上 下
72 / 112

72 ウェルズ領への帰還

しおりを挟む
 獅子軍が紘伊とトオルを守りながら街道を騎馬で進んで行く。

 長い時間を馬上で過ごしすぎて体が痛くてたまらないけど、早くウェルズ領に行きたいという気持ちから耐えている。

 獅子軍はどこかの遠征を終えて帰還する所なのだろう。よく見れば負傷者もいるし、疲れた様子もある。

 休憩は挟まないとキースから最初に告げられていて、街道途中にある宿場町では馬を交換して、所用を済ませ、進み続けている。強行は最初から決められていた行動なのだろう。箇所箇所に獅子軍の兵が用意をして待っている。

 多くの獅子軍の兵を見て来たけど、その中にハーツの姿はない。紘伊は宿場町に着くたびにハーツがいる事を期待してしまうのだけれど、期待通りには行かなくて、でもハーツの事を聞くのも怖く、結果、言葉もなく馬上にある。

 空気が変わって行く。日差しが強くなり、空気が渇いて行く。専用の水入れを持たせてくれているし、携帯の食事も持たせてもらっている。軍は数日なら休まず馬上にいられるらしく、それを紘伊もトオルも強要されているけど、休みたいとは言えずにいる。もちろん座る方向を替えさせてもらったり、座布団のような物を敷かせてもらえたりしている。

「もうすぐウェルズ領に入る」

 ほとんど会話をしないキースが告げて来る。馬上でウトウトするのにも慣れて、足が馬の背の形で固定されそうな頃、2度夜を経験した頃でもある。風景はハーツと共に来た過去を思い出させて来る。

「俺ってウェルズ領に入っても大丈夫ですか?」

 ハーツがいない。もしハーツに見限られているのだとしたら、紘伊には優しくされる謂れがない。キースは紘伊の問いかけに答える事はなかった。

 ウェルズ領の境界にある見張り台から笛の音が響く。それが軍の帰還の合図なのだろう。門へ続く道に獅子の獣人が立ち、軍の帰還を声援で迎える。その盛大さに驚いてしまった。

「ヒロイせんせー」

 街の中を進み、領主城へ近づけば、ユウたちが領主城前の沿道で手を振ってくれた。ハーツがいない。馬の足が止まり、駆け寄って来た兵の手を借りて道に降りた。

「部屋を用意してある。ユウに着いて行くといい」

 馬上からキースに告げられた。

「ありがとうございました」

 隣にトオルがいる。沿道の獣人はキースが連れて来た人を警戒しているようだったけど、あからさまに非難する者はいなかった。ユウが懐いてくれているからかもしれない。ユウと手を繋いでゆっくり足取りを確かめながら歩いて行く。

「ハーツはまだ帰っていないよ」

 ユウが満面の笑みで教えてくれた。

「早く会いたいよね? 楽しみだね」

 鼻歌でも歌い出しそうに笑顔で歩くユウに合わせて笑んで見せているけど、内心は怖くて仕方がない。隣にいるトオルはずっと怯えっぱなしだ。それでも倒れたりはしていない。

 獅子軍は沿道の民衆に手を振られて声援を受けながら、領主城の中へ入って行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...