上 下
90 / 112

90 訪問者

しおりを挟む
 獣人の従者が人化をやめたのは、人に見目を繕う必要がなくなったからだ。

 世間的には獣人国と人国とを繋ぐ道が閉ざされた事になっている。だから新たに人が来る事はない。

 紘伊の部屋を訪れたのは、華奢な体つきの可愛らしい子で——紘伊は見た瞬間、ゾッとした。

「お久しぶりです、白石さま——ううん、ここでは紘伊さまですね。僕はナナと言います」

 可愛らしく小首を傾げて微笑んで見せている。三角の茶色い耳の先端が白く、お尻から生えている尾がその獣人の種別を教えている。

「きみの名前、ナナって言うんだね、初めて知ったよ」

 そう言うと駆け寄って来て隣に座る。寄り添う様に体を預けられて、距離を置くように避けたのに、その距離を詰められた。

「こっちに戻って来ていたんだね」

 懐かしいふわふわの感触にときめいていたのは遠い過去だ。

「紘伊さまはとても出世されたんですね。まさか王城内で会えるとは思いませんでした」

 ふふふと笑んで上目遣いで見つめられる。短いパンツから太ももが出ていて、手を握られて誘導され、太ももの際どい位置に運ばれた。

「勝手に入ったら怒られるよ」

「だいじょうぶですよぉ。だって僕は王族専用の愛玩従者ですから」

 指を絡められて思わず手を引き抜いた。ナナは頬をぷっくり膨らませて見せて来る。前なら可愛いと鼻の下を伸ばしたんだろうけど今は違う。誰かに仕掛けられて送られたハニートラップだろうかと疑う気持ちと、王族専用の愛玩従者だと言った言葉に引っかかっている。

「愛玩従者ってなに? それと王族って、新しい王様はまだ決まっていないだろ?」

 紘伊がそう言うと、ナナは驚いた表情で紘伊を見て、それからにっこりと笑みをつくる。

「やだ~紘伊さまったらおもしろーい。愛玩従者も知らないんですかぁ~? それに次の王様が誰かも知らないなんて可哀想ですぅ」

 腕を指先でツンツンされて痛い。いくらキツネの獣人だっていっても力は人より強い。ましてやナナはわざと痛む様にやっている。それが仄暗く思える表情の奥から感じられた。

「愛玩従者はぁ、王族を慰める為にいるんですよぉ。それに紘伊さまだって僕の向こうのお客さまだったじゃないですかぁ? あの店は誰の店でしたっけぇ? ふふふ、わかりますよねぇ? いくらど・ん・か・ん・な紘伊さまだって、ねぇ?」

 ナナの言いたい事はわかった。ナナが簡単にこの部屋に入れた意味も。紘伊の前に現れた理由も。ハーツの過去を咎めるつもりはない。紘伊と出会う前に誰と何をしていようが勝手だ。それを話す話さないもハーツの自由で——勝手に傷ついている紘伊は弱い。

「ハーツェリンド様が王になったらぁ、とても大きなハーレムがつくられるそうですよぉ? だってハーツェリンド様は、ねぇ? とぉーってもお強くて、ひとりでお相手なんて無理ですよぉ? ひとりじめなんてズルいって怒られますよぉ?」

 紘伊はソファから立ち上がり、ナナに背を向けた。傷ついたら負けだ。それはハーツを信じられない事を意味してしまう。ハーツはモテる。そんな事は初めから分かっている事だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

食べて欲しいの

夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。 きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。 だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって…… Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。 【大狼獣人】×【小鳥獣人】 他サイトにも掲載しています。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

俺がペットを飼いたくない理由

砂山一座
BL
姉が今度は犬を拾ってきた。小さな犬じゃない。獣人だ。 「友達が拾ったんだけど、全然懐かないからって預かってたのね。可愛いし。でも、やっぱり私にも全然懐かないのよねー。ちょっと噛みそうだし」 「俺は動物が好きなわけじゃないんだよ!」 獣人愛護法によって拾った獣人は保護するか別の飼い主を探さなければならない。 姉の拾った動物を押し付けられ気味のフランは、今度はたらい回しにされていた犬獣人を押し付けられる。小さな狂犬の世話を始めたフランの静かな生活は徐々に乱されていく。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...