欠片もない。
嫌われている訳ではない。仕事も向上心はないものの、それなりに熟しているという自負はある。
ただダメなのだ。
彼らが持つこの世界においての常識が、私には酷く、醜く感じてしまうのだ。
私用のデスクで早朝に作った弁当の蓋を開けると、同じように弁当を持って来ている猫族のマールがお茶を持って来てくれた。
「いつも悪いね」
そう声を掛けると、向かい側の二つ横の席に座る。彼もまた、身分差社会にウンザリしている者のひとりだ。
弁当という文化を持ち込んだのは人族だ。マールの奥方は人族の女性で、それにより肩身の狭い思いをしている。
私は人族に慣れている。
幼い頃から人族が使用人として働いている環境で暮らしていたからだ。
それはつまり、私は貴族の出ということだ。
貴族は金で人族を買い、職を与える。私はそれを貴族だから出来る善行だと思っていた。
だが違う。
父は人族を使用人として働かせながら、隠れて伽(とぎ)に呼んでいた。
物を知らないということが、相手を傷つけると知ったのは、成人を迎えた18歳の時だった。
貴族の息子の殆どが入る軍学校の宿舎から屋敷に呼び戻された日。今でも忘れられない。満月がいやに大きく輝いた冬の凍てつくほど寒い日だった。
父に呼ばれた部屋には、幼い頃から一緒に育ち、兄のように慕っていた使用人の男がおり、親しく挨拶を交わそうとした瞬間、視線を逸らされ、怯える素振りを見せられた。
そうして察した。
父のさせようとする事が。
彼がこれからされることに怯えたという事実に、彼を仲の良い友人、兄弟のようだと思っていた自分に憤りを覚える。
私はその時、父の本性を知り、己の不甲斐なさを知った。
ただ逃げ帰る事しか出来なかった自分を恥じ、彼らの境遇に同情し、己もまた、父と同じ血を引いているのかと怖くなった。
いったい彼は幼い私の無邪気な行動に何を想っていたのか。それが今でも私を苦しめ、辱めている。
「奥方は元気か?」
マールの奥方は人族だが、マールに似た男の子を産んで、少しだけ世間から認められた。獣人と人族の子だが、種族が混じり合うことはない。神はそうした産み分けを理(ことわり)としている。
マールは箸を止め、私を見て苦笑をする。
「妻を気にかけてくれるのは君くらいだよ」
その返しは少し辛い。相手が人族だというだけで、いてもいない扱いになるのが獣人の考え方だ。
「子どもが産まれたばかりだろう? それなのにお弁当を作ってくれるなんて、優しい奥方だと思っただけだ」
「ああ、これか?」
そう言って見せてくれたマールのお弁当は、半分が白いご飯で、あとの半分には卵焼きが詰まっているというものだ。子どもが産まれる前のお弁当のおかずが、色とりどりの豪華な物だと知っているから、なんと言って返して良いのか困った。
そんな私の表情で内情を察したマールが笑う。
「いや、ごめん、別に妻の手抜きという訳ではないよ。実は孤児院の子をお手伝いで雇っていてね。その子の力作なんだ。一生懸命でね、レパートリーは少ないが、味は良いんだよ」
「なるほど、そういう理由か」
孤児院の子をお手伝いとして雇うのは良くあることだ。それは掃除だったり、お使いだったりするが、それで稼いで、働けない子の生活費に当てている。
「リスの可愛い子で、人族にも慣れていてね、妻とも仲良くやってくれている」
「それは良いね。ウチの掃除もしてくれると助かるんだが」
人族に慣れたリスの子か。
「ダメだよ。今はウチの可愛い子だからね。そういえば相談があるんだが、今夜時間をもらえないか?」
「なんだ? その子を紹介してくれるのか?」
そう冗談を言っている間に昼休み終了時刻が近づいていることに気づき、仕事の終わり具合によると返事をして、その先は弁当を掻き込むことに集中した。
◇◇◇
※アレスのイメージです。
一人称だと書けないアレスの容姿などをここに。
本文に入れたかったけど無理でした。
前作にも出ていたので、お好きな容姿で読んで貰えたら良いので、飛ばして貰っても大丈夫です。
一応、私のイメージです。
アレス=狐の獣人
もうすぐ30歳。
耳も尾も消せる人型タイプ。
細身で背が高い。
仕事時は地味目な三揃えのスーツ。決まった仕立て屋にオーダーしてる。その日の天候と気分で服を選ぶ。家ではスエット。お買い物はラフなもの。デートは相手に合わせた雰囲気の物を事前に購入して着用。お気に入りのブランド店が数店舗あってそこの服や生活用品を揃えている。
見目は地味だけど清潔で静かな雰囲気。細目で切長、唇薄め。
獣人臭を消す為に軽く香る香水を付けてる。
貴族風な一般民といった感じです。
「またため息? アレス」
デスクの脇を通り抜けながら、私の肩に触れて、小さく笑って通り過ぎて行ったのは、同じ時期に入社した兎のディアだ。そのスタイリッシュな背中を見送って、またため息を吐く。
ため息も吐きたくなる。
来る日も来る日も数字にまみれ、同じ時間、同じ日程の中で繰り返す日々。
別に仕事が嫌いな訳ではない。職場に不満がある訳でもない。
ただ坦々と進む日々に飽きているくせに、何一つ行動に移さない自分への不満があるだけだ。
