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「あれは竜だ」
両手を差し出した紘伊を見下ろしたハーツの表情は苦渋に歪んでいる。紘伊だってバカな事をしている自覚はある。本気で捕らえられても良いなんて思っていない。ハーツに「そんなつもりはない」と言って欲しいだけだ。
「多少の無茶をしても命を落とす事はない」
手を掴まれて立ち上がらされると、腕の中に抱き込まれた。
「痛い思いをさせて、怖い思いをさせてすまない」
紘伊はハーツに緩く抱きしめられている事に安堵したけど、ハーツへの不信感は拭えていない。それに何に対しての怒りなのかも分からないままだった。
「さきほど、愛玩従者と言ったか?」
抱きしめられているからハーツの顔が見えない。声は冷静に聞こえる。
「どこでその言葉を覚えた。トマスからか? それともキツネ種族の従者がヒロイに何かを吹き込んだのか?」
「キツネ……向こう側で添い寝店に勤めていたキツネの子がここに来た。あの子はハーツの愛玩従者なんだろ?」
「俺の、ではない。王族に仕える者だ」
そうだ、確かにそう聞いた。でも王族ってどこまでを指すのか。ハーツの兄が王でハーツは王弟。ハーツには弟もいる。王には伴侶と子どもがいて——そう考えたら王族もたくさんいる。
「——昔の事は良いんだ。ただこの部屋って今はハーツ専用なんだろ? なのに止められずに入れるって、どういうこと? 俺がいない時に呼んでたって事? それにハーツは王様になるの? 王様になってハーレムを持つの?」
疑問を一気に言葉にした。別に紘伊以外を部屋に呼んで抱いていても仕方がないと思う。だって人の考え方と獣人は違うから。ただ、だったら最初から告げて欲しい。紘伊も好きだけどひとりじゃ満足できないと聞いていたら、こんなにも想いを寄せる事はなく、割り切った関係を保てたと思う。
「ナナが言ったのか?」
ハーツが名を呼んだ。さっきはキツネ種族と言って名を告げなかったのに。
「これからも愛玩従者を側に置く? ——ああ、別に良いんだ。獣人の性欲が強いの知ってるし、複数の伴侶を持つのも普通の事なんだろ? ああ、分かった。イーズに行かせてひとりにしたのって、ああいう生態を遠回しに伝えたかった? 力の強い獣人は複数の伴侶を持つのがステータスなんだろ? 俺は別に良いよ?」
でもノイズでは違った。人の伴侶を持ち、紘伊と同じような価値観の中で暮らしていた。寒くて険しい環境の土地だからか、住民の連帯も厚く感じた。あの日、一緒に入った温泉が懐かしい。思えばあれからすれ違いが続いて、ハーツが遠くなってしまった。
「ハーツが望むのなら、ハーツの子を産むよ」
それがここに連れて来られた人の役割だから。望まれるだけでも幸運な事なのだろうから。
両手を差し出した紘伊を見下ろしたハーツの表情は苦渋に歪んでいる。紘伊だってバカな事をしている自覚はある。本気で捕らえられても良いなんて思っていない。ハーツに「そんなつもりはない」と言って欲しいだけだ。
「多少の無茶をしても命を落とす事はない」
手を掴まれて立ち上がらされると、腕の中に抱き込まれた。
「痛い思いをさせて、怖い思いをさせてすまない」
紘伊はハーツに緩く抱きしめられている事に安堵したけど、ハーツへの不信感は拭えていない。それに何に対しての怒りなのかも分からないままだった。
「さきほど、愛玩従者と言ったか?」
抱きしめられているからハーツの顔が見えない。声は冷静に聞こえる。
「どこでその言葉を覚えた。トマスからか? それともキツネ種族の従者がヒロイに何かを吹き込んだのか?」
「キツネ……向こう側で添い寝店に勤めていたキツネの子がここに来た。あの子はハーツの愛玩従者なんだろ?」
「俺の、ではない。王族に仕える者だ」
そうだ、確かにそう聞いた。でも王族ってどこまでを指すのか。ハーツの兄が王でハーツは王弟。ハーツには弟もいる。王には伴侶と子どもがいて——そう考えたら王族もたくさんいる。
「——昔の事は良いんだ。ただこの部屋って今はハーツ専用なんだろ? なのに止められずに入れるって、どういうこと? 俺がいない時に呼んでたって事? それにハーツは王様になるの? 王様になってハーレムを持つの?」
疑問を一気に言葉にした。別に紘伊以外を部屋に呼んで抱いていても仕方がないと思う。だって人の考え方と獣人は違うから。ただ、だったら最初から告げて欲しい。紘伊も好きだけどひとりじゃ満足できないと聞いていたら、こんなにも想いを寄せる事はなく、割り切った関係を保てたと思う。
「ナナが言ったのか?」
ハーツが名を呼んだ。さっきはキツネ種族と言って名を告げなかったのに。
「これからも愛玩従者を側に置く? ——ああ、別に良いんだ。獣人の性欲が強いの知ってるし、複数の伴侶を持つのも普通の事なんだろ? ああ、分かった。イーズに行かせてひとりにしたのって、ああいう生態を遠回しに伝えたかった? 力の強い獣人は複数の伴侶を持つのがステータスなんだろ? 俺は別に良いよ?」
でもノイズでは違った。人の伴侶を持ち、紘伊と同じような価値観の中で暮らしていた。寒くて険しい環境の土地だからか、住民の連帯も厚く感じた。あの日、一緒に入った温泉が懐かしい。思えばあれからすれ違いが続いて、ハーツが遠くなってしまった。
「ハーツが望むのなら、ハーツの子を産むよ」
それがここに連れて来られた人の役割だから。望まれるだけでも幸運な事なのだろうから。
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