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1 退屈な日常の打開方法
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退屈だった。
「またため息? アレス」
デスクの脇を通り抜けながら、私の肩に触れて、小さく笑って通り過ぎて行ったのは、同じ時期に入社した兎のディアだ。そのスタイリッシュな背中を見送って、またため息を吐く。
ため息も吐きたくなる。
来る日も来る日も数字にまみれ、同じ時間、同じ日程の中で繰り返す日々。
別に仕事が嫌いな訳ではない。職場に不満がある訳でもない。
ただ坦々と進む日々に飽きているくせに、何一つ行動に移さない自分への不満があるだけだ。
午前中の業務を終えた同僚たちは、小さな財布を持って出掛けて行く。
「また同じものを食べるのか? たまには外へ出かけたらどうだ」
「……いえ、私は…」
犬鷲の課長が声を掛けて来るが、それは社交辞令だ。3日に一度は声を掛けて来るが、自らが誘うという気は欠片もない。
嫌われている訳ではない。仕事も向上心はないものの、それなりに熟しているという自負はある。
ただダメなのだ。
彼らが持つこの世界においての常識が、私には酷く、醜く感じてしまうのだ。
私用のデスクで早朝に作った弁当の蓋を開けると、同じように弁当を持って来ている猫族のマールがお茶を持って来てくれた。
「いつも悪いね」
そう声を掛けると、向かい側の二つ横の席に座る。彼もまた、身分差社会にウンザリしている者のひとりだ。
弁当という文化を持ち込んだのは人族だ。マールの奥方は人族の女性で、それにより肩身の狭い思いをしている。
私は人族に慣れている。
幼い頃から人族が使用人として働いている環境で暮らしていたからだ。
それはつまり、私は貴族の出ということだ。
貴族は金で人族を買い、職を与える。私はそれを貴族だから出来る善行だと思っていた。
だが違う。
父は人族を使用人として働かせながら、隠れて伽(とぎ)に呼んでいた。
物を知らないということが、相手を傷つけると知ったのは、成人を迎えた18歳の時だった。
貴族の息子の殆どが入る軍学校の宿舎から屋敷に呼び戻された日。今でも忘れられない。満月がいやに大きく輝いた冬の凍てつくほど寒い日だった。
父に呼ばれた部屋には、幼い頃から一緒に育ち、兄のように慕っていた使用人の男がおり、親しく挨拶を交わそうとした瞬間、視線を逸らされ、怯える素振りを見せられた。
そうして察した。
父のさせようとする事が。
彼がこれからされることに怯えたという事実に、彼を仲の良い友人、兄弟のようだと思っていた自分に憤りを覚える。
私はその時、父の本性を知り、己の不甲斐なさを知った。
ただ逃げ帰る事しか出来なかった自分を恥じ、彼らの境遇に同情し、己もまた、父と同じ血を引いているのかと怖くなった。
いったい彼は幼い私の無邪気な行動に何を想っていたのか。それが今でも私を苦しめ、辱めている。
「奥方は元気か?」
マールの奥方は人族だが、マールに似た男の子を産んで、少しだけ世間から認められた。獣人と人族の子だが、種族が混じり合うことはない。神はそうした産み分けを理(ことわり)としている。
マールは箸を止め、私を見て苦笑をする。
「妻を気にかけてくれるのは君くらいだよ」
その返しは少し辛い。相手が人族だというだけで、いてもいない扱いになるのが獣人の考え方だ。
「子どもが産まれたばかりだろう? それなのにお弁当を作ってくれるなんて、優しい奥方だと思っただけだ」
「ああ、これか?」
そう言って見せてくれたマールのお弁当は、半分が白いご飯で、あとの半分には卵焼きが詰まっているというものだ。子どもが産まれる前のお弁当のおかずが、色とりどりの豪華な物だと知っているから、なんと言って返して良いのか困った。
そんな私の表情で内情を察したマールが笑う。
「いや、ごめん、別に妻の手抜きという訳ではないよ。実は孤児院の子をお手伝いで雇っていてね。その子の力作なんだ。一生懸命でね、レパートリーは少ないが、味は良いんだよ」
「なるほど、そういう理由か」
孤児院の子をお手伝いとして雇うのは良くあることだ。それは掃除だったり、お使いだったりするが、それで稼いで、働けない子の生活費に当てている。
「リスの可愛い子で、人族にも慣れていてね、妻とも仲良くやってくれている」
「それは良いね。ウチの掃除もしてくれると助かるんだが」
人族に慣れたリスの子か。
「ダメだよ。今はウチの可愛い子だからね。そういえば相談があるんだが、今夜時間をもらえないか?」
「なんだ? その子を紹介してくれるのか?」
そう冗談を言っている間に昼休み終了時刻が近づいていることに気づき、仕事の終わり具合によると返事をして、その先は弁当を掻き込むことに集中した。
◇◇◇
※アレスのイメージです。
一人称だと書けないアレスの容姿などをここに。
本文に入れたかったけど無理でした。
前作にも出ていたので、お好きな容姿で読んで貰えたら良いので、飛ばして貰っても大丈夫です。
一応、私のイメージです。
アレス=狐の獣人
もうすぐ30歳。
耳も尾も消せる人型タイプ。
細身で背が高い。
仕事時は地味目な三揃えのスーツ。決まった仕立て屋にオーダーしてる。その日の天候と気分で服を選ぶ。家ではスエット。お買い物はラフなもの。デートは相手に合わせた雰囲気の物を事前に購入して着用。お気に入りのブランド店が数店舗あってそこの服や生活用品を揃えている。
見目は地味だけど清潔で静かな雰囲気。細目で切長、唇薄め。