午前中の業務を終えた同僚たちは、小さな財布を持って出掛けて行く。
「また同じものを食べるのか? たまには外へ出かけたらどうだ」
「……いえ、私は…」
犬鷲の課長が声を掛けて来るが、それは社交辞令だ。3日に一度は声を掛けて来るが、自らが誘うという気は欠片もない。
嫌われている訳ではない。仕事も向上心はないものの、それなりに熟しているという自負はある。
ただダメなのだ。
彼らが持つこの世界においての常識が、私には酷く、醜く感じてしまうのだ。
私用のデスクで早朝に作った弁当の蓋を開けると、同じように弁当を持って来ている猫族のマールがお茶を持って来てくれた。
「いつも悪いね」
そう声を掛けると、向かい側の二つ横の席に座る。彼もまた、身分差社会にウンザリしている者のひとりだ。
弁当という文化を持ち込んだのは人族だ。マールの奥方は人族の女性で、それにより肩身の狭い思いをしている。
私は人族に慣れている。
幼い頃から人族が使用人として働いている環境で暮らしていたからだ。
それはつまり、私は貴族の出ということだ。
貴族は金で人族を買い、職を与える。私はそれを貴族だから出来る善行だと思っていた。
だが違う。
父は人族を使用人として働かせながら、隠れて伽(とぎ)に呼んでいた。
物を知らないということが、相手を傷つけると知ったのは、成人を迎えた18歳の時だった。
貴族の息子の殆どが入る軍学校の宿舎から屋敷に呼び戻された日。今でも忘れられない。満月がいやに大きく輝いた冬の凍てつくほど寒い日だった。
父に呼ばれた部屋には、幼い頃から一緒に育ち、兄のように慕っていた使用人の男がおり、親しく挨拶を交わそうとした瞬間、視線を逸らされ、怯える素振りを見せられた。
そうして察した。
父のさせようとする事が。
彼がこれからされることに怯えたという事実に、彼を仲の良い友人、兄弟のようだと思っていた自分に憤りを覚える。
私はその時、父の本性を知り、己の不甲斐なさを知った。
ただ逃げ帰る事しか出来なかった自分を恥じ、彼らの境遇に同情し、己もまた、父と同じ血を引いているのかと怖くなった。
いったい彼は幼い私の無邪気な行動に何を想っていたのか。それが今でも私を苦しめ、辱めている。
「奥方は元気か?」
マールの奥方は人族だが、マールに似た男の子を産んで、少しだけ世間から認められた。獣人と人族の子だが、種族が混じり合うことはない。神はそうした産み分けを理(ことわり)としている。
マールは箸を止め、私を見て苦笑をする。
「妻を気にかけてくれるのは君くらいだよ」
その返しは少し辛い。相手が人族だというだけで、いてもいない扱いになるのが獣人の考え方だ。
「子どもが産まれたばかりだろう? それなのにお弁当を作ってくれるなんて、優しい奥方だと思っただけだ」
「ああ、これか?」
そう言って見せてくれたマールのお弁当は、半分が白いご飯で、あとの半分には卵焼きが詰まっているというものだ。子どもが産まれる前のお弁当のおかずが、色とりどりの豪華な物だと知っているから、なんと言って返して良いのか困った。
そんな私の表情で内情を察したマールが笑う。
「いや、ごめん、別に妻の手抜きという訳ではないよ。実は孤児院の子をお手伝いで雇っていてね。その子の力作なんだ。一生懸命でね、レパートリーは少ないが、味は良いんだよ」
「なるほど、そういう理由か」
孤児院の子をお手伝いとして雇うのは良くあることだ。それは掃除だったり、お使いだったりするが、それで稼いで、働けない子の生活費に当てている。
「リスの可愛い子で、人族にも慣れていてね、妻とも仲良くやってくれている」
「それは良いね。ウチの掃除もしてくれると助かるんだが」
人族に慣れたリスの子か。
「ダメだよ。今はウチの可愛い子だからね。そういえば相談があるんだが、今夜時間をもらえないか?」
「なんだ? その子を紹介してくれるのか?」
そう冗談を言っている間に昼休み終了時刻が近づいていることに気づき、仕事の終わり具合によると返事をして、その先は弁当を掻き込むことに集中した。
◇◇◇
※アレスのイメージです。
一人称だと書けないアレスの容姿などをここに。
本文に入れたかったけど無理でした。
前作にも出ていたので、お好きな容姿で読んで貰えたら良いので、飛ばして貰っても大丈夫です。
一応、私のイメージです。
アレス=狐の獣人
もうすぐ30歳。
耳も尾も消せる人型タイプ。
細身で背が高い。
仕事時は地味目な三揃えのスーツ。決まった仕立て屋にオーダーしてる。その日の天候と気分で服を選ぶ。家ではスエット。お買い物はラフなもの。デートは相手に合わせた雰囲気の物を事前に購入して着用。お気に入りのブランド店が数店舗あってそこの服や生活用品を揃えている。
見目は地味だけど清潔で静かな雰囲気。細目で切長、唇薄め。
獣人臭を消す為に軽く香る香水を付けてる。
貴族風な一般民といった感じです。
11
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる