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 ハーツの口からナナの名が告げられるだけでも嫌なのに、寝ていたと告げられたらどうしよう。——死にたくなるくらい心が潰れるんだろう。

「言わなくて良いよ? ハーツの好きにして良い」

 紘伊は投げやりな気持ちでハーツの腕から抜け出し、ハーツを見上げて微笑んだ。

「ハーツが王様になったら、俺はどこに居れば良い?」

「王にはならない」

 ハーツの表情は真剣だ。紘伊の真意を探ろうとしている。でも紘伊は笑んで見せている。長く大学と塾で勤めていた経験から、笑みを作るのには慣れている。

「ハーツがそう言っても周りが許さないんだろ? 望まれているのなら受けた方が良いよ。ハーツが王様になったら、俺たち人もこの国に居やすくなりそうだね」

 いっそハーレムに入って子を産めと命令して欲しい。そうすれば曖昧に揺れる感情の持っていき場所を決められる。

「王にはならない。それに俺にはハーレムなど必要ない」

 考えてみればライオンって一頭のオスにメスが数頭の群れだった。獣人に女性はないけど、子を産む者とか受け身の者を女性に見立てたら、獅子族がハーレムを持つのも当然だ。

「獣人の子って孕ったら何日お腹の中にいるのかな? 人は十月十日って言うけど? それも種族によって違う? まだまだ知らない事がたくさんあるよ」

 子どもを孕った事も、トオルを見たから分かっている。処女厨だと言ったマサキの状況も。一度孕ってしまえば別の者の子を産む事は難しくなる。細かな事は知らないけど、人とは使い捨てのアイテムだ。

 紘伊はふっとハーツを見上げた。ハーツは紘伊の表情を見つめながら、唖然としており、紘伊と視線を合わせた瞬間、悲しそうに目を細める。

「いつからだ? ——いつ俺の事を見限った。なぜそんなに遠くにいる」

 ハーツの手が紘伊の頬に触れようとするが、紘伊は思うよりも先に避けていた。ハーツの手が握られる。震えてもいるようだ。

「——それでも……悪いが、俺はヒロイを手放す気はないよ」

 傷む表情のまま紘伊に触れ、無理やり抱き込むと、抱え上げて部屋を出る。部屋の前には従者が並んで立っており、その中にナナの姿もある。筆頭にいたトマスが一歩前に出て、ハーツを足止めする。

「まもなく夕刻の会議の時間です」

 腰を曲げ、両手を腹の前で組んで、ハーツとは視線を合わせないようにしている。声も極力抑え、低く保つのが主人と従者の作法らしい。紘伊と対する姿とはまるで違い、纏う空気に畏怖が見える。

「下がれ! 誰も近づいて来るな!」

 紘伊はハーツの腕に抱き上げられ、尻を支えられて肩口から後方を見る状態でいるのだが、ハーツとは視線も合わせられなかった彼らが、ハーツが背を向けた瞬間、紘伊に冷めた視線を向けて来る。ナナに至っては、嫉妬と怒りを露わにしている。それを見て紘伊は悟る。ナナはハーツと関係があったのかもしれない。でもハーツの気持ちはナナに向かってはいないのだと言うことが。

 睨まれて落ち着くのも違うのかもしれないけれど、少しだけホッとする。

「ハーツ、どこへ行く?」

 ハーツは紘伊を抱き上げたまま、廊下を進んで行く。すれ違う兵士や従者は、ハーツを見つけると廊下の端に寄って視線を下げる。兵士は片手を胸に、従者は腹前で組む。ハーツが通り過ぎると視線は紘伊へ向かう。疑問を持つ視線を受け、紘伊だって分からないから、そのうちハーツの肩に顔を埋め、視界を閉ざした。
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