獣人臭を消す為に軽く香る香水を付けてる。
貴族風な一般民といった感じです。
「またため息? アレス」
デスクの脇を通り抜けながら、私の肩に触れて、小さく笑って通り過ぎて行ったのは、同じ時期に入社した兎のディアだ。そのスタイリッシュな背中を見送って、またため息を吐く。
ため息も吐きたくなる。
来る日も来る日も数字にまみれ、同じ時間、同じ日程の中で繰り返す日々。
別に仕事が嫌いな訳ではない。職場に不満がある訳でもない。
ただ坦々と進む日々に飽きているくせに、何一つ行動に移さない自分への不満があるだけだ。
午前中の業務を終えた同僚たちは、小さな財布を持って出掛けて行く。
「また同じものを食べるのか? たまには外へ出かけたらどうだ」
「……いえ、私は…」
犬鷲の課長が声を掛けて来るが、それは社交辞令だ。3日に一度は声を掛けて来るが、自らが誘うという気は欠片もない。
嫌われている訳ではない。仕事も向上心はないものの、それなりに熟しているという自負はある。
ただダメなのだ。
彼らが持つこの世界においての常識が、私には酷く、醜く感じてしまうのだ。
私用のデスクで早朝に作った弁当の蓋を開けると、同じように弁当を持って来ている猫族のマールがお茶を持って来てくれた。
「いつも悪いね」
そう声を掛けると、向かい側の二つ横の席に座る。彼もまた、身分差社会にウンザリしている者のひとりだ。
弁当という文化を持ち込んだのは人族だ。マールの奥方は人族の女性で、それにより肩身の狭い思いをしている。
私は人族に慣れている。
幼い頃から人族が使用人として働いている環境で暮らしていたからだ。
それはつまり、私は貴族の出ということだ。
貴族は金で人族を買い、職を与える。私はそれを貴族だから出来る善行だと思っていた。
だが違う。
父は人族を使用人として働かせながら、隠れて伽(とぎ)に呼んでいた。
物を知らないということが、相手を傷つけると知ったのは、成人を迎えた18歳の時だった。
貴族の息子の殆どが入る軍学校の宿舎から屋敷に呼び戻された日。今でも忘れられない。満月がいやに大きく輝いた冬の凍てつくほど寒い日だった。
父に呼ばれた部屋には、幼い頃から一緒に育ち、兄のように慕っていた使用人の男がおり、親しく挨拶を交わそうとした瞬間、視線を逸らされ、怯える素振りを見せられた。
そうして察した。
父のさせようとする事が。
彼がこれからされることに怯えたという事実に、彼を仲の良い友人、兄弟のようだと思っていた自分に憤りを覚える。
私はその時、父の本性を知り、己の不甲斐なさを知った。
ただ逃げ帰る事しか出来なかった自分を恥じ、彼らの境遇に同情し、己もまた、父と同じ血を引いているのかと怖くなった。
いったい彼は幼い私の無邪気な行動に何を想っていたのか。それが今でも私を苦しめ、辱めている。
「奥方は元気か?」
マールの奥方は人族だが、マールに似た男の子を産んで、少しだけ世間から認められた。獣人と人族の子だが、種族が混じり合うことはない。神はそうした産み分けを理(ことわり)としている。
マールは箸を止め、私を見て苦笑をする。
「妻を気にかけてくれるのは君くらいだよ」
その返しは少し辛い。相手が人族だというだけで、いてもいない扱いになるのが獣人の考え方だ。
「子どもが産まれたばかりだろう? それなのにお弁当を作ってくれるなんて、優しい奥方だと思っただけだ」
「ああ、これか?」
そう言って見せてくれたマールのお弁当は、半分が白いご飯で、あとの半分には卵焼きが詰まっているというものだ。子どもが産まれる前のお弁当のおかずが、色とりどりの豪華な物だと知っているから、なんと言って返して良いのか困った。
そんな私の表情で内情を察したマールが笑う。
「いや、ごめん、別に妻の手抜きという訳ではないよ。実は孤児院の子をお手伝いで雇っていてね。その子の力作なんだ。一生懸命でね、レパートリーは少ないが、味は良いんだよ」
「なるほど、そういう理由か」
孤児院の子をお手伝いとして雇うのは良くあることだ。それは掃除だったり、お使いだったりするが、それで稼いで、働けない子の生活費に当てている。
「リスの可愛い子で、人族にも慣れていてね、妻とも仲良くやってくれている」
「それは良いね。ウチの掃除もしてくれると助かるんだが」
人族に慣れたリスの子か。
「ダメだよ。今はウチの可愛い子だからね。そういえば相談があるんだが、今夜時間をもらえないか?」
「なんだ? その子を紹介してくれるのか?」
そう冗談を言っている間に昼休み終了時刻が近づいていることに気づき、仕事の終わり具合によると返事をして、その先は弁当を掻き込むことに集中した。
◇◇◇
※アレスのイメージです。
一人称だと書けないアレスの容姿などをここに。
本文に入れたかったけど無理でした。
前作にも出ていたので、お好きな容姿で読んで貰えたら良いので、飛ばして貰っても大丈夫です。
一応、私のイメージです。
アレス=狐の獣人
もうすぐ30歳。
耳も尾も消せる人型タイプ。
細身で背が高い。
仕事時は地味目な三揃えのスーツ。決まった仕立て屋にオーダーしてる。その日の天候と気分で服を選ぶ。家ではスエット。お買い物はラフなもの。デートは相手に合わせた雰囲気の物を事前に購入して着用。お気に入りのブランド店が数店舗あってそこの服や生活用品を揃えている。
見目は地味だけど清潔で静かな雰囲気。細目で切長、唇薄め。
獣人臭を消す為に軽く香る香水を付けてる。
貴族風な一般民といった感じです。
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